22.王都からの手紙
ルーディアへ来てからしばらく経った頃、お父様から一通の手紙が届いた。
「レティのお父様からですか?」
「ええ。王都のことで進展があったみたい。」
向かいに座っていたソフィが、少し緊張した様子でこちらを見る。自分の家族も残してきた国なのだから、気にならないはずがない。
私は封を切り、手紙を広げた。
最初に書かれていたのは、やはり卒業パーティー後の混乱についてだった。
王太子が婚約破棄と国外追放を宣言し、その後、聖女の聖印が黒く染まり、国を守る結界まで消えた。
さらに、その日のうちに公爵令嬢と聖女は共に国から姿を消した。
事情を知らない者からすれば、何が起きたのか分からなくて当然だろう。
『お前からの手紙を受け取り、王家にも事情は伝えてある。改めて調べさせたところ、結界が存在していることも確認された。見えにくいため時間はかかったようだが、国を守る結界が失われていないことに、陛下も安堵されていた』
突然結界が消えた以上、王都が混乱することは容易に想像できていた。
なので、国境を越えたあと、ソフィが結界を張り直していたことに気づいた私は、すぐにそのことをお父様へ知らせていた。
ソフィの力に変わりがないことも、殿下に気づかれないよう結界そのものを見えにくくしていることも、事情を知る必要がある者には伝えて構わないと書き添えていた。
「結界、ちゃんと見つかったみたいね」
「よかったです」
ソフィがほっとしたように笑う。殿下には気づかれたくないと言っていたくせに、国の人々が結界の存在を確認できたことには安心している。その辺りが、いかにもソフィらしい。
けれど、その結界の存在により王都ではまた違った話が広がっているらしい。
『世間では、聖女様は本当は力を失っておらず、アルベルト殿下に利用されそうになったことへお怒りになり、お姿を隠したのではないかと噂されている』
「……ずいぶん話が変わっているわね」
「利用されそうになったことに怒っているのは、間違ってませんけどね」
ソフィが真顔で答えるので、思わず笑ってしまう。けれど、噂はそれだけでは終わらなかった。
『結界が以前ほどはっきり見えないことから、殿下が心から反省するまでは、聖女様は以前と同じ結界を張るつもりがないのだという話まで出ている』
「違うのは見た目だけなんですけどね」
「ふふっ、それは言われないとわからないわよね」
事情を知らなければ、結界が弱まったと受け取られてしまうのも無理はないのだろう。
『その一方で、聖女様が国そのものを見捨てたとは考えられていない。結界は今も残り、お前と共に国外へ出たことも知られているからだ。今では、公の場で突然婚約を破棄され、国外追放まで命じられたお前を放っておけず、聖女様が後を追ったのだろうという見方が強い』
「……私、随分と可哀想な令嬢になっていないかしら?」
「卒業パーティーだけを見たら、そう思われても仕方ないですよ」
思わず顔を上げると、ソフィは少し笑いながら肩を竦めた。
確かに、何も知らない者から見ればそうなるのだろう。本人である私としては、国外追放を喜んで受け入れたのだけれど。
けれど、お父様の手紙はそこで終わっていなかった。
『アルベルト殿下についてだが、王太子位を解かれることが正式に決まった』
思わず、その一文をもう一度読み直した。
「……王太子ではなくなったの?」
ソフィも驚いたように目を見開く。
けれど、続く内容を読めば、王家がそう判断した理由も分かった。
公爵家との婚約を独断で破棄し、十分な事実確認もないまま国外追放まで命じたこと。その結果、王家と公爵家の関係を損ねただけでなく、聖女まで国外へ出る事態を招いた。
当面は公務から外され、離宮で謹慎することになり、王位継承についても改めて見直されるという。
『陛下と王妃殿下も、今回の件については王家にも責任があったと認めている』
その一文を読んで、私は少しだけ手を止めた。お父様たちは以前から、アルベルト殿下との婚約を見直してほしいと王家へ申し入れていた。
けれど、王家は決断しなかった。
私が王妃になれば、殿下に足りない部分を補うことができる。いずれ殿下も成長し、二人で国を支えていけるだろうと期待されていた。
その一方で、殿下がソフィへ傾いていることについても、王家は強く止めなかった。
聖女を王家へ迎えることになれば、それはそれで国にとって大きな意味を持つ。
レティシアとの婚約を守るのか。それとも聖女との関係を認めるのか。
どちらかをはっきり選ぶことなく、王家は様子を見続けた。
『その曖昧な態度が、殿下に「自分の望みが通る」と思わせてしまったのではないかと、陛下もお考えのようだ』
「……なるほどね」
周囲がもっと早く止めていれば、アルベルト殿下もあれほど思い込むこともなかったのかもしれない。
そして王家は、その代償として私もソフィも失った。
『なお、お前とアルベルト殿下の婚約については、王家から正式な解消の申し入れがあり、こちらも受け入れた』
卒業パーティーで何を宣言されようと、王家と公爵家の間で結ばれた婚約は、あの場ではまだ正式に終わっていなかった。
これでようやく、本当に終わったのだ。
「終わったのね」
「はい」
ソフィも静かに笑う。
手紙の最後には、王都で最近よく聞かれるという言葉が書かれていた。
『聖女様に見限られたのは、この国ではなく、アルベルト殿下だけだったのではないか――そんな噂まで流れている』
ソフィは国を嫌いになったわけでも、人々を見捨てたわけでもない。今も国を守る結界を張り、残してきた人々のことを気にかけている。
「殿下、今度こそ人の話を聞くようになるでしょうか」
「どうかしらね」
顔を見合わせると、二人とも同じように苦笑した。正直、アルベルト殿下が今更人の話を聞くようになるとは思えなかった。
手紙を閉じようとしたとき、少し間を空けてもう一文だけ付け加えられている事に気がついた。
『母さんには弟子になったことを知らせたそうだな。私にも、たまには近況くらい書いてくれてもいいんだぞ』
「もう、お父様ったら……」
思わず笑ってしまう。どうやら、お母様にだけ弟子入りの報告をしたことが少し不満だったらしい。




