20.私が選んだ道
ルーディアでの暮らしにも少しずつ慣れ始めた頃、私は街にある魔道具工房をいくつも見て回っていた。
魔道具の技術で知られる国だけあって、通りを歩けば大小さまざまな工房や専門店が見つかる。中には、宝石を惜しみなく使った装飾品や、何に使うのか一目では分からないほど複雑な魔道具を扱う店もあった。
どの店も興味深く、放っておけば一日中眺めていられそうだった。
けれど、その中で私が足を止めたのは、街の一角にある小さな店だった。
看板には『クライン魔道具工房』とだけ書かれている。
店先に並んでいるものも、決して華やかではなかったけれど、少ない魔力でも湯を沸かせる道具。文字盤が大きく、離れた場所からでも時刻を確認しやすい時計。
一つひとつは、ごく普通の生活で使うものばかり。それなのに、私はなかなかその場を離れられなかった。
ただ機能するだけではなく、使う人が少しでも楽になるよう工夫されている。その細かな造りが、なぜか妙に心に残ったのだ。
「……ここがいい」
自分でも気づかないうちに、そんな言葉がこぼれていた。私が作りたいのも、きっとこういうものなのだと思う。
誰かに見せるためではなく、使った人が少しだけ便利になったと感じられる魔道具。
そう考えて、私はクライン魔道具工房の扉を開いた。
「弟子にしてほしい?」
私の話を聞いた店主のクラインは、露骨に眉をひそめた。
「はい。経験はありませんが、魔道具については以前から勉強していました。簡単な分解や調整であればできます」
「そういう話は、実物を見れば分かる」
クラインはそれ以上こちらの経歴を聞こうともせず、作業台の下から一つの魔石灯を取り出した。
街の通りを照らしている街灯と同じ形のものだ。
慎重に受け取り、確認してみる。見たところ外装に傷はないけれど、魔石へ魔力を流しても光る様子はなかった。
「点かなくなった原因を調べろ」
「分かりました」
慎重に内部を確認していく。魔石そのものに問題はない。さらに分解すると、魔力を流す接点の一部がわずかに歪んでいることに気づいた。長く使われたことで熱を持ち、少しずつ変形したのだろう。
「ここだと思います。接点がずれて、魔力がうまく流れていません」
「直せるか?」
「やってみます」
部品の位置を整え、接触部分を調整する。再び魔石をはめ込んで魔力を流すと、しばらく沈黙していた魔石灯に柔らかな光が戻った。
思わず頬が緩んだものの、向かいにいるクラインは特に驚く様子もなく、何度か点灯を確認している。
「……直りました」
「見れば分かる」
ぶっきらぼうに返しながらも、クラインはすぐには魔石灯を置かなかった。何度か明かりを点けたり消したりし、角度を変えながら光の揺らぎまで確かめている。
さらに接点の部分へ視線を落とし、指先でわずかに触れてから、ようやく作業台の上へ戻した。
「明日も来い」
「弟子にしていただけるのですか?」
「誰がそんなことを言った。直せることは分かったが、工房で働けるかは別だ」
最初の課題はクリアしたけど、どうやら本当の試験はこれかららしい。
それから数日間、私は毎朝工房へ通った。
壊れた魔道具の原因を探すこともあれば、届いた魔石を大きさごとに分け、一日中部品を整理する日もある。床に散った金属片を掃除し、工具を元の場所へ戻すだけで半日が終わったこともあった。
それでも苦にはならなかった。細かな部品を手に取って、それが何のために使われるのか考えるだけでも楽しい。そう感じる日々を過ごしていた。
そして試験を始めて五日目。
クラインは一つの魔石灯を作業台へ置いた。これまで街で見かけたものより一回り小さく、最近進んでいる小型化を取り入れたものだとわかる。
「今度は、これをお前なりに改良してみろ」
「改良、ですか?」
「期限は明日までだ。好きに考えろ」
私は魔石灯を手に取り、しばらく眺める。光量も十分で、消費する魔力も多くない。
結局、私はどうすればさらに性能を上げられるか考え続けたものの、決定的な答えを見つけられなかった。
許可をもらって魔石灯を家へ持ち帰り、頭を抱える。
「明るいですね」
向かいに座っていたソフィが、机の上の魔石灯を覗き込む。私が工房から持ち帰ってきた時から気になっていたらしく、先ほどから何度か視線を向けていた。
「そうなのよ。だから困っているの。性能としては十分だと思うのだけれど」
「これが今日の課題なんですよね?」
「ええ。何か一つ、私なりに改良してみろって」
「難しそうですね……」
ソフィはしばらく魔石灯を眺めたあと、眩しそうに少し目を細める。
「でも、室内で使うには少し明るすぎますね」
「室内で?」
「はい。ここで使うなら、もう少し暗い方が落ち着きそうです」
それ以上何か案があるわけではないらしく、ソフィは首を傾げながら魔石灯を眺めている。
けれど、私はその一言が妙に引っかかり、机の上の魔石灯へもう一度目を向けた。
これまで街灯として使われている姿ばかり見てきたせいで、私も無意識に外で使うものだと決めつけていたらしい。確かに、この大きさなら街灯として使うことだけを考える必要はないのかもしれない。
室内で使うには明るすぎるのなら、光を弱くすればいい。それだけではなく、必要に応じて明るさそのものを変えられるようにすれば、使える場所はもっと増えるはず。
そう考えた途端、先ほどまで何も思いつかなかった魔石灯が、まるで別のものに見えてきた。
店先で初めてクラインの魔道具を見た時、私が惹かれたのもそこだったはずだ。
「……そういうことね」
「何か分かりました?」
「ええ。ありがとう、ソフィ」
「? 私は何もしてませんけど……」
不思議そうに首を傾けるソフィをよそに、私は魔石灯の改良に取り掛かった。
翌日、私は魔力の流れを段階的に変えられるよう内部を調整した。
強い光、中くらいの光、寝る前にも使える弱い光。三段階に切り替えられるようにしたものの、加工はまだ不格好で、切り替えにも少し癖が残っている。
クラインは何度か明るさを変えて確かめたあと、私へ視線を向けた。
「なぜこうした?」
「性能を上げることばかり考えていました。でも、使う人によって必要な明るさは違います。なら、選べた方が使いやすいと思ったんです」
「……なるほどな」
クラインはそれ以上何も言わず、魔石灯を作業台へ置いた。そのまま別の作業へ戻ろうとしたので、私は慌てて呼び止める。
「あの、試験は……」
「終わりだ」
振り返ったクラインは、相変わらず愛想のない顔をしていた。
「技術はまだまだだ。加工も甘いし、手も遅い」
「……はい」
「だが、言われたことだけやる奴よりはましだ。誰が使うかまで考える頭もある」
クラインはそう言うと、近くに積まれていた部品箱を私の前へ押し出す。
「明日からそれを全部種類ごとに分けろ。弟子の最初の仕事だ」
意味を理解するまで、ほんの少し時間がかかった。
「……弟子にしていただけるんですか?」
「二度も言わせるな」
「はい!」
ようやく私は、自分で選んだ道の最初の一歩を踏み出した。




