2.私の質問にお答えください
「何を企んでいる、レティシア」
「別に何も企んではおりませんわ」
私が平然と答えると、アルベルト殿下はますます警戒するように目を細めた。
「ただ、聖女様の証言が事実かどうかを確認するのであれば、答えは簡潔な方が分かりやすいでしょう?」
「……どういう意味だ」
本当に分かっていなさそうなアルベルト殿下を無視して、周囲へ視線を向ける。何人かの上位貴族はすでに意図を理解したらしい。
先ほどまでの困惑が消え、ソフィアの胸元を真剣な顔で見つめている。
そして、ソフィアもまた理解している一人だった。
「聖女様」
私は改めてソフィアへ向き直った。彼女は先ほどよりも顔色を悪くしている。
「お願いできますか?」
ソフィアはすぐには答えなかった。重ねた両手に少しだけ力が入っているのがわかる。唇を結び、私の顔をじっと見つめていたが、やがて小さく息を吸った。
「……はい」
「ありがとうございます」
アルベルト殿下だけが、まだ何が行われようとしているのか分かっておらず、ただ私とソフィアを交互に視線を向け続けている。
「では、確認いたします」
大広間が静まり返る。
「あなたの教科書は確かに破られていたのですか?」
「はい」
「では、私があなたの教科書を破いているところを、その目でご覧になったのですか?」
「……」
ソフィアの身体が僅かに強張り、すぐには答えない。先ほど私へ向けられていた瞳が下を向き、唇だけが僅かに動いた。
けれど、声は出なかった。
「聖女様?」
呼びかけても、ソフィアは答えない。周囲にいた者たちも、その沈黙を不審に思い始めたようだった。衣擦れの音さえ聞こえるほど静かだった大広間に、小さな囁き声が増えていく。
「……言えないのですか?」
問いかけると、ソフィアが顔を上げた。その瞳には、はっきりと迷いが浮かんでいた。
「レティシア! ソフィアを追い詰めるな!」
「私は確認しているだけでございます」
私の返事が気に入らなかったのか、アルベルト殿下は私を睨みつけながら、彼女を守るように半歩前へ出る。
「ソフィア、怖がる必要はない。君は真実を話せばいいんだ」
その言葉を聞いた瞬間、ソフィアの指先が小さく震える。けれどアルベルト殿下はそんな彼女の仕草に気づかない。
「君は確かに、レティシアが教科書を破るところを見たのだろう?」
そして完全に逃げ道を塞いだのは、私ではなく殿下の方だった。ソフィアは一度彼を見たあと、ゆっくり私へ視線を戻した。
「答えていただけますか?」
「……はい」
その答えと同時に、ソフィアの胸元で輝いていた金色の聖印に、黒い濁りがわずかに滲んだ。
「……え?」
近くにいた令嬢が小さく声を漏らした。聖女の性質を知らない者なら、光の加減だと思ったかもしれない。
けれど、知っている者たちの顔色は明らかに変わっていた。
聖女は嘘をつけない。
より正確に言えば、偽りを口にした時、胸元の聖印が反応する。
最初は僅かに光が濁るだけ。しかし嘘を重ねるほど聖印は黒く染まり、最後には完全に失われる。
そして聖印を失った聖女は、聖なる力を二度と使うことができなくなる。
これは王族と一部の上位貴族だけが知る、聖女の秘密だった。だからこそ、私があらかじめすべて『はい』と答えるよう求めた理由に、ようやく彼らは気づく。
誤魔化す余地を与えず、聖印そのものに真偽を判断させるためだと。
「では、次に行きましょうか」
周囲の響めきを気にすることなく、私はソフィアに視線を向ける。顔色を青くする彼女はそれでもまっすぐ私を見た。
「私があなたの机へ『殿下に近づくな』と、そう書いた手紙を入れるところもご覧になりましたか?」
今度も少しだけ沈黙があった。ソフィアは何かを堪えるように唇を結んだあと、小さな声で答える。
「……はい」
聖印の金色がさらに失われ、黒い濁りが深まった。
「聖印が……」
「やはり……」
周囲の騒めきが大きくなる。
「何を騒いでいる!」
アルベルト殿下が苛立たしげに周囲を見回した。
「ソフィアは証言しているではないか!」
その言葉に答える者はいない。王太子だけが知らない事実を、誰が指摘するべきなのか迷っているのだろう。
私は小さく息を吐き、次のの問いを口にした。




