1.婚約破棄を告げられました
「レティシア・ヴァレンティア! 貴様との婚約を、今日この場をもって破棄する!」
卒業を祝う華やかな音楽を押し退けるように、アルベルト殿下の声が大広間に響き渡る。
先ほどまで友人との別れを惜しみ、卒業後について楽しげに語り合っていた生徒たちが一斉に口を閉ざす。演奏していた楽団まで手を止め、大広間にいるほとんど全員の視線が中央へ集まった。
これほど人目のある場所で婚約破棄を宣言するとは、ずいぶんと思い切ったものだ。
私は持っていたグラスを近くの給仕へ預け、正面に立つアルベルト殿下へ向き直り、彼の隣には一人の少女がいるのを見つける。
腰まで伸びた柔らかなピンクブロンドの髪。淡い色のドレスの胸元では、金色の紋章が静かな光を放っている。
ソフィア・エルフェルト。
この国で唯一、聖女と呼ばれる少女だった。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか、殿下」
「まだしらを切るつもりか!」
問いに答えるより先に、アルベルト殿下は声を荒らげた。幼い頃から変わらず、感情が昂ると見境なしに威圧し、自分の考えを押し付けようとする。
「ソフィアの教科書を破ったそうだな!」
「しておりません」
「彼女の机へ、私に近づくなと書いた手紙を入れた!」
「存じません」
「廊下では何度も暴言を吐き、挙げ句には階段から突き落としたというではないか!」
「身に覚えがございませんわ」
聞けば聞くほど、私は随分と忙しい悪女らしい。
教科書を破り、脅迫めいた手紙を書き、そのうえソフィアを追いかけ回して階段から突き落とす。それほど時間が余っているのなら、工房に籠もって魔道具の一つでも作っていたい。
卒業制作として提出した魔石灯にも、まだ改善したいところが残っている。魔石から流れる魔力の損失を抑える方法を三つほど思いついていたのに、王妃教育に時間を取られ、試す前に提出日を迎えてしまった。
「何がおかしい!」
どうやら、そんなことを考えているうちに僅かに表情へ出てしまったらしい。
「失礼いたしました。あまりにも身に覚えのないお話ばかりでしたので」
「まだ認めないつもりか!」
殿下が苛立たしげに私を睨む一方、ソフィアは何も口にしなかった。
俯いたまま胸元で両手を重ねている。時折こちらを見てはいるものの、目が合いそうになるとすぐ視線を落としてしまう。
傍から見れば、私を恐れているように映るだろう。
実際、周囲の令嬢たちから向けられている視線の中には、明らかな非難も混じっていた。ただ、全員が殿下の話をそのまま信じているわけでもないらしく、私とソフィアを交互に見ながら眉を寄せている者もいる。
「私がやったと、証拠はあるのでしょうか?」
尋ねると、アルベルト殿下は待っていたとばかりに胸を張った。
「証言がある! 何より、ソフィア本人が私に話してくれたのだ!」
「聖女様ご本人が?」
「ああ! 聖女である彼女が、ありもしない話をするはずがない!」
その瞬間、大広間の空気が僅かに変わった。王家と関係の深い家柄や上位貴族の子息令嬢が、一斉にソフィアの胸元へ視線を向ける。
しかし、アルベルト殿下だけは周りの反応の意味が分からないらしい。不思議そうに周囲を見回し、すぐに私へ顔を戻した。
――まさか。
王族ならば必ず教えられているはずなのに、知らないなんて……
私の呆れをよそに、アルベルト殿下の勢いは増していく。アルベルト殿下は勢いのまま片腕を掲げた。
「そして、貴様のような女を未来の王妃にするわけにはいかない! レティシア・ヴァレンティア! 王太子アルベルトの名において、貴様を国外追放とする!」
今度こそ、大広間全体がざわめいた。
婚約破棄だけではない。国王陛下の裁可もなく、公爵令嬢へ国外追放を言い渡したのだ。
「国外追放、でございますか?」
「ああ!」
「本当に?」
「何度言わせる! 即刻、この国から出ていけ!」
どうやら聞き間違いではないらしい。私は静かに息を吸い、令嬢らしく頭を下げる。
「承知いたしました」
「……何?」
あまりにも簡単に答えたからだろう。顔を上げると、アルベルト殿下の方が戸惑ったように眉を寄せたのが見えた。
「ですが、その前に一つだけ確認させてくださいませ」
私は殿下ではなく、その隣に立つソフィアを見る。
「聖女様」
ソフィアがゆっくり顔を上げる。
「これから私がする質問には、内容にかかわらず、すべて『はい』とお答えください」
大広間が再び騒めき、アルベルト殿下まで理解できないという顔で私を見ていた。




