17.好きに生きなさい
ソフィアとの計画がようやく形になった日の夜、私は両親に時間を取ってもらった。
「お父様、お母様。少しお話があります」
私がそう切り出すと、お父様はすぐに表情を険しくした。
「卒業パーティーの件か?」
「……ご存じだったのですか?」
「王城であれだけ話が漏れていれば、私の耳にも入る」
侍女から聞いた時点で、殿下の計画がそれほど秘密になっていないことは分かっていた。それでも、まさかお父様のところにまで届いているとは思っていなかった。
「その話を聞いた時は大変だったのよ」
お母様が楽しそうに笑う。だけど——
「大変?」
「あなたのお父様、殿下のところへ殴り込みに行こうとしたの」
「……お父様?」
「話を聞きに行こうとしただけだ」
「三人がかりで部下の方に取り押さえられていた人が言っても説得力がないわね」
ふふっと笑うお母様の横で、お父様は不満そうに眉を寄せた。
「……せめて一言くらい、直接言わせてもらってもよかっただろう」
「それで済まないと思われたから、部下の方に『殿下が陛下に叱られる分には我々は困りませんが、閣下がいなくなられると困ります!』と止められたんでしょう?」
お母様の言葉に、お父様が何かを言おうとしてやめる。多分、自分でも一言で終わらないと改めて思ったのだろう。
「優秀な者たちでしょう?」
「そこは誇るところなのでしょうか?」
私が呆れていると、お母様が紅茶を口元へ運びながら、ころころと笑った。
「部下の方々が止めてくださらなかったら、本当に牢へ入っていたかもしれないわね」
「……娘を大勢の前で罪人にしようとしていると聞いて、黙っていられるわけがないだろう」
「それに、それを言うなら君だって王妃殿下のお茶会へ乗り込んだじゃないか」
「まあ。乗り込んだだなんて人聞きの悪い」
お母様は姿勢一つ崩さず、優雅に紅茶を一口飲む。
「子供の躾ができていないのでしたら、親御様にお伝えするのは当然ではありませんか?」
「王太子殿下はもう子供ではない」
「でしたら、なおさら問題でしょう?」
「……君も大概ではないか」
「何か問題でも?」
「…………いや」
お父様の方が先に目を逸らした。どうやら私の知らないところで、二人とも十分すぎるほど動いていたらしい。
「それなら、もう少しだけ待ってください」
私はソフィアと考えた計画を二人へ説明した。
殿下が卒業パーティーで婚約破棄をするのなら、その場を利用すること。身に覚えのない罪を着せられたまま終わらせるつもりはないこと。そして、そのためにソフィアも協力してくれること。
話を聞き終えても、お父様の表情は険しいままだった。
「危険はないのだな?」
「ありません。それに、ソフィアにも無理はさせません」
「なら、当日はお前に任せよう」
そう言ってから、お父様は深くため息をつく。しばらく黙っていたものの、やがて何かを決めたようにこちらを見る。
「本来なら、こんなことになる前に婚約を白紙にできればよかったのだがな」
「……どういうことですか?」
聞き返すと、お父様とお母様が一度だけ視線を交わした。そして、答えてくれたのはお母様だった。
「以前から何度か、王家には婚約を見直してほしいと申し入れていたの」
「初めて聞きました」
「あなたに余計な期待を持たせたくなかったのよ。結局、そのたびに話を先送りにされてしまったから」
お父様はすぐには答えず、しばらく考えるように黙り込んだあと、低い声で続けた。
「陛下も王妃殿下も、アルベルト殿下がまだ未熟なのは理解していた。だからこそ、お前が隣にいれば支えられると考えていたのだろう」
「私が……殿下を?」
「お前なら王妃として足りない部分を補い、いずれ殿下も成長する。そう期待していたのだ」
幼い頃から何度も言われてきた家庭教師の言葉が頭をよぎる。
未来の王妃として学びなさい。殿下を支えられるようになりなさい。
それが当然なのだと思っていた。けれど、その言葉の裏には、最初から私がアルベルト殿下を支えることへの期待があったのだ。
「……だから、私はずっと殿下を支えるように言われていたのですね」
「ああ」
お父様はしばらく私を見つめたあと、静かに頷いた。
「だが、私たちももっと強く動くべきだった。王家の期待に、お前の人生を預けすぎた」
その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。だからこそ、今度は自分の口で伝えなければならない。
「婚約がなくなったら、私は国を出ようと思っています」
二人の表情が変わった。けれど、何も言わないでくれているので、私は自分の思いを告げる。
「魔道具師になりたいのです。隣国のルーディアで、一から学んでみたいと思っています」
誰も口を開かない時間が続く。しばらくして、お母様が少し寂しそうに微笑む。
「そう。遠くへ行ってしまうのね」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。ただ、母親だから寂しいくらいは許してちょうだい」
お母様はそう言って少しだけ目を伏せたものの、私を引き止める言葉は口にしなかった。代わりに、寂しさを残しながらもいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「でも、離れて暮らすなら時々は手紙をちょうだいね。向こうでどんな生活をしているのか、ちゃんと聞かせてほしいわ」
「……はい」
「私にも、たまには寄越してくれ」
すかさず口を挟んだお父様に、思わずそちらを見る。けれど、私と目が合う前に背けられてしまう。
「まあ。あなたも欲しかったの?」
「……当然だろう」
そんな両親の会話に思わず笑ってしまう。その様子を見て、お父様の表情もようやく少しだけ緩んだ。
「レティシア」
「はい」
「今まで十分、家のために生きてきた。帰りたくなった時は、いつでも帰ってくればいい」
「あなたの部屋は、そのままにしておくわ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。お父様はそんな私を真っ直ぐ見ながら、穏やかな声で言った。
「だから、これからは好きに生きなさい」




