14.聖女様の企み
昨日、手紙を届けてくれた令嬢——リシェルはソフィアとは幼い頃からの友人で、あの時クッキーを作った少女で間違いなかった。
現在は隣国に婚約者がおり、その関係で向こうの学園へ通っているという。それなら同年代の貴族令嬢でありながら、私が学園で彼女を見かけなかったのも納得できる。
今回はソフィアに頼まれて戻ってきたらしく、学園内で目立たないよう、彼女の予備の制服まで借りていたそうだ。
そこまでして届けられた手紙を無視するわけにもいかず、翌日の放課後、私は指定されていた旧図書塔へ向かった。
最上階の扉を開けると、窓際にいたソフィアが笑顔で振り返る。
「お待ちしていました、レティシア様」
その顔を見た途端、昨日机の上へ並べられた何通もの封筒が頭に浮かぶ。
私は無言で彼女の前まで歩き、その両頬をつまんだ。
「い、いひゃいです、レティシアひゃま」
「随分とたくさん、お手紙を用意してくださったようね?」
「だっへ、何へ答えるか分からなかったので……」
「私が殿下と結婚すると答えた場合だけ、用意していなかったそうだけれど?」
「それだけは絶対に言わないと思ったんです!」
頬を引っ張られたまま胸を張るソフィアに呆れ、もう少しだけ引っ張ってから手を離した。
ソフィアは赤くなった両頬を押さえながら、恨めしそうにこちらを見るが、私はそんな彼女へにっこりと笑いかける。
「それじゃあ、話を聞かせていただいてもよろしいですか、聖女様?」
「……怒っています?」
「いいえ? ただ、私の知らないところで随分と勝手に話を進めてくださっているようだから、しっかり聞かせてもらおうと思っているだけよ」
向かい合って椅子へ座ると、ソフィアも表情を改めた。
「まず、アルベルト殿下のことです」
「卒業パーティーで私との婚約を破棄するおつもりなのでしょう?」
「もうご存じだったんですか?」
「王城勤めの侍女が教えてくれたのよ」
以前から王城で顔を合わせることの多い侍女だった。どうやら殿下たちの話が使用人の耳にも入っていたらしく、私を気にかけてわざわざ知らせてくれたのだ。
「……それ、秘密の計画なんですよね?」
「殿下の中では、そのつもりなのでしょうね。廊下で話していたみたいだけれど」
二人揃って何とも言えない顔になる。
「コホンッ、それで? どうしてこんなことになっているの?」
「最近、殿下から何度も聞かれるんです。レティシア様から嫌がらせを受けていないかって」
「していないわね」
「もちろんです」
ソフィアはすぐに頷いた。
「最初は、そのたびに違うと伝えていたんです。でも殿下は、『レティシアに口止めされているのだろう』とか、『私を心配させないために隠しているんだな』とか……」
「……あなたが否定しているのに?」
「そうなんです」
思わず額へ手を当てる。どうやら殿下の中では、私の知らないところで随分と都合のいい物語が出来上がっているらしい。
「何を言ってもご自分の都合のいいように受け取ってしまいますから、もう訂正するのはやめようかと思いまして」
否定しても口止めされていると思われるのなら、確かに訂正するだけ無駄だろう。おそらく殿下は私との婚約を破棄するための理由が欲しいのだ。
「私はそれほど嫌われていたわけね。別に構わないのだけれど」
きちんと手続きをしてくれれば、こちらだって喜んで応じるというのに。どうしても私を悪者にしたいようだ。
「レティシア様……」
ソフィアが申し訳なさそうに眉を下げる。
「気にする必要はないわ。ただ、大勢の前で身に覚えのない罪を着せられるなら、抵抗するだけよ」
婚約がなくなること自体は、むしろ私にとって都合がいい。
けれど――
「ソフィアはどうしてそこまでしてくれるの?」
殿下との婚約がなくなれば、私は自由になれる。けれど、ソフィアがアルベルト殿下との婚約を望んでいるわけでもないのに、なぜここまで私のために動いてくれるのだろう。
彼女は少し驚いたように目を瞬いた。
「レティシア様はアルベルト殿下と結婚したくないんですよね?」
「ええ、そうね」
「それに、魔道具師になりたいんでしょう?」
「……そうね。目指したいとは思うわ」
正直にそう答えると、ソフィアは嬉しそうに笑った。
「だったら、私はそれを応援したいです」
「それだけ?」
「それだけじゃ駄目ですか?」
あまりに当然のように言われ、今度はこちらが言葉に詰まる。
「昔から、レティシア様は私が困っている時に何度も助けてくれました。それに、私が聖女だと知られてからも、何も変わらず接してくれたでしょう?」
ソフィアは少しだけ笑う。
「だから今度は、私がレティシア様のやりたいことを応援したいんです」
ソフィアは真っ直ぐ私を見る。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「もし婚約がなくなって、レティシア様がこの国を出るというのなら、私もついていきます」
「……あなたは聖女なのよ。この国には、あなたを必要としている人が大勢いるわ」
「分かっています。誰かを助けることをやめたいわけではありません。でも、レティシア様が一人で国を出ていくのを、私はここで見送れません。私にとってレティシア様は、それくらい大切な人なんです」
国が嫌いなわけでも、聖女であることを捨てたいわけでもない。ただ、私について行きたいと言ってくれている。
「……分かったわ」
「本当ですか?」
「ええ。ただし」
私は机の上へ身を乗り出した。
「どうせやるなら、中途半端なことはしたくないわ」
ソフィアの顔がぱっと明るくなる。
「殿下は大勢の前で私との婚約を破棄したいのでしょう?」
正式な手続きを踏まず、わざわざ卒業パーティーを舞台に選んだのだ。それなら、その舞台をこちらも使わせてもらえばいい。
「アルベルト殿下の望みを叶えてあげましょう」
私が笑うと、ソフィアも楽しそうに笑った。
「ええ。盛大に婚約破棄していただきましょう」




