13.聖女様からの手紙
卒業まで、あと一か月。
そんな時期になって、私はアルベルト殿下が私との婚約を破棄しようとしているらしい、という話を耳にした。
それも卒業パーティーという大勢の貴族が集まる場で、私がソフィアへ行ってきた数々の嫌がらせを明らかにし、その場で婚約破棄を宣言するつもりなのだという。
最初にその話を聞いた時、私はさすがに腹が立った。もちろん、アルベルト殿下との婚約を失いたくないからではない。
むしろ解消されるというのなら歓迎したいくらい。
けれど、問題はその方法。私と殿下の婚約は私たち二人だけの意思で結ばれたものではない。王家とヴァレンティア公爵家との間で決められたものだ。
ならば婚約を解消したいのであれば、まず王家から公爵家へ正式に申し入れ、両家で話を進めるのが筋だろう。
少なくとも、卒業パーティーの場で突然私を断罪し、その勢いで婚約破棄を宣言するようなものではない。
「……どうして、わざわざそんな面倒なことをするのかしら」
普通に婚約を解消したいと申し出てくれれば、喜んで応じるというのに……
それをせずにわざわざ私を悪者に仕立て、大勢の前で婚約を破棄しようとしている。しかも本人は秘密裏に準備しているつもりなのだろうけれど、こうして私の耳に入っている時点で、その計画がどれほどいい加減なのかもよく分かる。
怒るというよりも考えれば考えるほど呆れてくる。殿下が何を吹き込まれて、そんな考えに至ったのか。ソフィア自身はどう思っているのか。一度きちんと話したいと思っていたその時だった。
「レティシア様」
一人の令嬢が私の名前を呼ぶ。
放課後の人が少ない時間帯、空いているこの教室を借りている事を知る人物はほとんどいない。
それなのに、彼女は私がいる事を知ってこの教室に入ってきた。
同じ学園の制服を着ているけれど、普段親しくしている相手ではない。何よりも彼女を見た覚えもなかった。
「……何かしら?」
彼女がどんな動きをしても対応できるよう、席から立ち上がり、廊下までの道のりを確認する。
そんな私を気にする事なく、彼女は周囲を確認し少しだけ私との距離を縮める。
「ソフィアちゃ――あっ、コホンッ。聖女様からお手紙を預かっています」
あまりにもわざとらしい咳払いだった。私は思わず彼女の顔をまじまじと見る。
「あなた、ソフィアと親しいのね」
「えっ。そ、ソンナコトナイデスヨー」
「今、ソフィアちゃんって言いかけたでしょう?」
「……聞こえていましたか」
「はっきりとね」
令嬢が気まずそうに視線を逸らす。
「あなた、ソフィアとは昔から親しいの?」
「え?」
「『ソフィアちゃん』と呼ぶくらいだから」
令嬢は少し迷ってから、観念したように頷いた。
「……子供の頃からの友人です」
その言葉を聞いた瞬間、遠い記憶の中で明るい少女の声が蘇る。
『クッキー、どうだった?』
あの日。庭園で泣いていた幼いソフィアと出会い、私が生け垣の陰へ隠れたあとに聞こえてきた声。
私は改めて目の前の令嬢を見る。
「もしかしてあなた、昔ソフィアにクッキーを作ったことがある?」
「……え?」
令嬢が目を見開く。その反応だけで十分だった。
「やっぱり」
「どうしてレティシア様がそれを知っているんですか!?」
「少し事情があってね」
「まさかソフィアちゃん、あの時のことを……」
そこまで言ってから、彼女ははっと口元を押さえる。
「またソフィアちゃんって言ったわよ」
「……もう聖女様っていうのは諦めます」
肩を落とし、少し拗ねた様子の彼女に思わず笑ってしまう。昔は顔をまともに見ることもなかったけれど、あの日クッキーを作った少女と今もソフィアの付き合いが続いているらしい。
それならソフィアが彼女に手紙を託したのも納得できる。
ソフィアの友人なら問題ないだろうと思い、私は警戒を解くことにした。
「それで、その手紙をいただける?」
「あっ、はい!」
彼女も本来の目的を思い出したらしく、彼女は慌てて一通の封筒を差し出した。
受け取って封を開く。中の便箋に書かれていたのは、たった一文だけだった。
『このまま殿下と婚約したいですか?』
しばらく文字を見つめる。今日耳にしたばかりの殿下の馬鹿げた計画が頭をよぎった。
「冗談じゃないわ」
「あー、ではこちらですね」
「……こちら?」
彼女は当然のように鞄へ手を入れ、ガサゴソと音を立てながら二通目の封筒を取り出した。
「ソフィアちゃんから、レティシア様が『冗談じゃない』と答えたら、これを渡すように言われています」
「私の返事まで予想されていたの?」
「はい」
何とも複雑な気分になりながら、二通目を受け取る。
『でしたら、殿下との婚約を終わらせませんか? 詳しいお話をしたいので明日の放課後、旧図書塔まで来てください』
読み終えたところで一つ気になることがあった。
「ちょっと待って」
「はい?」
「さっき、私が『冗談じゃない』と答えた場合はこの手紙と言ったわね」
「はい」
「では、別の答えだったら?」
「ああ、それでしたら――」
彼女は再び鞄へ手を入れた。
一通。
さらに一通。
そして、もう一通。
次々と出てくる封筒を見て、私は思わず目を瞬いた。
「……何通持っているの?」
「さあ?」
つまりソフィアは、私が最初の質問へどう答えるかを何通りも想定し、それぞれに別の手紙を用意していたらしい。
バサバサと出てくる手紙の中で、たまたま私の近くに来た手紙を取る。
「これは?」
「レティシア様が『仕方がない』と答えた場合です」
……嫌な予感がする。
「読んでも?」
「もちろんです」
『また「仕方がない」と言うつもりですか? 本当にそれでいいのか直接お話ししましょう。旧図書塔で待っています』
「……」
私は黙って次の封筒を開封する。
『決まっていることと、レティシア様が望んでいることは別ですよね。旧図書塔で待っています』
思わず額へ手を当てる。他の手紙を見てみても、結局旧図書塔へ連れていかれるではないか。
ここまで用意周到なら、逆に確認したくなる事もある。
「ちなみに、一つ聞きたいのだけれど」
「はい?」
「私が『このまま殿下と結婚する』と答えた場合の手紙は?」
令嬢は一度だけ瞬きをし、不思議そうに首を傾ける。
「ありませんよ?」
「……ないの?」
「ソフィアちゃんが、『レティシア様が本心からそう答えることは絶対にないから、用意しなくていい』って」
「あの子は……」
まったく、私が何と答えるのかすっかりお見通しということね。
「……最初から私に選ばせる気なんてないじゃない」




