12.卒業の先に
聖女として公に活動するようになったソフィアは、アルベルト殿下と行動を共にする機会が増えた。
王家が主催する式典や慈善活動、各地から訪れる使節への挨拶。王太子と聖女という組み合わせは国民にも分かりやすいらしく、二人が並んでいる姿を目にすることも珍しくなくなった。
その影響は、当然のように学園にも及んだ。
「アルベルト殿下には、レティシア様より聖女様の方がお似合いなのでは?」
廊下を歩いていた時、少し離れたところからそんな声が聞こえてきた。こちらに聞かせるつもりで話していたのか、それとも本当に気づいていなかったのかは分からない。
腹が立つなんてことはまったくなかった。自分でも驚くぐらいにこれっぽっちも。
そして、最初に浮かんだのは別の感想だった。
――それならそれで、早く婚約を白紙にしてくれたらいいのに
私自身がアルベルト殿下との婚姻を望んでいるわけでもないので、より一層そう感じただけかもしれないが。
民衆から慕われる聖女と次期国王。形だけ見れば、私よりよほど物語らしい組み合わせである。
だからこそ、順当な手続きを踏んでくれたら喜んで今の席を開け渡すのに。
それに、ソフィアが国母を望むなら、私も心から彼女を支えよう思える。
そう思った日の放課後、久しぶりにソフィアと二人きりになった私は何気なくその話をした。
「私もお似合いだと思うわ」
「やめてください!」
思っていた以上の勢いで否定され、思わず身を引く。ソフィアにそんな反応をされたのは初めての事だったので尚更驚いた。
「そんなに嫌なの?」
「嫌です!」
「殿下よ?」
「だから嫌なんです」
そこまで言われると少し可哀想な気もするが、あいにく私も反論する材料は持ち合わせていない。
「……レティシア様は本当にあの方と結婚するんですか?」
矛先が私に向かってしまい、思わず黙ってしまう。卒業まであと僅か。王立学園を卒業すれば本格的に婚姻の準備が始まる。
「……その予定よ」
「魔道具師になりたいって言っていたのに」
胸の奥が痛む。自分で魔法陣を考えて、魔石を選び、誰かの役に立つ魔道具を作る。
けれど、それはあくまで想像の中だけの話だ。
「……あれは、少し憧れていただけよ。本気じゃないわ」
そう口にした瞬間、自分でも随分と白々しい言葉だと思った。
「私にできるのは、市販の魔道具を分解して、少し手を加えるくらいだもの。本当に魔道具師になれるほどの才能があるわけでもないもの」
そう返事してみるが、ソフィアは何も答えずただじっと私を見ている。その視線が妙に居心地悪くて、私は窓の外へ顔を向けた。
「……何よ」
「レティシア様」
「何?」
「それ、本当にそう思っていますか?」
すぐには答えられなかった。嘘をつけない彼女の前で、私は何を言っているのだろう。
「……そう思うことにしたのよ」
結局、出てきたのはそんな言葉だった。ソフィアの表情が僅かに曇る。
「どうしてですか?」
「だって、卒業したら殿下との婚姻の準備が始まるもの」
王妃となれば、好きなだけ工房へ通って魔道具を作る生活などできるはずがない。
父にも以前それとなく話したことはある。けれど王家との婚約がある以上、好きだからという理由だけで選べる道ではなかった。
「今さら魔道具師になりたいなんて言っても、どうにもならないわ」
自分に言い聞かせるように続ける。
「仕方がないでしょう?」
そう答えると、ソフィアは納得できないように眉を寄せた。
「私はその言葉が嫌いです」
「何が?」
「『仕方がない』です」
いつになく真剣な声だった。ソフィアは少し視線を落とし、自分の胸元へ手を添える。服の下には、今も金色の聖印がある。
「最近、私もよく言われるんです。聖女なのだから仕方がないって」
どこへ行き、誰を癒すか。いつ力を使うのか。聖女になってから、それらをソフィア一人で決められる機会は少しずつ減っていた。
「人を助けるのは嫌じゃありません。治せる人がいるなら治したいですし、瘴気を消せるならそうしたいです」
そこで彼女は一度言葉を切った。
「でも、私が何か言う前から『聖女なのだから』って決められてしまうのは……時々、少しだけ苦しいです」
私は何も言えなかった。
王太子の婚約者として、聖女として、立場は違っていても、私たちは似た言葉で自分の未来を決められている。
それなのに私は自分から「仕方がない」と言って、諦めようとしていた。
私は先ほど口にした言葉を思い返す。
——あれは、少し憧れていただけよ。本気じゃないわ
自分でも本心でないと分かっていた。魔道具師についてもっと学びたいと思ってるし、自分で一から作れるようになりたいと今でも思うことはある。
けれど、叶わないのなら最初からそれほど望んでいなかったことにしてしまえばいい。
そうすれば諦めるのも少しは楽になると思っていたのに、ソフィアに簡単に見抜かれてしまった。
それが少し恥ずかしくて、同時に胸がちくりと痛む。
自分に言い聞かせるだけなら、まだよかったのかもしれない。けれど私は、ずっと私の本音を受け止めてくれていたソフィアにまで本心ではない言葉を向けてしまったのだ。
「……ごめんなさい」
「どうしてレティシア様が謝るんですか?」
「何となくよ」
ソフィアは不思議そうな顔をしたあと、小さく笑った。その笑顔が少し照れ臭くて、私は窓の外へ視線を逸らす。
そこには卒業を間近に控えた生徒たちが、これからのことを楽しそうに話しながら歩いていた。




