10.私たちだけの秘密
あの茶会をきっかけに、私とソフィアは少しずつ顔を合わせるようになった。
最初の頃は茶会などで見かければ挨拶を交わす程度だった。それが何度か続くうちに、どちらからともなく近くへ行って話すようになり、やがて互いの家を訪ねることも増えていった。
ソフィアと過ごす時間は、不思議と気楽だった。
他の令嬢たちと話しているとどうしてもアルベルト殿下の話題になることが多い。王太子の婚約者である以上、仕方のないことなのだろうけれど、殿下との仲を聞かれたり、将来の王妃として期待していると言われたり、その度に私は笑顔で当たり障りのない答えを返していた。
けれどソフィアは、ほとんど殿下の話をしなかった。
「レティシア様、これ読んだことありますか?」
ある日、私の部屋へ遊びに来た彼女が本棚から一冊の本を取り出した。
「魔道具の本?」
「はい。絵がいっぱい載っています」
「それ、子供向けの本じゃないわよ」
「だから難しいんですね」
真剣な顔で頁をめくっていたので、思わず笑ってしまう。
「興味があるの?」
「よく分かりません。でも、レティシア様の本棚、魔道具の本だけ背表紙が擦れていて、何度も読んでいるみたいだったので」
言われて、本棚を見る。確かに歴史や政治、礼儀作法に関する本は綺麗に並んでいるのに、魔道具関係の本だけは背表紙が少し擦れ、頁の端も柔らかくなっていた。
(……よく見ているのね)
「魔道具、お好きなんですか?」
ソフィアの言葉に少し驚く。王妃になるために必要だから学ぶことはたくさんある。けれど、自分が好きだから続けているものについて誰かに聞かれた経験はなかったから。
「ええ、好きよ。魔道具の仕組みを考えるのが好きなの。魔石からどう魔力を流すかとか、魔法陣を少し変えたらどう動きが変わるのかとか」
「作ったこともあるんですか?」
「大したものではないけれどね」
私は机の引き出しから、小さな魔道具を取り出した。掌に収まるほどの灯りの魔道具で、市販されていたものを分解し、少ない魔力でも長く使えるよう、自分なりに魔法陣を組み替えてある。
「これ、レティシア様が作ったんですか?」
「一から作ったわけではないわ。元々あったものを改良しただけ」
ソフィアは両手で受け取ると、宝石でも見るように角度を変えながら眺め始めた。
「つけてもいいですか?」
「ええ。横の部分に触れて、少しだけ魔力を流してみて」
教えた通りにソフィアが指を添えると、淡い光がふわりと灯った。
「わあ……」
その顔があまりにも嬉しそうで、私まで頬が緩む。
「普通の魔石灯より少ない魔力でつくようにしてあるの。まだ光が安定しない時があるから、もう少し調整したいのだけれど」
「すごいです……」
「だから、大したものでは――」
「すごいです!」
今度は少し強く言われ、言葉に詰まった。ソフィアは魔道具を大切そうに持ったまま私を見る。
「だって、レティシア様が自分で考えて、こうした方がいいかもって直したんですよね?」
「まあ……そうだけれど」
「やっぱりすごいです!」
あまりにもまっすぐ褒められるので、どう反応すればいいのか分からなくなった。
成績を褒められることには慣れている。礼儀作法が美しいと言われることも、王妃として申し分ないと言われることもあった。けれど、そのどれもが「王太子の婚約者として」の評価だった。
自分がただ好きで作ったものを、誰かに見せた事も、こんなふうに喜んでもらったことはない。
「レティシア様は、将来こういうものを作るお仕事をしたいんですか?」
何気なく聞かれ、私は目を瞬いた。
「私が?」
「はい」
「私は公爵令嬢なのよ?」
「公爵令嬢だと、魔道具を作ってはいけないんですか?」
「そういうわけではないけれど……」
言葉に詰まる。いけないと誰かに言われたわけではない。ただ、私の未来には最初から王妃になる道しか用意されていなかった。だから、それ以外の職業を自分の将来として考えたことすらなかったのだ。
「魔道具師か……」
胸の奥が、ほんの少しだけ弾んだ。
「似合うと思います」
「まだ何も作れていないのに?」
「でも、今すごく楽しそうです」
ソフィアに言われて私は自分の顔へ手を添え、そんなに分かりやすい反応をしてしまったのかと、少し恥ずかしくなる。けれど、不思議と嫌ではなかった。
「このことも、秘密にしておいてね」
「魔道具が好きなことですか?」
「それもだけれど……魔道具師になれたらいいと思ったこと」
まだ夢と呼ぶには小さすぎる気持ちだった。誰かに知られれば、王太妃になる者が何を考えているのだと笑われるかもしれない。けれど、ソフィアは以前と同じように大きく頷いた。
「もちろんです」
そうして私たちの間には、また一つ秘密が増えた。
アルベルト殿下を好きではないこと。
ソフィアが聖女であること。
そして私が魔道具を作ることを好きだということ。
誰にも話せないことを一つずつ預け合うたびに、ソフィアの前では少しずつ王太子の婚約者ではない自分でいられるようになっていった。




