第5話 こちらエージェントJ
天草はフードコートから出てきた二人を離れた柱の陰から監視しつつ、ジャケットの襟に口元を寄せた。
「こちらエージェントJ、対象が移動を始めた。追跡を続行する」
返事はないが、天草は気にしない。それもそのはず、どこにも通信は繋がっていないのだから。
50メートル先の通路では、きょろきょろと周囲を見回すマキナに、タナちゃんが右手を差し出していた。
『ご飯のお礼に、お買い物付き合うよぉ』
『知見をいただくのです』
マキナはそれを受け取り、手を繋いで二人は歩き始めた。
繋ぎ目がブランコのように揺れる。タナちゃんは足を大きく上げ、歩幅を広く進んでいった。
後ろからだと、マキナがリードされているように見える。
仲良しの姉妹みたいだ。本当に最終兵器なのか怪しくなってくるぜ。
腰を低く、柱から柱を渡り、天草はその後を追った。
「なにあれー?」「ヤバい人いるんですけど」
たとえ民間人に後ろ指を指されようとも、足を止めなかった。
プロとして。
『わからないなら全部試してみたらいいんだよぉ』とタナちゃんは言った。
おいやめろ馬鹿と天草は胸の中で叫んだ。
マキナは立ち止まり、偶然そこにあったアパレルショップを見上げた。
『試してみる価値はあります。タナちゃんの全て試してみるという方法論には、一定の合理性が見受けられるのです』
「ねえよ!」
思わず天草が叫ぶと、瞬時にマキナが振り向く。
マズイっ。咄嗟に天草は膝から力を抜いた。
マキナは首を振って周囲を見回した。
『どうしたの?』
タナちゃんに手を引かれて、マキナは答える。
『いえ、不審な声を検知したのですが、足を滑らせただけのようです』
『ふぅん』
タイルの地面は苦かった。襟がめくれて、ジャケットはずたずただ。
鼻痛い。
天草は地面に這いつくばっていた。倒れ込んだのはいいが、勢い余って額を強打した。
「……く」そがぁ、とぼやこうとして、慌てて口を押さえる。
腕だけで前に進み、柱の陰から片目を覗かせる。マキナは向き直って、アパレルショップの方を向いていた。
へっへへへ、お前の高性能センサーよりも、俺の直感とテクのほうが上だったみたいだな。なめるんじゃねえ。
天草がにやけながら笑っていると『とりあえず全部買ってみるのです』マキナは店へと入っていった。
『さんせーい!』
タナちゃんのハイテンションが、イヤホン越しに伝わってきた。
従業員に見送られて店から出てきたマキナは、パンパンに詰め込まれた袋を両腕にぶら下げていた。バランサーがよほど優秀なのか、紅白歌合戦の衣装みたいになっているのにふらつく素振りもない。
一歩前に出ていたタナちゃんは、正面のスポーツウェア店を指差して飛び跳ねた。
『次はあっち、行ってみよぉー』
『はいなのです』
マキナが頷いて、休むまもなく二人娘は進軍を開始した。
15分後、袋を倍以上に増やして店を出てくる。
首の前後ろにもぶらさげているから、いよいよ通行人の注目を集めるようになっていた。
『次はそっちぃ!』
入って、出てきて。
『そこの電気が暗いお店は大人だからぁ、こっちにしよ!』
ハイブランドを避けて、若者向けの店へ。
タナちゃんナイス、と天草はぐっと拳を握った。
そこから出てくる頃にはもう、五重塔さながら袋が積み重なっていた。マキナだけではなく、タナちゃんも同じ状態だった。
『あっ、クレープ! 食べよぉ!』
また食べて。
『風船だぁ、買って買って!』
いらんものまで買って。
誰もが二人にひれ伏すようになった頃に、ようやくマキナは言った。
『これ以上、持てないのです』
ようやくだよ。天草は胸に手を置いて、軽く息を吐いた。
タナちゃんは言った。
『サービスカウンターで郵送手続きしてくれるよぉ』
おい、得体のしれないガキ、なに急に現実的なこと言ってんだ。やめろマキナ、真に受けるな、それ以上どこに置く気だ、家は広くないんだぞ、やめろ!
マキナは一瞬だけ沈黙して、軽く頷いた。
『確認が取れました。新居の住所は把握済みなので、そちらに配達するよう手配しましょう』
『えぇ、マキナちゃん引っ越してきたんだぁ』
『はい。タナちゃんも近隣にお住まいですか?』
『うん、パパとママと、大好きなお兄ちゃんと、四人家族なんだぁ』
『マキナは二人家族です』
『今度お家に遊びに来てよぉ、お兄ちゃんにも紹介したぁい』
『前向きに検討しますです』
などと雑談を交わしながら、階段を上ってサービスカウンターに向かっていった。
天草は頭を抱えこんで、重い足取りで後を追った。
いいかげん止めるか。そろそろ約束の2時間は経つはずだ。そうだそうしよう、少佐だってあんまり目立ちすぎるのは望んでないはずだ。
よし行こう、そう思ったその瞬間に、イヤホンからタナちゃんの笑い声が聞こえてきた。
『お買い物、楽しいねぇ』
マキナは見上げるタナちゃんに顔を向けて、5秒ほど間を開けてから答えた。
『はい。タナちゃんのおかげなのです』
その横顔が、ほんの少しだけ緩んだように、天草には見えた。
はぁ、とため息を吐いて、もう少しだけ付き合ってやるか、任務だしな、と天草は思い直した。




