第4話 天草は見た
天草一郎は、金色のカードを振りかざして飲食店をはしごして回るマキナの様子を、屋根の上、吹き抜けになっているそこから双眼鏡で観察していた。
ふざけんな、と思いながら。
「全部って、全部かよ、本当に全部かよ。くそっ、かっこつけるんじゃなかった」
和洋折衷、ありとあらゆるメニューが、4人がけのテーブルを3つ合わせた即席の特別席に次から次へと置かれていく。
謎の少女はフードを下ろしてナイフとフォークを握りしめ、マキナは呼び出しブザーがなるたびに食事を取りに走った。
しばらくして全て揃うと、少女は食材の海を泳ぐかのごとく、満漢全席かのようなそれらに飛び込んだ。
パスタをすすり、ハンバーグを頬張り、デザートまで同時に食べ進めていく様子に、天草は思わず目を見開いた。
合計いくらだ、ちゃんと経費で落ちるんだろうな。
でもなんて報告すればいいんだよ、マキナが勝手にフードコートのメニュー全部知らない女の子に奢りましたってか、あの少佐が耳を貸すものかよ。いやカードの履歴を、あ、おいマキナ、人の気も知らねえで笑ってんじゃねえ。
「……あいつ楽しそうじゃねえか、くそ」
あっという間に半分以上を食べ尽くし、2人は会話を始めた。天草は歯噛みして、オマケに腹まで鳴らしながら、集音マイクからの音声に耳を傾けた。
ザザというノイズに混じって、能天気そうな少女たちの声が聞こえてくる。
『タナちゃん、ですか?』
『そうだよぉ、みんなかわいいって言ってくれるよぉ』
『ユニークな名前です。かわいい……そうですか』
マキナは少し視線を下げて、一呼吸置いてから続けた。
『タナちゃんは怪しい人ですか?』
『怪しくないよぉ、だって怪しくないもん』
『そうですか……ならタナちゃんは怪しくないですね』
おい、今どんな処理した。人の金でフードコート食い荒らすやつは怪しいだろうが。
天草は怨念じみたことを思うが、こちらの声は伝わらない。
ため息をこらえて、少佐からの指令を思い出す。
『マキナの自主性に任せて観察に徹しろ。なにがあっても手出しをするな、なにがあってもだ』
そのようなことが長々と秘匿回線で送られてきた。
これ一応軍事作戦でしょ、はじめてのおつかいやってんじゃないよな。
いくらでも悪態はつけたが上官相手では、はい、としか言えなかった。
まあ、人型タナトスなんかでっち上げなんだ。本当に問題が起きるはずがないのはわかるが、あの人はマキナに甘すぎるだろ。
なんで俺だけこんなところで──足が滑って30センチほど滑落する。腕の筋肉で踏ん張って、上がって、なんとか元の位置に戻る。
くそう、こんなのスマートじゃねえぜ。悪の組織じゃなくて、女の子のケツ追っかけてるなんて。
かわいいじゃなくて、かわいそうだと言ってくれよ誰か。007がこんな仕事したか? してねえだろうよぉ。
どれだけ嘆いても、天草はひたすらに孤独だった。
それをよそにザ……ザザ……と耳に──楽しそうな──声が届けられる。
『マキナは、マキナと言います。名乗るのは問題ないと許可されているので、人前でそう呼んでくれて構わないです』
『ふぅん、そっかぁ。あ、このブリュレ美味しいよ、マキナちゃんも食べる?』
あーん、と少女もといタナちゃん……天草はあの子供についてはなにも気にしないことにした。
とにかく、マキナが差し出されたスプーンを頬張ったことだけが、目の前にある事実だった。
そしてそのサイバーな手で頬を抑えながら、『美味しい……と思いますのです』と感想を口にしていた。
天草は深く息を吐いて、わしゃわしゃと頭を掻いた。
「あれで少佐殿もメロメロになったんだろうか、ったく、やりづれえなあ」
かわいいって鏡みたら書いてあるんじゃないか、と天草は思った。
そして次の瞬間、自分がそんなことを考えていることに気づいて、思わず苦笑した。




