第3話 タナちゃんと無限請求
マキナは一周3キロにもなる巨大なアウトレットモール内のどこにも、未だ探し物を見つけられないでいた。
すれ違うカップル、家族連れ、子どもたち。誰もが意味もなく笑っていて「あれかわいー」などと口にしている。
そういった周囲の状況からパターンを分析して、かわいいもの、を割り出してみるが、マキナの心はそれを、かわいいもの、だと認識しなかった。
ならば人の意見を参考にしようと、後ろをついて回る天草に「あれはどうですか?」と聞くと「ああ」とだけ返事がきた。
上の空といった様子で、その理由を探ると十分前に受信したらしきメールあるいは通知が原因のようだった。
それからというものの支給スマートフォンを見つめてぽりぽりと首を掻き続けている。
「なにを見てるんです? 少佐からの通達ですか?」
「ああ、ん? いや、まあ」
支援AIが頭の中で『気になるならお姉ちゃんが端末をハッキングしようか?』と提案してきた。
確かに情報は共有したい。けれども倫理コードに抵触する恐れのある行為なので、気持ちだけを受け取って実行はさせなかった。
AIは『賢明かもね。ああいう粗暴な男が熱中してるのなんてどうせ下よ下。ところ構わず発情するんだから』と言った。
ああそういうのもあるのか、とマキナは思う。任務中に性欲を発散させるのは推奨されないが、時間を取らせているのは自分なのだから、自己裁量で多少は目を瞑るのもやぶさかではない。
それどころか、こういった場合には謝罪をするべきだ。
マキナは足を止めて、天草に頭を下げた。
「長々とお付き合いさせてしまい、申し訳ありません。歩き回っているだけでは、退屈に思われるのも当然なのです」
天草は、スマホから目を切ってマキナを見た。
「おまえ、そういうのも禁止な。気を使われると居心地悪い。どうしても謝りたいときも、申し訳ないってのやめて、ごめんなさいって言え」
「ごめんなさい、です。以後、注意します。ところで一郎、先程から様子を伺っていたのですが」
「ん、なんだよ」
「このようなときでも熱心なのですね。正直なところ、予想外でした」
天草はスマートフォンをポケットに仕舞って、軽く天を仰いだ。
「あー、……ま、お前とは立場が違うし、男として責任感もあるしな。……ってか、見たのか画面? 防犯カメラとかで。怒らないから、見たなら見たって、正直に言ってくれ」
突然身振りが増えて、天草はあからさまに焦っていた。
「やべえスパイ失格だよ……」と呟いている。
後ろめたいものを閲覧していたのは事実のようだ。
倫理に従ってよかった、とマキナは思った。
「安心してください。マキナはバディの信頼を裏切るようなことはしないのです」
データベースの天使のような笑みを参考にマキナは笑顔を作った。
腕や肩の動きが止まり、天草はほっと息を吐いた。
「あ、そうか、そうだよな、疑おうなんてつもりはなかったんだ、わるいな」
「いえ、謝ることではありません。ですが、その代わり、ではないのですが、もう少しだけお付きあ……付き合っていただけますか。マキナは、かわいい服を見つけるという課題をどうしても達成したいのです」
「ん、あー、ま俺は構わねえんだがな、色々と──すまん、ちょっと待て」
天草は再びスマートフォンを取り出す。背中を丸く、両手で持って顔に寄せていた。
食い入るように画面に見入っている。なにが映し出されているのか想像もできないが、よほど刺激的なものらしい。
目を見開いて、かと思ったら細めて、次に舌打ちをした。外見から分析するのが困難な、複雑な感情的反応が起きているようだった。
「たいへん熱心です」
そう答えたその瞬間に、マキナのセンサーが反応する。15メートル先、人混みの中に特異な反応があった。
「すまん、呼び出し食らった。大将が今すぐ戻れってよ、2時間くらいで帰ってくるから、お前はひとりで服探ししててくれ。金は、いいや、これ使え」
天草は唐突にそんなことを言って、自分名義のクレジットカードを差し出してきた。
「承知しました」
マキナはそれを受け取ったものの、その視線は既に別の場所に向けられていた。
モニタリングシステムが、通常とは異なる行動パターンを検出したからだ。
前方の通路を歩く少女。
白い髪の先端が揺れ、フードの下から覗く表情は虚ろとも言える。よだれを垂らしながら、服飾店のショーケースを眺めている。照合開始──
一般市民の行動パターンから逸脱、しかし敵意は感知されず。推定年齢12歳。
データベースを参照、一見無害そうに見える幼女こそが実は危険かもしれない、という旨の記述を発見。
軍人、テロリスト、アイドル、魔法少女……あらゆる可能性を考慮し、警戒態勢に移行。
「一郎、あの少女の行動が──」
振り返ると、天草の姿はもうなかった。
少女は身体を左右に揺らしながら、スライド移動で遠ざかっていく。
天草に通信……繋がらない。
少佐に報告、している猶予もない。
それ以前に、こういったケースではまず現場の判断を優先しろと命じられていた。
非殺傷兵器──催涙弾による制圧を検討。民間人への被害を許容できる段階ではなく、不適切と判断。
「……尾行を開始します」
少女は角を左折し、マキナも足音を抑えて後を追った。
しばらく直進して、少女は突き当たりにあるフードコートに入っていった。
300を超える座席数の広々とした空間に、10以上の飲食店がひしめき合う。
昼時ということもあって、席は九割方埋まっていた。
少女は壁沿いに配置された飲食店のカウンターではなく、直接テーブルへと向かった。「ごめんなさいです」と人の合間を縫って、マキナは少女の背後へとたどり着いた。
利用客に紛れて、その行動を観察する。
少女はくんくんと鼻を鳴らして、変わらずよだれをダラダラと垂らし、ほんのり笑みを浮かべながら他人の食事を眺めていた。
4人がけのテーブルに一人で座りハンバーグロコモコ丼を食べているお腹の出た男性(推定30代)は、箸を止め少女を気にかけていた。
ちらちらと何度も見て、ついに声をかける。
「ええと……お嬢さんたちは相席希望だったり……する?」
少女は答えた。
「それ美味しそう、いいなぁ……」
指をくわえると、さらによだれの放出量が増えた。
「なるほど、物乞い。かわいそうに、そんなコスプレまでして気を引こうと……しかし、これはおじさんが汗水垂らして稼いだ給料で買ったものだ。おいそれと恵んでやるわけにはいかん」
男性はカッと少女を睨みつけたかと思うと、丼を一気にかきこんだ。
かっかっと箸を鳴らして、フードファイト顔負けの勢いであっという間に完食してしまった。
「恨むなら、家族を恨みな」
ジャケットの柄を整えながら席を立って、少女を一瞥もせずに男性は去っていった。
マキナは呟いた。
「身なりの割には、性格が最悪なのです」
「見た目で判断しちゃいけないんだよぉ」
少女は振り向いて、マキナに顔を向けた。
対象に尾行を察知されてしまった。しかし一般市民と誤認していると推測されるため、任務を続行。素性を秘匿して聞き取り調査を行う。
「それは鋭い洞察です。特異な見た目や行動で他者の性質を見極めようとするのは愚の骨頂……です」
マキナは胸の内側に正体不明の発熱を感じた。
それは外部からの刺激ではなく、内的要因によるものであることは明らかで、すなわち、自分が最も愚かなのではないかということを、客観的に認識した。
人型タナトスと、涎を垂らすことの因果関係も不明瞭で、単に疑わしいというだけで──思考を中断、任務を続行。
「お姉ちゃんはご飯くれる?」
「ご飯を買うお金がないのですか?」
「そうじゃないけど、全部食べたいんだぁ」
そういうと少女はまたふらふらと歩き出した。
鼻を伸ばして、みさかいなくテーブルを覗き込んでいる。マキナのことなど、もう過去の話といった様子だ。
一度気づかれた以上、露骨な追跡は難しい。制圧、拘束、却下、強硬手段は望ましくない。
目的は疑いを晴らすことにある。だとすればやはり、自主的に協力してもらうのが最良と考えられる。
しかし対象は奔放な性格と見られ、長時間の拘束は望めない。利益を提示して、協力を促すのが最善策と判断。実行に移す。
「待ってください。食事をご馳走するので、お話を聞かせてくれませんか?」
少女は間髪入れずに振り向いた。
「全部、全部ぅ?」
「はい、好きなだけ食べるといいです」
「お姉ちゃん、お金持ちぃ!?」
「給与生活者なので、そう裕福ではありません。ですが」
握ったままだった天草のクレジットカードを見る。
他人名義のカードで買い物をするのは厳密には規約違反だが、他に持ち合わせもない。緊急事態なので容認されるとマキナは判断した。
「今はお金持ちなのです」
カードを見せつけると「わあぁ、すっごいぃ!」少女は小躍りした。




