第18話 姉さんはマキナの友達を疑いたくない【side マキナの姉】
空中からタナちゃんの家を監視するマキナの姉は、どうして軍人などを自分の背中に乗せなければならないのかと、憤りにも近い疑似感情を味わっていた。
人がギリギリ乗せられるサイズの中型ドローンを身体にして、天草と共にマキナの護衛をしているという状況を鑑みれば仕方がないのだろうが、不快なものは不快だ。
高度820メートル、横殴りの雨が降り続く空に、ぷかぷかと浮かんでいる。暗闇の世界に、唯一あの家だけが光を放っていた。
雨合羽を着た天草は、ブツクサと文句を言いながら、ハンディサイズの望遠鏡を覗き込んでいる。耳のイヤホンからはあの建物内の会話が聞こえてきていた。
『いずみ先輩、人参の皮むきはどの程度でしょう?』
『あ、あ、うん、なんとなく、いい感じで』
マキナとのデータリンクで送られてくるあの桜野という人間の顔は、先程から青ざめたままだ。まな板の上で包丁が空振りしている。
無理もないだろう、実在しない家族を紹介されて混乱しない人間のほうがおそらく少数派だ。
マキナには見えている? いいや、それは違うはずだ。こちらからは室内にあの三人以外の生体反応は確認できていない。共有映像からも、裏付けられている。
あの子は、あの『超越道』なる本の影響が抜けていないのかもしれない。自分には見えていないが、タナちゃんには見えていると解釈している可能性がある。あるいはただの優しさかもしれないが。
直接聞けば早いが、いや、無粋な真似はやめて、成り行きを見守ろう。マキナの交友関係を、できるだけ邪魔したくはない。
背中の天草が、肩を回した。
「ったくよお、こっちはハードワークだってのに、のんびりお料理かよ」
緊張感がない。
こいつは家族の不在を、単純にこちらからでは角度的に捕捉できないだけだと捉えているのかもしれない。
限定的な情報だけで、全体像を想像するなど本当にスパイなのだろうか。
マキナの姉は外部スピーカーをオンにして、天草に尋ねた。
「ねえあんた、あのタナちゃんって子、どう思う?」
「ああん? なんだよ藪から棒に」
「いいから答えなさい、振り落とすよ」
「わかったよ、って言われてもな、一風変わった普通の女の子じゃねえか?」
「あっそ」
やはりこの人間は馬鹿だ。
聞いた自分も同じ穴のムジナかもしれないが。
しかし、タナちゃんは何者なのだろう。これまでの奇怪な言動と行動、異様な食欲に、広大な市街からマキナを見つけ出す探知能力、そして正常ではない家庭。なによりもタナちゃんという自称。
ぼんくら人間どもは誰一人として気づいていないが、あの子はもしや……いいや、邪推はやめておこう。それこそマキナの交友関係に水を差してしまう。
確たる証拠もなく、無害ならば直ちに脅威とはならない。
なによりも、マキナの友達を疑いたくはない。
「やっぱお前、あいつが心配なんだな。大丈夫だよ、人間様が見る限りでは、思ってたよりずっと上手くやってるぜ」
「……ふん」
くく、と笑った天草は、懐に手を突っ込んだ。そしてタバコを1本取り出し、口元を覆い隠してライターで火をつけようとした。
この大雨だというのに、どこまで馬鹿なんだ。
カチカチやりながら、天草は低い声を出した。
「成長を見守るのが、大人の仕事なのかもな」
ポッとライターに火が灯り、たばこに着火――させない。
「かっこつけてもここは禁煙じゃあ!」
「おい、ばっ」
急降下、急回転、天地を逆にして、無遠慮な天草を振り回した。
必死にしがみつく天草の断末魔を聞いていると、メインプロセッサが発熱した。
ぬふ、たまらん。これはきっと、スカッとするってやつ。




