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【日間コメディー〔文芸〕連載中5位入り】シリアス軍事SFから来たメカ娘、かわいいがわからないので日常コメディを破壊する 〜死の擬人化とマブダチになる模様〜   作者:
第二章 となりのタナちゃん

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15/21

第15話 おぢさんはダメ

 夕方の喫茶わらびは10あるテーブル席の4までが埋まっていた。

 学校帰りの高校生、新聞紙を広げる年配の男性、買い物袋を空席に置く声の大きい二人組の女性。

 ほんのり漂うコーヒー豆の香りと、主張しすぎないジャズミュージック。いつもと変わらない、夜と昼の狭間のゆったりとした時間が流れていく。


「それ一口ちょうだぁい」


「いずみ先輩、お客様にお出しするカップの方向は西向きでしょうか、東向きでしょうか、オペレーションに不備があってはならないので、迅速な情報共有を求めます、です」


 美味しかったよ、と言われれば胸が弾む。また来るよ、と笑顔を向けられれば、こっちも自然と笑顔で応対する。

 仕事が人生を豊かにするものなのだとしたら、今自分は若輩ながらも意義と価値を十分に感じている。子供が汚したテーブルの後片付けも、言い掛かりにも近いクレーム対応もへっちゃらだ。

 やりがいを感じても、大変だと思ったことはない。


 新人教育という、現在進行系の特大爆弾を除けば。


「そのスパ全部ちょうだぁい」


「申し訳ありませんのですお客様。グラスに露が付着しているので、新しいものとお取り返しますのです」


「……マキナちゃんは後でいっか」


 暴れる二人を比較して、いずみはひとまずタナちゃんを何とかすることにした。

 お客さんにまとわりついて、よだれをダラダラ垂らしているのは食品衛生法上問題がある。保健所の職員に目撃されたら本当に潰れるかもしれない。


 いずみは笑顔を浮かべたまま、女性客二人のテーブルに近づき、タナちゃんの襟首を掴んだ。


「新人スタッフがご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。その、実はその子はワケアリでして……」いずみは声に詰まる感じを演出しながら、軽く目を伏せた。「よく言って聞かせますので、どうか今回は大目に見てもらえませんか」


 タナちゃんは指を咥えて「ワケアリってなぁに?」とつぶやいた。黙っててほしい。


「し、失礼します!」


 深く頭を下げる。襟を引っ張って、力付くでタナちゃんを引き剥がした。2度3度とお辞儀をして、テーブルに背を向けた。


 背後から、その女性客の会話が聞こえてきた。


「そんなに神経質にならなくったっていいのにねぇ」


「ねえ。お嬢ちゃん、遠慮せずにいつでもおいでね」


 なんとなく、タナちゃんが手を振っているのがわかった。

 ドスドス音を立てて歩いて、カウンターのすぐ近くまで下がったところで、マスターと目が合った。


「桜野さん。仕事は臨機応変、タナちゃんさんの奔放さが、お店の個性にもなるんですよ」


 あ、またそういう系ね。


 パッと手を離すと、タナちゃんはテーブルの方にかっとんでいった。


 こんな時どんな顔をすればいいんだろう。張っていた気を解放する方向と、引き締める方向でいずみが葛藤していると、ぬるっとマキナが顔を出した。


「いずみ先輩、マスターの指摘には一定の合理性があるのです。リスクを背負ってでも、店舗のユニークさを追求し差別化を図る。それは競争を勝ち抜くための生存戦略として正当化されます」


「へ? あ、へえ」


「ウェール大学経営戦略学科のとある助教授は、店舗特有のマスコットを配置することで、顧客満足度とリピーター率が上昇するとの研究結果を報告しています。査読付き論文が提出されていますが、詳細をご説明いたしましょうか?」


「……よし」


 こんなときは笑顔でいればいいんだ。気にしちゃいけない、なにも。店が潰れたって関係ないし、クレーム処理もマスターがやればいいんだもん。


「マキナちゃん」


「はい、なんでしょう?」


「私が教えることはもうなんにもない。これからは自由にやろうね、楽しいほうがいいもんね」


「それはどのような……もしやいずみ先輩は、高度な経営理論を既にマスターされているのですか?」


「うん、そうかもね。あはは」


「おぉ……なのです」とマキナは感嘆するような声を出した。


 いずみは声を出して笑った。客の視線を感じたが、やっぱり気にするのはやめにしておいた。


 あー、早く仕事終わらないかな。


 午後6時、最後のお客さんが店をあとにして、無事に閉店時間を迎えた。

 いずみはマキナとタナちゃんと一緒に店先まで出て、丁重にその帰りを見送った。


 ほっと息を吐くと、急に肌寒さを感じた。春とあってもこの時期はまだ風が冷たい。

 それに、空模様もよくない。厚い雲が広がって、空を覆い隠している。ノロノロしていたら降り出してきそうだ。


「嫌な空、朝の予報では平気だったのに。早く締め作業しちゃわないと」


 すぐ隣で、マキナが空を見上げた。


「そう焦らなくても平気なのです。降り出すまでまだ1時間23分ほどある上に、降雨も2時間弱で収まる予報です」


「そうなんだ。ていうかすっごい細かい、マキナちゃんどんなアプリ使ってるの?」


「いえ、気象衛星とのデータリンクなのです。そんなことより、お仕事を終わらせましょう。ホール内の清掃はマキナに任せてほしいのです」


「うん、あと少し頑張ってね。あ、タナちゃんは遊んでていいよ」


「はいなのです」


「お腹へったぁ」


 店内に戻って、閉店時の作業に移った。

 床掃除、ゴミ出し、厨房内の清掃、レジの金額確認と売上の集計等、必要な作業をこなした。

 マキナは常人の5倍の速度でホール内の清掃を終えていたが、今さら細かいことを気にしようとは思わなかった。


 作業も佳境を迎え、全業務が終了しようかという頃、キャッキャとはしゃぎながら、タナちゃんがこんなことを言った。


「ねぇ、マキナちゃん。これからお家に遊びにこなぃ?」


「これからですか? 夜もふけるので、また後日にするほうが賢明かと思われますが」


「うちはいつでも平気だからぁ、一緒にご飯食べよ。約束したよねぇ?」


 タナちゃんが90度も首をかしげた。

 マキナは真正面を向いたまま、1秒ほど硬直していた。


「それはショッピングモールでの『今度お家に遊びに来てよぉ、お兄ちゃんにも紹介したぁい』」という発言のことですね。承知しました、確かにマキナは前向きに検討すると返事をしたので、お邪魔させていただくのです」


 マキナのタナちゃんの声真似は、再生したようにそっくりだった。

 いずみが注目してると、歯を見せて笑うタナちゃんと視線が重なった。

 あ、八重歯尖ってる、などと思っていると、その大きな口が言葉を発した。


「いずみ姉さんも来てくれるよねぇ?」


「え、私? ええと、嬉しいんだけど、まだ初対面だしご家族にご迷惑を――」


 言いかけて、待てよ、と思う。

 この子の家、家族、めちゃくちゃ気になる。どう見ても普通じゃないし、自由すぎるし、マスターにおねだりして10人分はたいらげてた。親の顔が見てみたい。あわよくばマスターの横暴を報告して、保護者権限で仕事を諦めさせてもらいたい。

 それに、お呼ばれしてるのに断るのは非常識かも。


 タナちゃんの目元が徐々に垂れ下がっていき、口元がわなわなと震えている。

 5秒先には涙の運河が形成されてしまいそうだったので、いずみは慌てて言い直した。


「や、やっぱり私もお邪魔させてもらおうかな。仕事仲間として親交も深めたいし……いいかな?」


 タナちゃんは花咲くように笑顔になって、指で輪っかを作った。


「もちぃ! わーい、わーい、ばんじゃーぃ」


 いずみの胸が、少し暖かくなった。変な子だけど、悪い子じゃない。ただ無邪気なだけなんだな。


 はしゃぐ姿を眺めていると、レジで作業をしていたマスターが割り込んできた。


「私もご一緒していいかな?」


「正気ですか?」


 タナちゃんは笑顔のまま、マスターを見た。


「おぢさんはダメ」


「でしょうね、はは」


 がちゃんと音を鳴らしてレジを閉め、マスターはバックヤードに消えていった。笑い声を、響かせながら。


 追いかけようとか、フォローしようとか、そんな気には全くなれなかった。むしろタナちゃんナイス。


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