第14話 かわいい妹系だからオーケーです
少女改め――「マキナなのです」と自己紹介されたので、いずみは彼女をマキナちゃんと呼ぶことにした。
声はハキハキ、笑顔はハツラツ、嫉妬するくらいの美人さんでビジュアル的には申し分ない。喋り方も真面目そうなので、しっかり仕事をこなしてくれそうだ。
ただ、いずみにはひとつだけ、どうしても気になることがあった。
「ねえマキナちゃん、制服の下にもう1枚着てるの? その、首周りとか、脚とか」
有り体にいえば、皮膚が青い。全身タイツを着ているような、素肌のような。ロボットアニメのピチピチパイロットスーツのようですらある。
「これはグラフェン複合素材なのです」
「グラ……そういうのが流行ってるの?」
「はい。マキナは先端技術の結晶ですので、次世代のトレンドを先取りしているといっても差し支えありません」
マキナはカウンターの奥、慣れた手つきで食器を磨いているマスターを見た。
しばし沈黙があり、マキナは向き直っていずみを見上げた。
「先程の個撮では、制服とのミスマッチがむしろ破天荒にかわいいと評価していただいたのですが……変でしょうか?」
「個撮」
いずみが視線を向けると、マスターはスッと身体を斜めにした。
個撮っていうのは、ええと個人撮影、ああそうか、マスターのいつもの趣味だ。だから面接当日なのにもう制服を着てるんだ。変なところで準備がいい人だ。
破天荒にかわいい、よくわからない評価だけどマスターが許可したってことだよね。だったらそれ以上に言うことはないか、気にしたらいけないんだろうな、うん。
「……いずみ先輩? やはり喫茶店には不適切だったでしょうか? でしたら、対策を考えてきますです」
いずみは眉が下を向いているマキナに、笑顔を見せた。
「ううん、そんなことないよ。私もとってもかわいいと思う」
「本当ですか!? 先輩もそう思いますか、マキナはかわいいのですか!? どのあたりでしょうか、手足ですか、顔面ですか、先端素材でしょうか、後学のためにぜひご教授願いたいです」
マキナは目を輝かせて、いずみをまっすぐに見つめた。胸元に握りこぶしを作って、小刻みに頭を揺らしている。
き、期待されすぎている、でもここは先輩らしくためになることを言わないと、よし。
「えっと、ほらね、このお店って内装はモダンだけど小物とか食器とか制服とかはアンティーク調でしょ? 私はそれがとっても気に入っているの。でね、ファッションもそれと同じで、一見喧嘩しちゃうような組み合わせでも、むしろ新しく感じられたり、予期せぬかわいさが――」
「あー! やっぱりぃ!」
突然、店の扉が勢いよく開かれ、いずみの解説は反響するドアベルにかき消された。
フードを被った女の子が、扉の前で足を広げ、人差し指を突き出している。
いずみは反射的に「いらっしゃいま」と言いかけて、それもかき消された。
「絶対そうだと思ったもん! やっぱりマキナちゃんの匂いだったんだぁ!」
マスターが茶器を置いてカチャリと音がした。いずみはその大声と風貌に驚いて、挨拶を最後まで言えないでいた。
そしてマキナは、いずみを避けて顔を出した。
「タナちゃんですぅ?」
遅れて「いらっしゃいませ」というマスターの落ち着いた声が聞こえてきた。
タナちゃんなるこの一風変わった女の子が、マキナの友人であるといずみは教えられた。
ひとまず軽く自己紹介をして、それから心を鬼にして釘を刺した。ここは学校ではないということを、ちゃんと伝えなくてはならなかった。
「お客さんとして来るなら大歓迎だけど、遊びに来るのは控えてもらってもいいかな? あ、今日は知らなかったみたいだから仕方ないけど、次からはお仕事中だってことを忘れないようにしてね」
ところがマスターは言った。
「君みたいな子なら、いつでも遊びに来てオーケー」
「マスター!?」
思わず声を上げると、マスターは親指を立てた。
なんだこのおじん、やっぱり老化が激しいのだろうか。
軽い頭痛がして、一瞬くらっときた。ただ、張本人のマキナはまともだった。
「いずみ先輩の仰ることはごもっともです。タナちゃん、ここは遊び場ではないので立入禁止、私語厳禁なのです」
指をばってんにして、タナちゃんに見せつけていた。
「あ、いや、そこまで厳格じゃなくてもいいんだけど……」といずみが言うと「いいえ、駄目です。私事と仕事は区別しなければ、職場の秩序が維持できません。実戦では命取りなのです」と逆にマキナに叱られた。
タナちゃんは口を膨らませた。
「えー、つまんなぃ。遊ぼうよぉ」
「私は一向に構いませんが」
「ちょっとマスターは黙っててください」
タナちゃんは、うー、うー、と駄々っ子のような声を出した。
「うぅ……あっ、そうだぁ!」
突然タナちゃんの目がパチリと開き、顔中に笑顔が広がった。
どうしたものか本当に目が光っているような気がしたが、いずみはそれを見なかったことにした。
「だったらタナちゃんも一緒に働くぅ!」
ああ、まずい、話が変な方向に進展してる。営業時間中なのに、これ以上駄々をこねられたら大変だ。他のお客さんが来る前にこの子を納得させなきゃ。
「あのね、やりたいからってすぐに働けるわけじゃないの。まず面接から――」
マスターは言った。
「よろしい、なら採用しましょう」
「マスター!?」
いずみはカウンターに、叩き付ける勢いで手を置いた。
「どうしちゃったんですか、そんな簡単に決められませんよねぇ、ねえ」
マスターは腰の後ろで手を組んで、目を細めた。
「かわいい妹系だから、オーケーです」
いずみは背筋に薄ら寒いものを感じた。
採用基準がどうとか、人手不足がどうとか、そんな生やさしい話じゃない。このじいさん、狂ってる。
「ま、マスター、冗談ですよね? あの子何歳かもわからないし、身元だって、即決なんておかしいですよね!?」
「桜野さん。人生の先輩としてのアドバイスです。細かいことを気にしていたら、立派な大人にはなれませんよ」
「そういう話じゃないでしょう、かわいい子ならいいんですか、美少女ならいいんですか、顔採用なんですか!?」
マスターはこくりと頷いた。
「ええ。創業以来、採用基準にブレはありません。これで説明になりましたか?」
「え、へ、てことは」
いずみは恐る恐る自分を指さした。マスターはもう一度頷いた。
「徹夜で志望動機考えたのに、情熱だけは誰にも負けないって思ってたのに、私もビジュアル枠……へへ……よし……よし……」
力が抜けて、その場に座り込みたくなった。
オーダー用紙に「辞めます」と書いて突きつけてやろうかと思った。でもいいや、なーんでもいいや、現実なんだから、気にしたら負け、負け。ようし、仕事しよ。
フラフラした足取りでテーブルを拭きにいくと、背後でタナちゃんとマキナが「わーい」「なのです」と盛り上がっているのがわかった。




