第13話 私は桜野いずみ、普通の女【Side:いずみ】
新人がやってくる。
それを思うだけで、駅からバイト先に向かう桜野いずみの足取りは普段より軽快だった。
寂れて今にも落ちてきそうなアーケード、シャッターばかりの商店街、右を見ても左を見てもご老人ばかり。昼下がりの地元の景色はそれはもう酷いもので、まさにお先真っ暗な地方都市そのもの。
うちの店も抜けたバイトの穴をいつまでも補充しようとしないから、マスターはいよいよ覚悟を決めたものと思っていた。けど実際は店を畳むのではなく、人がいないだけだったのだ。
店を辞めなくて済む。ルンルン気分で結った髪を揺らして歩いていると、ふとある考えが頭に思い浮かぶ。
どうしてマスターは、これから面接なのにも関わらず、採用が決定したかのように話していたのだろう?
条件が折り合わない場合だってあるだろうし、小指のないお兄さんがやってくるかもしれない。他にも色々、絶対なんてあるはずがないのに。
「もしかして痴呆……? それとも夜逃げのカモフラ? そうだよね、面接のために店を半休にするなんておかしいし。え、いや、でも、そんな人じゃないし、お客さん少ないけど経営が苦しいなんて話は聞いたことない……けどマスターたまに変だし……ううん、そんなことない、ないないない、あるはずない、よし……よし」
ぶつぶつ呟いて、一旦止まって、頭を振って、また歩き出して。そのようなことを繰り返していると、自然と身体が動いて角を曲がっていた。
大通りから、路地へと入る。
マスターは無事だろうか、転職先は大学の近くのキラキラしたカフェにしようか、考えていると店の前までやってきていた。
「あ、普通にやってた」
ガラス張りの壁、シャンゼリゼを意識したという真紅のオーニング、整った生け垣に、灰白色の扉、そしてそこにかけられている「OPEN」の看板。
ほっと一息、いずみは胸に手を置いて軽く息を吐いた。いつもと変わらぬ佇まい。マスターも店もまだ生きていた。
いずみは肩に下げていたトートバッグを胸に抱えて、店内から見えないようにしゃがみ込んだ。
新人さんもう来てるのかな? また女の子かな、それともイケメンだったりして。どうしよう職場恋愛なんて、まだ学生なのに。
いずみはそーっと中を覗き込んだ。影になって薄暗い店内に、ちらっと女性スタッフ用の制服が見えた。
「なんだぁ、やっぱり女の子。よし、行こっか」
立ち上がろうとすると、ガラスに反射する光が目に刺さった。
「あれ?」
最初は太陽かと思って、方角的に違うとすぐにわかった。けど、これは太陽光だ、何かに反射して、それがガラスに映っているのだ。
なんだろう。結構大きい。掃除機くらいある。
振り返って、視線を上に向けた。
まずひときわ大きなビルがあった。見慣れた建物で、道路を2つ挟んだ奥に立っている。どうにも光はそこから来てるらしい。
「んー?」
目を凝らす。4階、5階、屋上と視線を上げていく。
屋上に黒のジャケットを着た男がいた。うつ伏せの体勢で、なにか筒のようなものを構えている。
長くて、黒い、穴の空いた……鉄砲? 店を狙ってる? ううん、私を殺そうと――
「桜野いずみさんですか?」
「ぎゃあ!?」
急に声をかけられて、いずみは大きくのけぞった。
「わ、わ、わ」
バランスを崩して、尻もちをつきそうになる。
しかしそうなる前に、声の主がいずみの身体を受け止めた。受け止める手は小さいのに、鉄柱のような安定感があった。
声の主――青い髪の少女が、いずみをその場で回転させた。喫茶わらびの制服を着ていた。
「え、あ、あなた、新しい子」
「はいなのです。ところで、そんなに慌ててどうかしたのですか?」
「どうかって、そ、そそ、そうだ、そう、変な人がビルの屋上に」
いずみが慌てて振り向くと、男の姿はもうなかった。
「あ、あれ? 鉄砲を持った男が私を殺そうと、してたはずなのに」
少女は一瞬屋上に顔を向けて、すぐにいずみを見た。
不思議な目の色をしていると、いずみは思った。
南の島の海のように青い。綺麗すぎて、まるで作り物のように見える。羨ましいほどに顔の形が整っていて、まつげなど装飾のために生えているよう。
とてつもない美少女だ。けれど、やっぱり完璧な造形が、人工物のように見えてしまう。
「白昼夢を見ていたのでしょう。見えるはずのものが見えないことも、見えないはずのものが見えてしまうことも、観測条件によってはよくあることなのです」
「あー……よし……うん、そうかもね」
よくわからないので、そういうことでいいやといずみは思った。




