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第6話:夏色の予感と、まだ教えてくれない連絡先

梅雨の冷たい雨が嘘のように晴れ渡り、校庭の木々は初夏の鮮やかな緑に染まり始めていた。

中間テストが無事に終わり(もちろん結衣の徹底的なスパルタ指導のおかげで、赤点は綺麗に回避できた)、学校全体はもうすぐやってくる「夏休み」の話題でどこか浮き足立っていた。

放課後の生徒会室。

西日はすっかり初夏の強い光に変わり、窓ガラスを通して白いカーテンを柔らかく揺らしている。

「……で、テストの追試にならずに済んだのは、ひとえに私の厳格な指導のおかげなんだからね」

「はいはい、本当にありがとうございました、生徒会長先生」

パイプ椅子に腰掛け、冷たい麦茶を飲みながらそう言うと、結衣はふんっと誇らしげに鼻を鳴らした。

制服の第一ボタンを少しだけ緩め、ポニーテールを揺らす彼女の姿には、いつもの「氷の女王」のような隙のなさはなく、どこか年相応の瑞々しい少女の魅力が溢れていた。

(……そういえば、テストが終わったらどこか出かけようって約束したっけ)

あの時、図書室で僕が「デートのつもりだけど」と言った途端、結衣は真っ赤になって顔をうずめてしまったのだ。あれから数日経つけれど、僕たちはまだ日常の「放課後の生徒会室」でしか接点がなく、肝休日の約束や具体的な連絡方法すら決まっていなかった。

よくよく考えれば、僕たちは毎日のように放課後を共に過ごしているのに、まだLINEの連絡先すら交換していないのだ。

気になって彼女の顔をチラリと盗み見ると、結衣もまた、何か言いたそうにもじもじとペンを回している。

「……ねえ、高橋くん」

「ん?」

「その……テストのご褒美って、まだ有効なのかしら」

結衣は目を合わせようとせず、机の端を見つめたまま小さな声で尋ねてきた。

その白い耳たぶが、すでにうっすらと赤くなっている。

「もちろん。いつでも大歓迎だよ。今度の休みにさっそくどこか行こうか。……あ、そういえば僕たち、まだLINE交換してなかったよね? スマホ出そうか?」

僕が素直にスマホを取り出そうとすると、結衣は「っ——!?」と大きく肩を揺らしてパニックを起こした。

「ら、らいん……!? 連絡先の交換なんて……そんな軽々しく教えるわけないでしょう! 生徒会長の個人情報は厳重管理なのよ!」

「えぇ……じゃあ休日の集合場所とかどう連絡するのさ?」

「い、いいのよ! 放課後にここで決めれば済む話でしょう! ……だ、だいたい、いきなり連絡先を聞くなんて破廉恥だわ!」

強がるように叫ぶ彼女だが、その顔はすでにゆでダコのように赤くなっている。

断られたというよりは、連絡先を教えること自体が恥ずかしすぎて耐えられないといった様子だ。

その時、コン、コン、と生徒会室のドアが軽くノックされた。

「失礼します。生徒会費の予算案について確認したいことがあるのですが……」

ドアを開けて入ってきたのは、見慣れた制服姿の——幼馴染の橘栞だった。

彼女は手元のバインダーを確認しながら入ってきたが、僕と結衣の妙に甘い(そして噛み合っていない)空気を一瞬で察知したのか、スッと目を細めた。

「……おや。邪魔だったかい? 別の日に出直そうか」

「ま、待ちなさいよ橘さん! 全然邪魔じゃないわよ!」

結衣は慌てて椅子から立ち上がり、いつもの「生徒会長」の仮面を全力で装着した。

その慌てぶりが逆に怪しいのだが、栞は表情一つ変えずに「そうかい?」と淡々とテーブルに書類を置いた。

栞が事務的な説明を進めている間、結衣は「むぅ……」と小さな不機嫌そうな声を漏らしながら、僕のほうをチラチラと見てくる。

そして、自分がさっき意地を張ってLINE交換を断ってしまったことを後悔し始めたのか、聞こえないと思ったのかボソッとギリシャ語で呟き始めた。

«Γιατί είμαι τόσο χαζή...; Ήθελα τόσο πολύ να ανταλλάξουμε LINE μαζί του...!»

(どうして私はこんなに馬鹿なの……? 本当は、すごく彼とLINE交換したかったのに……!)

«Τώρα πώς θα του στέλνω καληνύχτα κάθε μέρα...;»

(これじゃあ、毎日おやすみのメッセージを送れないじゃないの……)

――やっぱり、すべて丸聞こえですよ、生徒会長。

毎日おやすみのメッセージを送る気満々だったのかと思うと、愛おしさが爆発しそうになる。

数分後、用事を終えた栞はバインダーを閉じ、帰り際に僕の耳元へとほんの少しだけ顔を近づけた。

「……がんばるんだよ、野良犬くん。まだ連絡先も知らないなんて、じれったくて見ていられないよ」

「……聞こえてたのかよ」

ボソッと小声でそう返すと、栞はくすりと小さく笑って生徒会室を後にした。

残された僕と結衣。

室内に再び静けさが戻ると、結衣は気まずそうに自分の席へと座り直した。

「……とにかく! 休日の約束は、明日の放課後までに私が指定するわ! いいわね!」

「了解。じゃあ、楽しみにしてるよ」

僕が優しく微笑みかけると、結衣は照れ隠しにツンとそっぽを向いたが、その口元は嬉しそうに緩んでいた。

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