番外編_声のいる場所-リディア視点-
白い天井がある。
朝になると、白いところが明るくなる。夜には暗くなる。ときどき風の音がする。
寒い。
そう感じてから、長い時間が過ぎる。毛布を引き上げたい。手はある。動かし方が分からない。
誰かが来た。
「寒いですか。もう一枚、掛けますね」
低い声。
布が胸元まで上がる。指先の冷たさが、少しずつ消えていく。
その人は、いつも同じ場所から声をかける。
朝。昼。夜。
姿が見えないときも、声だけは分かる。
何かをしなければいけない気がする日がある。急がなければ。立たなければ。どこかへ行かなければ。
身体は動かない。
遠くに鐘の音があるような気がする。
ここには鐘がない。
それなのに、音だけが残る。
*
水がある。
透明な杯。手に触れる。持ち上げれば飲めるのだろう。分かっているようで、分からない。
指は杯をつかむ。
その先が、遠い。
また、声がする。
「少しずつでいいですよ」
手の下に温かい手が添えられ、杯が少しずつ持ち上がる。水が唇に触れた。
うまく飲めた日は、声が少し高くなる。うまく飲めなかった日は、何も言わずに布を当ててくれる。
その違いは、分かる。何が嬉しいのか、うまくつかめない。
けれど、声が少し高くなると、胸のあたりが軽くなる。
*
ある日、声が来ない時間が長かった。
廊下では別の足音がしている。いつもの声とは違う。知らない言葉がたくさん聞こえる。
胸の奥が落ち着かない。
手が動いた。
布をつかんだつもりだった。そこにあったのは、誰かの袖だった。
「大丈夫ですよ。すぐ戻ります」
やわらかい声がする。
違う。
何が違うのかは、分からない。
廊下の向こうで、足音が止まった。
聞き慣れた声がした。
「聖女様。ロランです」
いつも聞く音。
音の終わりに、何かがある。
視線が動く。遅い。動くのをやめたくなる。けれど、そちらにいる人を見たい。
顔が見えた。
声と、顔が、同じ場所にある。胸の奥が少し静かになった。
自分の手が、いつの間にか袖を離している。その人は椅子を引いて、近くに座った。
また何かを言っている。言葉はみんな同じように流れてしまう。けれど、最初に聞こえた音だけは、どこかに引っかかっている。
口を動かそうとする。
息が漏れた。
音にならない。
その人は気づかなかった。
それでよかったのかもしれない。
いなくならないでほしかっただけだから。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて『おクスリ聖女様』は完結となります。
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お付き合いいただき、ありがとうございました。




