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病弱王子は私の漏れ出る癒しの魔力から離れられない  作者: たんぽぽ


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09 クリス

 クリスを抱えながらのボロ家での生活。

 同じような毎日の中、クリスはどんどん大きくなっていく。


 床で寝ている最中、抱き込んでる腕の中の小さなクリスがゴソゴソと身じろぎした。

 窓の外は、夜の闇から薄っすらと明るくなり始めた頃だった。


 「どうしたの、クリス。眠れないの?」

 「おなか、すいた……」


 クリスがお腹に手を当てる。

 クゥ、と小さな音が鳴った。

 まだ少し固パンはあるが、今食べてしまったらその後いつ食べられるか分からない。


 「まだ朝早いけど、起きて井戸に行って水飲んで、ついでに身体でも洗おうか」



 清潔を保つ為、一日に一回は身体を拭いたり洗うようにしている。医者にも薬にも頼れなさそうな状況で、病気になったら大変だ。

 万が一、クリスの具合が悪くなった時は、癒しの魔法が効けばいいのだが。


 義父の暴力で自分の怪我が絶えないようになってから自分にも癒しを試してみたのだが、どうやら自分に魔法は効かないようだった。

 以前「転移魔法は自分自身は転移できない」とミーシャのお母さまの話を聞いたことがあったが、癒しの魔法もそんなものなのかもしれない。

 

 その分、クリスには隙を見ては癒しの魔法をかけるようにしていた。目を離せばあっという間に儚くなりそうな細くて小さい幼な子を、生かすのに必死だったからだ。

 義父の意識がクリスに向かないように注意して行動しているので、今のところクリスの身体に怪我はない。ただ、この荒んだ環境で、睡眠や栄養不足、情緒の不安定とか、とにかく何でも良いから足りない所を癒したくて、頻繁に魔法を使い続けた。

 義父に癒しの魔法を使えることは明かしていない。見つかればロクなことにはならないと、分かっているからだ。

 クリスにも、魔法ではなく「元気になるおまじない」と教えている。



 お腹が空いて目が覚めてしまったクリスを連れて、水浴びをするために庭に行く。

 暖かい今の季節、狭い庭の井戸の側でふたりポイポイと服を脱いだ。

 空腹を誤魔化すように水を飲み、クリスに少しずつ水をかけてこすって洗う。


 「ねぇね、ケガがいっぱいね」


 心配するように、クリスが背中のあざをなぞる。

 こんな治安の悪い家に生まれ育ったにも関わらず、クリスはひとに優しくすることを知っている。

 奇跡であり天使でもあるクリスの頭をひとなでして、身体を洗いながら話を続ける。


 「義父は乱暴で嫌いだけど、家の外では道に転がって動けないひとも沢山いるわ。子供だけで外に出たら、拐われて売られるか、殴られて死んじゃうかだと思うから、家があるだけマシかもね」


 それだけこの地域の治安は悪いし、そもそも国が荒んでいる。


 「クリスは義父とはお話しちゃダメよ。叩かれるからね」        

 「ねぇねも、いっぱいたたかれる」


 ちょっと下を向いて口を尖らせて、クリスはきゅっとこぶしを握る。

 安心させるように優しく彼の頭をなでて、小さな身体を抱きしめる。


 「クリスは優しい子ね。ねぇねは大丈夫よ。何てったって、クリスの2倍体が大きいからね」

 「クリスも、おおきいもん」

 「クリスは私の半分じゃない」

 「はんぶんじゃないもんっ! こんくらい、こーんくらいおおきいもん!」


 クリスが小さい両腕を精一杯広げて、大きいアピールをする。可愛い。天使。


 「はいはい、わかった。クリス、おいで。お腹が空いているのはどうにもならないけど、元気になるおまじないしてあげるから」

 「やったー! ねぇねのおまじない、あっかくてだぁいすき!」


 ぎゅむっとクリスが抱きついてきた。

 小さな身体ををそのまま抱きしめ、癒しの魔法をかける。


 「ありがと、ねぇね。ぼくも、ねぇねにげんきのおまじない。するよ!」


 彼は、小さい温かな手で「げんきになぁれ」と背中をなでてくれた。

 

 高い塀とボロ家の隙間、夜が明け始めた空が視界に入った。

 紫混じりの濃紺の空に淡いピンク色が混じりはじめ、辺りを優しく染めていく。

 荒んだ生活の、ほんの一握りの穏やかな時間だった。


***


「ねえね。おはなさん、みっつ。かわいいねぇ」


 また少しだけ大きくなったクリスが、井戸の側の雑草の中から小さな白い花を見つけて、教えてくれた。

 この荒んだ生活で、この子は小さな幸せを探すのがとても上手い。

 それにつけても……


 「今、みっつって言った……?」

 「うん、みっつ。」


 日々の生活に手一杯で忘れていたが、子供には学びも必要だ。頭の良いミーシャと同じ速度で勉強していたから、8歳までのお勉強にはちょっとだけ自信がある。


 「ねぇ、クリス。ねえねと文字と数字のお勉強しようか」




 毎日の生活に、お勉強が加わった。

 家の中には、筆記用具も紙も本もないので、晴れた日のお庭で雑草の花を数えて、地面に文字を書いた。

 クリスは遊び感覚で、様々なことを覚えていく。


「ねえね、またおはなしして?」


 可愛く小首を傾げてお願いされる。

 クリスはお話を聞くのが大好きだ。

 散々ミーシャに本を読んだので、案外沢山の本の内容を覚えている。懐かしい気持ちになりながら、本を読むように語り聞かせる。クリスが一番好きなのは、私のオリジナル願望混じりの王子様のお話。




 あるところに、身体の弱い王子様がいました。

 子供の身体には余りある大きな魔力を持って病気で苦しむ王子様は、辺境の地で療養することになりました。

 そこで同じ歳の貴族の娘と出会い、友だちとして平和な日々を過ごしました。

 何年かをともに過ごし成長とともに少しずつ王子様の身体が強くなってきたころ、王子様は彼を邪魔に思う悪者から命を狙われました。

 屋敷に火をつけられて、悪者に刃物を振りかざされて。

 王子様は大怪我をしましたが、癒しのチカラを持っていた娘の魔法で命をとりとめました。

 そして王子様は荒れた国を救うため、王と兄王子たちを倒すため、立ち上がったのです。




 「おうじさまは、おうさまをやっつけられたの?」

 「王子様は最強の英雄だからね。そして王子様は王様になり、優しい国を作りましたとさ」


 ミーシャに生きていて欲しかった、私が好き勝手に作った願望のお話。


 「おうじさまって、みーしゃ、ってひと?」

 「え……っっ!!? な、なな、なんで……っっ!!?」

 「ねえね、たまにいってる。みーしゃって」


 思ったことが口から出てたーっ!!

 このクセはいつまで経っても直らない。


 「ミーシャは私のお友だちだよ。もう会うことは出来ないけれど、私の大切なお友だち」


 ほんの3年位前のことなのに、随分と昔に感じる。

 ずっと一緒にいるとか、責任を取るとか、16歳になるまでの返事の約束とか。

 嘘つき、と思う気持ちと、ミーシャこそ生きたかったはずなのに、という気持ちが複雑に交差する。

 懐かしさとさみしさに切なくなって、膝に乗せた小さなクリスをぎゅっと抱きしめた。


 

 クリスとそんな話をしている夕暮れ時。ドアの外から大きな足音が近づいてきた。今日もこの時間がやってくる。


 バンッ、と乱暴に扉が開く。

 ボサボサ髪の義父が、大きな足音を立てて部屋に入ってきた。

 私は素早くクリスを下ろして、2、3歩離れる。

 ズンズンと大股で歩いてきた義父に、乱暴に腕を引かれた。


「今日もロクでもねェ日だったのに、ちょっくら金を取りに帰ってきたらこの態度かよ」


 逆上させないように気をつけつつ、何を言っても結果は変わらないので、目を合わせずに黙り込む。この男はただ鬱憤ばらしをしたいだけなのだ。


 「おい、こっち向けよ。お前のその薄気味わりィ人形みたいな顔がいつも気に食わねェんだよっ」


 固く大きな拳が振りかざされる。

 顔に強い衝撃が来て、その勢いのまま床に転がった。

 ジンジンとする頬の熱さに薄目を開けると、クリスが腰を浮かして動きかけたのが視界に入る。

 目だけで制してクリスを止めると、今度は肩を掴まれて、二発、三発と衝撃が来る。


  「……ね、ねえねを、たたかないで……っ」


 クリスが、叫んだ。

 

 両手をぎゅっと握って、震えながら義父を睨む。

 いけない。

 この流れは、いけない。

 義父が、気がついてしまった。認識してしまった。

 私のほかに、もうひとり拳を向けられる存在がいることを。


 「小せぇクセに、お前まで反抗すんのか。クソガキめ……」


 大きな拳が小さなクリスに振り下ろされた。

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