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病弱王子は私の漏れ出る癒しの魔力から離れられない  作者: たんぽぽ


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10/32

10 ダルド

 「ぐす、ねえねぇ……」


 夜の帳が下りた庭。

 義父が外に出て行った後、クリスと私は井戸に行く。腫れている所を冷やしたり、切れて鉄の味がする口の中や口の端を水で洗った。

 とうとうクリスにも手を上げ始めた義父。私も庇うが、身体の大きな義父を止めることはできず、クリスも無傷ではいられない。


 「だから義父と話しちゃダメって言ったのに」

 「だって、だってぇ……。ぼく、ねぇねをたたくの、とめたくて……」


 優しいクリスが、私の心配をしてくれたのは知っている。

 でも、こんな小さなクリスが怪我をする方が心配だ。


 「ほら、おいで。元気になるおまじないするから」


 腕に飛び込んできたクリスに、癒しの魔法をかける。

 手当も兼ねて服を脱がせているから、治り具合が目視できてわかりやすい。

 骨ばったクリスの身体を、前から後ろからよく確認する。

 怪我もあざも残ってない、よし!


 「……おまじない、すごい。すごい、いたくない」

 

 クリスに癒しの魔法は使っていたが、怪我を治したのは初めてだ。治っていく様を目の当たりにしたクリスは、目を丸くする。


 「ねえねのおまじないは特別なんだよ」

 「ねえねのケガは、なおせないの?」


 クリスが、私の怪我を優しくなでる。


 「自分には効かないおまじないなの。その分、クリスが冷やしたりなでたりしてくれる?」

 「ひやすし、なでるよ! ねえね、いたくないする!」


 優しくて天使なクリスは、傷の手当てを手伝ってくれた。






 「そんでェ、それは、癒しの魔法かぁ?」


 胸ぐらを掴まれて、持ち上げられる。苦しくて、床から浮いた足をバタバタさせる。

 何度か怪我をしたクリスを癒しているうちに、怪しまれてバレてしまった。

 当然と言えば当然だ。クリスだけ、怪我が翌日には治るのだ。怪しまれた義父に、魔法を使っている瞬間も見られてしまった。

 それでも、クリスを癒さないという選択肢は無かった。

 

 宙に吊り上げられてから、床に叩きつけられる。


 「よくもそんな力を何年も隠してくれたなァ、ナメくさりやがってェ。自分は治せねェのか、ウケんじゃねェか」


 義父は淀んだ目で口の端を吊り上げて、人相悪く笑う。


 「もっと早く言ってくれりゃあ、使い道もあったのになァ」


 義父は、床に転がってる私の腕を掴んで引きずるように外に出た。




 腕を掴まれたまま、異臭のする夜の路地を歩き出す。


 「道ィ、覚えろ。この通り以外は、歩くんじゃねェ」


 真っ直ぐ歩いて、2回道を曲がった所。小汚い集合住宅の隅に医者のような小さな看板。

 乱暴にドアを開けて、奥に向かって義父が叫ぶ。


 「おい! ダルド!!」

 「あぁ? 時間外だ。うるせえぞ、バスコ」


 奥からヨレヨレの白衣を着てボサボサの濃い茶色の髪をした、ダルそうな男が出てくる。


 「お前、診療所忙しいって助手探してただろォ。コイツを貸してやる。俺の娘でエリシアってェんだ」

 「あぁ? ガキに何ができんだよ。子守りでもさせる気かよ」

 「コイツ、癒しの魔力持ちだ」


 ダルド、と呼ばれた男が目を丸くする。


 「本当かよ。癒しの魔力属性は少ねえんだ、王都以外で聞いたことねえぞ」


 義父が大きなアザのできた腕を、私の前に出す。


 「やってみろ」


 こんな男、治したくないけど選べるような立場ではない。

 嫌々、義父の腕を治す。


 「ほお、こいつは本物だな。俺は明日は動けねえから、明後日の朝からいけるか?」

 「いいぜェ。また明日のこのくらいの時間に条件詰めに来ンわ」


 何がどうなったのかイマイチ分からないが、どうやら決まってしまったようだ。

 ご機嫌になった義父が、また私の腕を掴んで出て行こうとすると、ダルドと呼ばれた男が言い放った。


 「言っておくが、一応客商売だからな。顔は傷つけんな。治療する側の顔がボコボコじゃあ説得力がねえ。あと、動けねえ状態でも話になんねえから、手加減しとけ」




 診療所に行く日の朝。

 珍しく朝から家にいた義父が、私を家から追い出した。

 今日からクリスは家に一人だ。

 掃除や洗濯が滞ると義父が怒り出すので、私が家に居ない間、できる範囲でクリスが手伝ってくれることになったが、目の届かない所で義父がクリスに手を上げるかと思うと、ハラハラして心配が尽きない。

 それでも、家を出て二人で生きてくことは現実的に難しく、無力さを痛感しながら路地を歩いた。


 帰ったら、いっぱいクリスを癒して甘やかそう……!!


 そう決意しながら、診療所の扉を叩く。


 「入ってこーい」


 声の通りに鍵の空いている扉を開けて中に入ると、ヨレヨレ白衣のダルそうな男、ダルドが出てくる。


 「来たな……って、バスコの奴……。マトモな服着せてこいっつったのに、マジでガキ育てる気ねえな……」


 ダルドは頭をガシガシ掻きながら、ゴソゴソと部屋の隅の荷物を漁る。


 「クッソ、こんなこったろうと思ったから服用意しといて正解だったわ。おい、そのナリじゃ人前に出らんねえからその服に着替えろ」


 義父が服を与えてくれる訳はなく。自分の格好を見直すと、今の私の服は義母の着倒してボロボロになった部屋着、良く言えばワンピース、率直に言えばただのボロだ。確かに仕事で人前に出られる格好では無い。

 ちなみにこのボロは、この後クリスが大きくなったら着ることになると思う。


 衝立の裏を指差されゴソゴソと着替えていると、ダルドが話し始める。


 「着替えながら、そのまま聞け。お前の父親も悪党だが、俺も同じ悪党だ。この辺りには悪党しかいねえが、俺にも期待すんな」


 そのままダルドは話し続ける。


 「お前が働いた分の給料は全部バスコに行く。お前の手元にゃ一銭も残らねえし、俺は知っててこき使う。癒しの魔法は使えるが、お前が殴られてるのを知ってて癒さねえ。俺を信用すんな。覚えとけ」


 義父よりは少しだけ、マトモな大人だと思った。


 「先生のことは、先生、と呼べばいいですか?」


 ついでに、どう呼べばいいのか迷っていたので聞いてみた。

 お医者さんといえば、先生かな。

 ケイフォードの家を思い出しながら聞いてみたら「うへぇっ」と背中を虫が這ったような声がした。


 「先生なんて気色わりい……ダルドでいい」

 「ダルドさん? ……ダルドせんせい?」

 「うひぃっ……! ゾワッとする……さんもつけんな、ダルドだ」


 用意されていた服は、古びてはいるが簡素なシャツにスカート、白いエプロン。何故かサイズもピッタリだ。

 

 衝立から出て軽く仕事の説明をされてから、一日中癒しまくりのハードな仕事が開始した。




 次から次へと患者がやって来る。

 治安の悪い地域なだけに、怪我人病人が後を絶たない。

 ダルドに指示され言われるがまま、片っ端から癒しをかけた。


 お昼には休憩時間があり、なんと私の分の昼食が出た。

 粗食だが、数年ぶりのまともな食事だ。

 感動と共に、ひとりで家にいるクリスを思い出した。

 あの骨だらけの子は、生まれてから一度もちゃんとした食事をしていない。


 「おい、ガキ。食わねえのか?」

 「あの……半分持って帰って良いですか? 小さい弟が、食事……出来てなくて……」


 ダルドはガシガシ頭を掻いた。


 「あーっっもうっ!! アイツめっっ!! そいつは、全部食え。癒しの魔法は体力勝負だ。腹減ってバテられたら話になんねえ」


 慈善事業で、食事をもらえる訳ではないのだ。

 それはそうだよね、とシュンとしていると、ダルドが「その代わり」と続ける。


 「これと同じメシを帰りに持たせてやる。お前と弟の夜メシも持たせてやる。それで、いいだろ……っっ」


 パッと顔を上げる。

 え……!!? クリスの分の食事もくれるの、本当に……!!? 何て良いひと……!!?


 「俺は、お前に金もやらずに体力尽きるまでこき使う悪党だからな! メシも食わずにぶっ倒れられちゃ困るから食わせんだ! メシくらいで懐くなよっっ!!」


 感覚がマヒしているとは思うが、指を差して、唾を飛ばして叫ぶダルドは、案外悪いひとじゃないのかもしれないと思った。

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