11 診療所
診療所での途切れない患者に、体力が尽きそうになるまで癒しをかけたが「家に帰ったら弟が怪我をしていると思うので、一人分癒す体力は残させてください」とお願いしたら、頭をガシガシ掻きながら許可してくれた。
そんなに悪い人ではないのかもしれない。
体力尽きかけで家に帰ると、やはりクリスは顔を腫らして怪我をしていた。
そのまま井戸に行き、クリスを癒して身体を洗う。
「今日は大丈夫だった? 義父もいて、ひとりで怖かったね」
「ねえねも、いっぱいたたかれてもがんばってたから、ぼくもがんばる……!」
服を着せて、そんなに頑張らなくていいよとクリスをひたすら甘やかし、ダルドが持たせてくれた食事を食べた。
クリスは、初めてのまともな食事に始終目を輝かせていた。
夜は変わらず、小さなクリスをぎゅっと抱きしめて床で眠る。クリスはごそごそと胸の辺りに頬を擦り寄せてくる。
癒しの魔力が漏れてるのが、クリスも気持ちがいいのかな……?
懐かしさにくすりと笑いながら、私も温かいクリスに頬を寄せる。
部屋の窓から、満天の星空と明るい金色の三日月が見えた。
毎日診療所へ行っては、患者を癒す。
ダルドは私の怪我を魔法で癒してはくれないが、診療前に薬を塗って、ガーゼを貼り包帯を巻いてくれる。「治療する側が痛くて動けないんじゃ話にならねえだろ!?」との事だった。
「エリシア、お前。えれえ魔力強えな」
「5歳からほぼ毎日、体力ギリギリまで癒してきたんで」
体力ギリギリまで魔法を使うと、魔力が強くなる。そうすると、もっと強い魔法が使えるようになる。使ってあげたい人がいたら、遠慮せずにどんどん使え。
幼い頃の、母の教えだ。
教えに従い、遠慮せずに毎日ミーシャを癒しまくって、その後はクリスを癒しまくってきた。
「うへぇ……っ、どんな激動の人生送ってきてんだよ」
「産みの母の教えなんで」
「うへぇ……子が子なら、母親もスパルタすぎるぜ……」
魔力と体力を使って癒すだけではなく、魔法の使い方にもコツがあることを教わった。
「癒しの魔法は、ただ闇雲に使うんじゃねえ。傷の場所、深さ、今の状態。そこにピンポイントに癒しの魔力を入れるんだ。病気も同じだ。人体や病気の知識があればあるほど、効率的に、効果的に癒すことができる」
癒しながら、魔法の知識をダルドから教わった。朝から晩まで訪れる患者で、片っ端から練習した。
ダルドは癒しの魔法は使えるが、そこまで魔力が強い訳では無かった。その代わり医療や薬にも通じていて、完全に癒して治すのではなく、魔法と医療を並行して使っていた。
医療を学べば魔法の精度も上がる。医療と薬もダルドから学びながら、魔法と医療の塩梅も実践して覚えていった。
「ダルドー。何とかして欲しい訳じゃないので、愚痴だけ聞いてもらえます?」
「あぁ? 何だよ」
「義父がですねぇ。新しい玩具を手に入れたらしくて、宝物のように持ってくるんですよねぇ。鞭なんですけど」
「……だよなぁ。朝増えてたアレ、そんな傷だよなあ……」
「あれ、服着れば見えないし、一応動けるじゃないですか。でも、めっぽう痛いんですよね。弟には勘弁してもらってますが」
「クッソ、アイツ……」
ガシガシ頭を掻いたダルドは、廃棄予定の箱から傷薬とガーゼ、包帯を放り投げて渡してくれる。
どうやらダルドは、子供に弱いらしかった。
ダルドは私を利用する。私もダルドの弱い部分を突いて利用する。治安の悪いこの地域を生き抜く為の、抜け目のなさも一緒に学んだ。
「ねえね! 王子様のお話聞かせて!」
8歳になり大きくなったクリスが、私の膝の上に乗ってくる。
ダルドが毎日持たせてくれる食事のおかげで、私達の食生活は劇的に改善した。お腹いっぱいとは言わないが、安定した食事量に、細いながらも人並みに成長している。
クリスの髪色は、直系のケイフォードのような白に近いプラチナブロンド。キラキラとした青紫の瞳。私と髪色も一緒だし、赤紫の私の目の色とも近く、姉弟は疑われない。優しい天使のような性格は未だ健在で、この環境でここまで大きくなれたことに、感動もひとしおだ。
8歳と言えば、ミーシャと過ごした最後の年でもある。
暗殺者に、胸を刺されて死んでしまったミーシャ。
服には赤い血が広がり、小さく身じろぎしたミーシャの温かさは、いつまでも忘れない。
私の幸せの時間はあの時まででお終い。
ミーシャの人生と一緒にお終い。
私の幸せの全ては、みんなと一緒に燃えた屋敷に置いてきた。今の私は、ただその幸せの後。ぼんやり生きている人形だ。
ただ、そんなぬけがらのような人形でも、やらなければならない事はある。
そんな人形でも、出会えた弟を。
ミーシャの代わりに。
私の代わりに。
大人になるまで見守って、幸せにすることだ。
ちょっと、この環境では幸せまでは難しいかもしれない。
せめてひとりで生きていけるまで……16歳くらいかな……先は長いな……
悶々とし始めてきたので、クリスにいつもの王子様のお話を語り聞かせた。
「エリシア。お前の魔力量、そろそろバケモンだな」
ダルドが呆れたように言う。
診療所で働き始め、ギリギリまで体力を使い患者を癒しまくって早4年。
ケイフォードも含めると、毎日癒して計8年。
魔力量も増え癒しの魔法も上達し、大分様になってきた。
医療も薬も大分覚えた。ダルドに比べたらまだまだだが。
最近は、癒しても癒しても、中々体力が尽きなくなってきた。
「ダルドが食べさせてくれるおかげだね」
「メシだけで絆されんなよ。危ねえな」
いつもの軽口をしながら診療所を開ける準備をしていくが、不意にダルドが真面目な顔をする。
「メシ食ってデカくなるのはおめでてえが、お前、胸にサラシ巻いた方がいいぞ」
「へ……?」
「家から来んのにまだマシな道使ってるが、他の男もアイツもそろそろヤバい」
そう言えば、いつも毎日に必死すぎて自覚していなかったが、私も今は16歳。お胸が育ってきた気がする。
よくよく昔の記憶を思い出してみると、お母さまもお胸は豊かだった。
「物置の奥にサラシがあるから、持ってけ」
「はあい。明日からやってみます」
確かに、この地域で女らしいのは危険しかない。
明日からは男になるつもりで過ごした方がいいかもしれない。
髪を長くする理由もないし短く切ろうかな、と思って毛先をいじっていたら、まだ話が続いてた。
「あとな、お前。今『白銀の天使』とか『白銀の聖女』とか呼ばれてるぞ」
「へ……!?」
天使? 聖女??
天使はミーシャやクリスで十分だ。
「この荒んだ地域で若くて見目良いお前に治療された奴らが、感激して言いふらしたんだろ。この地域で目立つのは変な奴らに目えつけられるから、あんまりよくねえ。女なら尚更だ。さっきのと合わせて気いつけとけ」
よし。明日から男になろう。
そうダルドに言ったら、微妙な顔して使い古した帽子もくれた。
***
ケイフォードの襲撃前からそうだったらしいが、このクリスナリス王国はずっと荒れている。
王都の王族がまともに施政を敷かず、享楽に耽っていると言う噂だ。
現王の後ろ盾だった高位貴族、第一王妃とその腰巾着の第二王妃、その一族や同派閥が、宰相やら何やら王政の権力を握っているが、みんな同じ穴のムジナだそうだ。
王様の元兄君様は優秀だったが身体が弱く、成人する前に亡くなったと聞く。
どこかで聞いた話だ。ミーシャみたいに魔力過多症で、同じように暗殺されたのかもしれない。
クリスナリス王国の王族や王政に愛想を尽かしていた隣国リデオケレスト王国だが、クリスナリスから国交を断絶した。その後表立ってはいないものの、更にリデオケレスト王国血縁の第三王妃並びに第三王子、並びにケイフォード辺境伯を排斥したことにより、関係は更に悪化。緊張状態にある。
長年の国土の荒廃により、王都から離れるほど事態は深刻だ。国の端に行くほど生活が立ち行かず、死者も出ていると言う。
そんな状況を打開すべく、2年ほど前から反王政派、解放軍が立ち上がり、名前をちらほら聞くようになった。
出現しては行方をくらます神出鬼没な活動に、王政は手を焼いているという。
人々の期待が高まると共に、王政派も緊張を高めていった。




