12 解放軍
ダルドの忠告を受けて、治療院に行く道のりは男装することにした。
胸にはもらったサラシを巻き、ダボダボの穴の空いたズボンを履き、髪を纏めて帽子に入れる。
クリスの前でクルリと一回り。
彼は青紫の瞳をキラキラさせて「ねえね、男の子みたい!」と手を叩いて褒めてくれた。
家からの行き来は男装をし、診療所に着いたらサラシはそのまま、いつもの古いシャツにスカート、白いエプロンに着替えて仕事をする。
診療所と家を往復している私が知る由もないまま、治安の悪い最下層の診療所で、癒しの魔法で人々を癒す『白銀の天使』『白銀の聖女』の通り名は、予想以上に広がっていった。
ここ、バーンズリー男爵領にある大きな街ロルカトルでも、反王政派の解放軍をよく見るようになったそうだ。
バーンズリー男爵は王政派なので、男爵領の騎士達や衛兵達が街中をピリピリしながら巡回しているという。
診療所にも解放軍の人達が来ているのか、いつもの柄の悪い男達や貧しそうな母子に混じり、服こそは平民服だが筋肉質で正統派の戦士のような男達が時々怪我の治療に来るようになっていた。
診療所では、患者の出自や事情には踏み込まない。もともとこの小さな診療所は、闇医者に近い立ち位置なのだ。
「おい、エリシア。お前、解放軍とかに興味はねえか」
診療所を閉めて片付けをしていると、不意にダルドから声をかけられた。
「解放軍? この国の救世主みたいだとは思うけど、私達には関係無くない?」
私は、未だ義父との生活は変わっていない。
何とかクリスに食べさせて、義父の暴力をやり過ごして。
毎日必死に生活する中、クリスの成人まではあと8年もある。
「今この街に解放軍が来てやがるがな」
椅子に座ったダルドが、両手を組んで口元に置きいつにない真面目な顔でこちらを見る。
「お前の魔力は強え。『白銀の天使』やら聖女やらの名前が広がりすぎて、そろそろヤベえヤツらがお前に手を出しに来そうだぞ」
「え……?」
「美人なお前を囲いながら見せもんにするぐれえならまだマシだ。最悪、監禁されて魔法搾り取られながら好きにされんぞ。お前は女だ、何にでも使う術はある。そして俺らには、金と権力に逆らう術はねえ」
顔が強張る。
私達は今、最下層の住人だ。お金や権力どころか、義父ひとりにも逆らえないのだ。狙われたらひとたまりもない。
「答えなくていいが、お前、バスコの娘じゃなくていいとこの出だろ。仕草見りゃあすぐわかる。ここにいんのに事情があんだろうが、因縁の相手なんかに見つかったら簡単に始末されんじゃねえか」
因縁の相手は、隣国排斥派の王政そのものだ。心当たりがありすぎる。
「そうじゃなくても、バスコんとこでこれからも生きていけると思うのか? ガキじゃなくなった女のお前に、いつ何するかもわかんねえ。もしお前に何かあったら、弟のガキも死ぬんだぞ」
下を向いて、何も言えずに両手を握る。
「今のうちに、弟のガキ連れて解放軍に保護してもらえ。その治療の腕があれば重宝してもらえるだろうし、治療師は後方支援で前線には滅多に出ねえ。負けた時のリスクは高えが、解放軍のメンツ的にそん時は最悪弟のガキだけでも逃がしてくれるだろうよ」
義父から逃れて解放軍へ。
権力者に狙われて、いいようにされる前に。
「お前が決断すんなら、知ってるヤツいんから一報入れてやる。折角俺の全てをお前に叩き込んだのに、ヤベえ貴族に好きにされる。そんな末路はもったいねえ」
「私に……ダルドの全てを、教えてくれたの?」
あの悪党、悪党言ってたダルドが、手伝わせていただけではなく、私に教えてくれていたという事実にポカンする。
私の呆けた顔を見て、ダルドは私を指差し唾を飛ばしながら早口でわめく。
「そんな顔すんな! 俺は、弟子取んのが若い頃の夢だったんだよ。癒しの魔法も、薬も医術も、一通り全部教えてあっから、後は経験と実践しとけっ!」
私もクリスに勉強を教えてきたが、ダルドも同じように私に教えてくれていた。元々食事をくれたり服をくれたり、この治安の悪い最下層で悪い人ではなかった。
ムズムズしながらダルドを見ると、嫌そうな顔をしてガシガシと頭を掻く。
「俺はガキだったお前を朝から晩までこき使って、バスコに金渡してお前に給料一銭も出してねえんだぞっ! 小せえお前がボコボコに殴られてんの知ってても、癒しもしねえんだぞ! ちっとばかしメシと服やったからって、悪党に絆されてんじゃねえっ!」
そんなダルドが、子供に弱いのも知っている。
ぎゃあぎゃあ喚くダルドに笑いながら、悪党は悪党でもまだ良い方の悪党だと思った。
クリスを連れて解放軍に行く。
その決意をして、翌日ダルドの協力を仰いだ。
「解放軍には知らせといた。近いうち家に迎えが行くから、弟と荷物纏めとけ」
「荷物無いから大丈夫だよ」
「……俺がくれてやった、ボロ服くれえしかねえのかよ……バスコのクソ野郎が……」
今日はこのまま、ここで仕事をするけれど。
解放軍の迎えが来たら、そのままクリスと家を出て行く。
ダルドともサヨナラだ。
「いつ行くのか分からないけど。今までありがとう、ダルド」
「悪党に礼言ってんじゃねえよ。ま、最大限、魔力も強くしといてやったから、せいぜい死なねえように頑張んな」
照れ隠しにダルドはズンズン大股で、診療所の奥に行く。
感謝の気持ちを込めて、その後ろ姿を見送った。
久々に患者が途切れ、少し早めの帰宅となった。
オレンジ色に染まった夕暮れ時の路地。
生きているのかいないのか、いつも誰かが路地の端にうずくまり、治安は悪く異臭はするが、見上げた夕焼けはキレイだった。
強い、強いオレンジ色。
郷愁を誘うそのオレンジで周囲を一面染め上げて、黄色が混じる明るい空にじわじわと藍を混ぜていく。
少しずつ、闇で包み込むように。
長くはない距離を歩き、いつものように家の扉を開ける。
部屋に入ると、聞きたくはない声がする。
「帰ってきたなァ。今日は、早ェじゃねェか」
部屋の端には珍しくランプが置かれ、ゆらゆらと火種が揺れている。
揺れる光に影を落とした、張り詰めた雰囲気の、ニヤついている義父がいた。
義父の拳は、赤い血が滴っている。
その先を目で追うと、クリスが床に倒れていた。
全身に激しい暴行を受けたのか、血の滲むボロボロの服とアザの出来た手足。顔も腫れて頭から血を流している。
「……クリス……?」
真っ青になって、震えながら呆然とクリスを見つめていると、義父が大きく笑い出した。
「ここの領主バーンズリー男爵様がなァ、お前の噂を聞いたらしくてなァ。『白銀の天使』?」
バスコは笑い続けながら話続ける。
「ヒィーッハッハッハァ……面白れェ冗談かと思ったが、王政派の男爵様がァ、万が一、お前を解放軍に奪われンのがイヤなんだと」
解放軍に行こうとしてるのがバレた……?
でも『万が一』って?
領主の男爵?
非現実的な状況にフル回転で思考しつつも、答えは出ない。
「そンでェ、男爵様はァおめェは別に欲しくねェけど、解放軍に行かれンのはイヤだからァ、今のうちに始末してェんだと」
緊張に、バクバクと心臓が高なる。
「良い金、もらったぜェ」
クリスを置いて行けない。
今。
私には。
逃げ場は、無い。
「じゃあ、何で、クリスを?」
「オマケだよ、オマケェ。邪魔なガキはついでに、なァ」
義父のゴツい左手が、私の頭を髪ごと鷲掴む。
義父の濁った赤茶色の目が、昏くギラついた。
「本命はおメェだ」




