13 炎上
首を掴まれて、頬を強く、右に左に張られ続ける。
背中から、服やサラシも破かれて。大分あちこち殴られ続けて、痛みに力が入らない。
床に叩きつけられ、一回身体が弾んでそのまま床に転がった。
「ハァ、ハァ……もうそろそろ、動けねェだろ……」
息切れるまで殴るなよ。
痛みに焦点が合わないまま、心の中で毒づいた。
「ハァ……俺が直接殺したんじゃねェ。お前らは火の不始末で死ぬんだァ。火事で、事故だァ」
部屋の端のランプを掴み、床に叩きつけて火を放つ。
「あばよ! 姉弟仲良くあの世へ行きな」
乱暴な足音を立てて、義父は部屋を出て行った。
パチパチと火花を散らしながら、部屋に炎が燃え広がる。
痛む身体を何とか動かし、這いながらクリスの方へ向かう。
クリスの全身をざっと見てみると、殴られてはいるが刺されてはいない。身体はまだ温かく、ちゃんと息をしている。
這ったまま、クリスに覆い被さるように抱きしめて、癒しの魔法を使った。
まずは頭、そして内臓。次に骨、その後打撲……!!
癒しの魔法で、ダルドに教わったように致命的な箇所から治していく。
最後にクリスの全身を魔力で包んで癒しの魔法の仕上げをした。
クリスの怪我は治せたが、状況はほぼ八方塞がりだ。
広がる炎。
気を失っているクリス。
私がクリスを抱えて逃げなければいけないが、先ほどの暴行で身体が痛んで動かない。
ふと、この光景に。8年前と記憶が重なる。
赤い炎。
刺されたミーシャ。
腕の中、身じろぐ身体に、服にじわじわ広がる赤。
赤、赤、赤………
『エリー』
ミーシャの声を思い出す。
風に揺れる、サラサラの金の髪。
はにかみながら、見つめる笑顔。
そのキラキラの瞳は、美しい碧の色。
『ずっと一緒。約束』
「よっ……こいしょ……っっ」
身体が痛んで動けないとか、甘えたことは言ってられない。
動かなくても、動かすんだ。
初めて会ったミーシャだって。動かない身体で手を握り返してくれたし、目も開けられないし話せないのに、私を心配して「魔法はいやだ」と言ってくれた。
あんなに小さいミーシャだって、高い熱と消耗しきった身体で、頑張ってくれたんだ。
8年分の魔力過多症に比べれば。
ミーシャに、比べれば。
こんな痛みなんて。
何て、ことは、無い…………ッッ!!!
ふん……ッッと腕に力を入れて、勢いつけて身体を起こす。
ミーシャと一緒に死んだぬけがらの人形には、痛いのとか関係ないのだ……っっ!!
クリスを抱きしめて、ふんっっと何とか持ち上げる。
カクカク笑う膝に力を入れて、ヨロヨロとクリスを持って立ち上がる。
転んだら、また立ち上がるのに時間がかかる。
バランスを崩さないように、一歩一歩、出口へ足を進めた。
炎は、壁に、床に。一面に広がる。
何とか部屋の扉までたどり着く。
嫌がらせのようにしっかりと閉まった扉を、クリスを抱えながら手前に引いた。
パキ……ッ
パキパキ…………ッッ
開けた扉の、上部の柱が焼けて崩れ始める。
慌ててふらふらと扉を潜ったところで、バキバキと音を立てて、崩壊した。
思わずぎゅっと目を閉じて、クリスを抱き込み蹲っていた。
いつまで経っても、焼けた梁は押し潰して来ない。
むしろ、熱いどころか寒さまで感じてきた。おかしい。
既に天に召されてしまったのだろうか。
そしたら、ミーシャにも、お母さまにもお父さまにも。
会えるかな。嬉しいな。
「おい、大丈夫か……!?」
かけられたアルトの声に、そっと目を開ける。
目に飛び込んできたのは、辺り一面、透明度の高い氷の色。
「思わず慌てて凍らせてしまったけど、間に合って良かった」
声の方に、ゆっくりと顔を上げる。
すぐ前に、同じ歳くらいの少年がいる。
その瞳は、碧の色。
「ごめんね。説明してあげたいけど、ここにいると危ないから。まずは安全な場所に行こうか」
私とクリスは少年に抱えられ、焼けた後に氷漬けになった家を後にした。
それにしても、私とクリス、二人を抱えてひょいひょい歩く少年が力強い。
中肉中背。ムキムキでも無いのに、本当に不思議だ。
そう思っていたら「俺が力持ちなんじゃなくて、君達が細くて軽すぎるんだ」と返ってきた。
また思ったことが口に出ていたようだ。
日はとっぷりと沈み、灯りのない夜闇の中。人を抱えているとは思えない速さで少年は進み、混みあった裏路地の建物の中に素早く滑り込んだ。
入った部屋には簡素な机と椅子があり、部屋の奥には寝室があるようだ。
彼はクリスを抱えたまま、私をそっと床に下ろす。
私は身体を起こしていられず、床にペシャッと崩れた。
「あっ、ごめんね。思った以上に君の怪我もひどいね。この子の怪我はどうだかわかる?」
少年にクリスの容体を聞かれる。
私は寝転がったまま少年を見上げて答えた。
命の恩人らしい彼になら、癒しの魔法のことを話しても良いだろうか。
「私が癒しの魔法で癒したわ。意識が戻ってみないと絶対とは言えないけれど、ほぼ全快してると思う」
「そうか。それじゃ、隣の部屋に寝かせてくるね」
希少魔力の癒しの魔法に驚くこともなく、少年はクリスを奥の部屋のベッドへ連れて行った。
戻ってきた少年を床から見上げる。
中肉中背、しっかりと引き締まった身体。姿勢も所作もキレイだから、良い身分の出身で剣でも嗜んでいるのだろうか。
整った顔立ちに、とてもキレイな碧の瞳。昔のミーシャと同じ色だ。
サラサラの長めの茶髪を、一括りにして背中に流している。
ぼんやりと見上げていると、少年が私の身体を起こそうと手を伸ばしてくる。
その手のひらがさっきの炎で火傷していて、思わず手を伸ばして癒しをかけた。
彼の瞳に、虹色が混じる。
「…………ミーシャ……?」
思わず、口に出た。
診療所では、それは沢山癒してきた。
朝から、晩まで。ひっきりなしに。
治安の悪い最下層では、怪我も病気も絶えることはない。
それでも。ひとりもいなかった。
瞳の色が変わる人は。誰ひとり、いなかった。
瞳に色が混じるのは。
いままで
ミーシャ
だけだった
ふるふると首を振り、その思考を追い払う。
ミーシャは死んでしまった。8年前に。
私の目の前で、胸を刺されて。
この目で直接、見たではないか。
そもそも、彼の髪の色は茶色だ。
王族特有の金色では無い。
ニコリと笑って、少年に謝罪する。
「ごめんなさいね。もう会えない昔の友だちに、癒しの魔法で瞳の色が変わるひとがいて。つい思い出しちゃった」
少年を見ると、手を伸ばしたまま呆然と固まっていた。
キレイな碧色に戻った瞳が、思考と動揺に揺れている。
「…………エリー……」
ポツリと懐かしい言葉がこぼれる。
高熱で、苦しそうな呼吸の中。動くことも話すことも、目を開けることもずっと難しかったミーシャ。
朝も晩も、漏れ出る癒しの魔力に同じベッドでくっついて。高熱ながらもポツリポツリと話してくれたミーシャ。
怠そうに腕を持ち上げて私の腰に縋りつき、お腹に顔を擦り付けてきたミーシャ。
熱が少し下がって、ベッドで身体を起こしながらお話したミーシャ。
車椅子で一緒に庭園をお散歩したミーシャ。
手を繋いで歩いたミーシャ。
一緒に勉強したミーシャ。
『ずっと一緒。約束』
約束、した。
ミーシャ。
「……ミーシャ…………?」
「……エリー…………?」
部屋の小さな窓の外には、一面に広がる星空に三日月が輝いていた。




