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病弱王子は私の漏れ出る癒しの魔力から離れられない  作者: たんぽぽ


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13/32

13 炎上

 首を掴まれて、頬を強く、右に左に張られ続ける。

 背中から、服やサラシも破かれて。大分あちこち殴られ続けて、痛みに力が入らない。

 床に叩きつけられ、一回身体が弾んでそのまま床に転がった。


 「ハァ、ハァ……もうそろそろ、動けねェだろ……」


 息切れるまで殴るなよ。

 痛みに焦点が合わないまま、心の中で毒づいた。


 「ハァ……俺が直接殺したんじゃねェ。お前らは火の不始末で死ぬんだァ。火事で、事故だァ」


 部屋の端のランプを掴み、床に叩きつけて火を放つ。


 「あばよ! 姉弟仲良くあの世へ行きな」


 乱暴な足音を立てて、義父は部屋を出て行った。




 パチパチと火花を散らしながら、部屋に炎が燃え広がる。


 痛む身体を何とか動かし、這いながらクリスの方へ向かう。

 クリスの全身をざっと見てみると、殴られてはいるが刺されてはいない。身体はまだ温かく、ちゃんと息をしている。

 這ったまま、クリスに覆い被さるように抱きしめて、癒しの魔法を使った。


 まずは頭、そして内臓。次に骨、その後打撲……!!


 癒しの魔法で、ダルドに教わったように致命的な箇所から治していく。

 最後にクリスの全身を魔力で包んで癒しの魔法の仕上げをした。


 クリスの怪我は治せたが、状況はほぼ八方塞がりだ。

 広がる炎。

 気を失っているクリス。


 私がクリスを抱えて逃げなければいけないが、先ほどの暴行で身体が痛んで動かない。


 ふと、この光景に。8年前と記憶が重なる。


 赤い炎。

 刺されたミーシャ。

 腕の中、身じろぐ身体に、服にじわじわ広がる赤。


 赤、赤、赤………




 『エリー』


 ミーシャの声を思い出す。

 風に揺れる、サラサラの金の髪。

 はにかみながら、見つめる笑顔。

 そのキラキラの瞳は、美しい碧の色。


 『ずっと一緒。約束』




 「よっ……こいしょ……っっ」


 身体が痛んで動けないとか、甘えたことは言ってられない。

 動かなくても、動かすんだ。

 初めて会ったミーシャだって。動かない身体で手を握り返してくれたし、目も開けられないし話せないのに、私を心配して「魔法はいやだ」と言ってくれた。

 

 あんなに小さいミーシャだって、高い熱と消耗しきった身体で、頑張ってくれたんだ。

 

 8年分の魔力過多症に比べれば。

 ミーシャに、比べれば。

 こんな痛みなんて。

 何て、ことは、無い…………ッッ!!!


 ふん……ッッと腕に力を入れて、勢いつけて身体を起こす。

 ミーシャと一緒に死んだぬけがらの人形には、痛いのとか関係ないのだ……っっ!!


 クリスを抱きしめて、ふんっっと何とか持ち上げる。

 カクカク笑う膝に力を入れて、ヨロヨロとクリスを持って立ち上がる。

 転んだら、また立ち上がるのに時間がかかる。

 バランスを崩さないように、一歩一歩、出口へ足を進めた。


 炎は、壁に、床に。一面に広がる。

 何とか部屋の扉までたどり着く。

 嫌がらせのようにしっかりと閉まった扉を、クリスを抱えながら手前に引いた。


 パキ……ッ

 パキパキ…………ッッ


 開けた扉の、上部の柱が焼けて崩れ始める。


 慌ててふらふらと扉を潜ったところで、バキバキと音を立てて、崩壊した。









 思わずぎゅっと目を閉じて、クリスを抱き込み蹲っていた。

 いつまで経っても、焼けた梁は押し潰して来ない。

 むしろ、熱いどころか寒さまで感じてきた。おかしい。


 既に天に召されてしまったのだろうか。

 そしたら、ミーシャにも、お母さまにもお父さまにも。

 会えるかな。嬉しいな。


 「おい、大丈夫か……!?」


 かけられたアルトの声に、そっと目を開ける。

 目に飛び込んできたのは、辺り一面、透明度の高い氷の色。


 「思わず慌てて凍らせてしまったけど、間に合って良かった」


 声の方に、ゆっくりと顔を上げる。

 すぐ前に、同じ歳くらいの少年がいる。

 その瞳は、碧の色。


 「ごめんね。説明してあげたいけど、ここにいると危ないから。まずは安全な場所に行こうか」






 私とクリスは少年に抱えられ、焼けた後に氷漬けになった家を後にした。

 それにしても、私とクリス、二人を抱えてひょいひょい歩く少年が力強い。

 中肉中背。ムキムキでも無いのに、本当に不思議だ。

 そう思っていたら「俺が力持ちなんじゃなくて、君達が細くて軽すぎるんだ」と返ってきた。

 また思ったことが口に出ていたようだ。


 日はとっぷりと沈み、灯りのない夜闇の中。人を抱えているとは思えない速さで少年は進み、混みあった裏路地の建物の中に素早く滑り込んだ。




 入った部屋には簡素な机と椅子があり、部屋の奥には寝室があるようだ。

 彼はクリスを抱えたまま、私をそっと床に下ろす。

 私は身体を起こしていられず、床にペシャッと崩れた。


 「あっ、ごめんね。思った以上に君の怪我もひどいね。この子の怪我はどうだかわかる?」


 少年にクリスの容体を聞かれる。

 私は寝転がったまま少年を見上げて答えた。

 命の恩人らしい彼になら、癒しの魔法のことを話しても良いだろうか。


 「私が癒しの魔法で癒したわ。意識が戻ってみないと絶対とは言えないけれど、ほぼ全快してると思う」

 「そうか。それじゃ、隣の部屋に寝かせてくるね」


 希少魔力の癒しの魔法に驚くこともなく、少年はクリスを奥の部屋のベッドへ連れて行った。


 戻ってきた少年を床から見上げる。

 中肉中背、しっかりと引き締まった身体。姿勢も所作もキレイだから、良い身分の出身で剣でも嗜んでいるのだろうか。

 整った顔立ちに、とてもキレイな碧の瞳。昔のミーシャと同じ色だ。

 サラサラの長めの茶髪を、一括りにして背中に流している。

 

 ぼんやりと見上げていると、少年が私の身体を起こそうと手を伸ばしてくる。

 その手のひらがさっきの炎で火傷していて、思わず手を伸ばして癒しをかけた。


 彼の瞳に、虹色が混じる。


「…………ミーシャ……?」


 思わず、口に出た。

 





 診療所では、それは沢山癒してきた。

 朝から、晩まで。ひっきりなしに。

 治安の悪い最下層では、怪我も病気も絶えることはない。


 それでも。ひとりもいなかった。

 瞳の色が変わる人は。誰ひとり、いなかった。

 瞳に色が混じるのは。

 いままで

 ミーシャ

 だけだった


 ふるふると首を振り、その思考を追い払う。

 ミーシャは死んでしまった。8年前に。

 私の目の前で、胸を刺されて。

 この目で直接、見たではないか。

 そもそも、彼の髪の色は茶色だ。

 王族特有の金色では無い。


 ニコリと笑って、少年に謝罪する。


 「ごめんなさいね。もう会えない昔の友だちに、癒しの魔法で瞳の色が変わるひとがいて。つい思い出しちゃった」


 少年を見ると、手を伸ばしたまま呆然と固まっていた。

 キレイな碧色に戻った瞳が、思考と動揺に揺れている。






 「…………エリー……」






 ポツリと懐かしい言葉がこぼれる。


 高熱で、苦しそうな呼吸の中。動くことも話すことも、目を開けることもずっと難しかったミーシャ。

 朝も晩も、漏れ出る癒しの魔力に同じベッドでくっついて。高熱ながらもポツリポツリと話してくれたミーシャ。

 怠そうに腕を持ち上げて私の腰に縋りつき、お腹に顔を擦り付けてきたミーシャ。

 熱が少し下がって、ベッドで身体を起こしながらお話したミーシャ。

 車椅子で一緒に庭園をお散歩したミーシャ。

 手を繋いで歩いたミーシャ。

 一緒に勉強したミーシャ。


 『ずっと一緒。約束』


 約束、した。

 ミーシャ。

 

「……ミーシャ…………?」

「……エリー…………?」


 部屋の小さな窓の外には、一面に広がる星空に三日月が輝いていた。

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