14 ミーシャ
起き上がらせようと伸ばされた手は、一瞬触れてビクリと止まり、またそっと伸ばされた。
ゆっくりと私を起き上がらせて、彼も床に座り込みながらそっと抱きしめられる。
私も重い腕を上げて彼の背中を抱き返した。
「ああ……本当にエリーの魔力だ…………本当に…………」
彼が私に縋り付いて、胸元に顔をすり寄せ……ようとして、バッと顔を上げた。
「ごめん……っっ!! つい昔のクセで……っっ今は、ダメ、今はダメだ……っっ」
そうブツブツ言いながら、今度は私の肩口に顔を埋める。
「えぇ……?別にいいんじゃ……あ、サラシ破けてるんだった」
そういえば、義父に服の背中、サラシごと破かれたんだった。潰してた胸が復活してる。あの男、やっぱりロクなヤツじゃなかった。
「破け……? あっ!? まず、手当しなきゃ……!!?」
彼が動揺して、あちこち手や足をぶつけながら薬箱を持ってきた。
「ねえ、ひとつだけ。本当に、ミーシャなの?」
「うん、俺を覚えてくれていて良かった」
「あの、襲撃の日。胸を刺されていたわ。致命傷だし、子供の頃の弱い癒しじゃ、あの深い傷は治らないわ」
「あれね。胸じゃなくて、胸に近い肩口だったんだ。エリーの癒しの魔法おかげで、一命を取り留めたんだよ」
「ミーシャは生死不明って。あれから名前も一度も聞かなくて」
「始終、命を狙われていたからね。ずっとケビンと潜んでいたんだ」
「ねぇ、ミーシャ……」
「エリー。身体に障るから、そろそろ手当をさせて。後で話す時間は沢山あるから」
ひとつだけに留まらず、ずっと質問し続ける私をミーシャが制した。
ミーシャはランプを持ってきて床に座り、私の状態を確認し始める。
「家は何で燃えていたの?」
「ミーシャが来る前に、義父が火を放ったの」
「この怪我は、誰に?」
「それも義父よ。弟も」
「義父はどうしてエリーたちを?」
「バーンズリー男爵様に。癒しの魔力を持つ私を、解放軍に行く前に始末しろって言われたらしいわ。お金をもらって喜んでた」
ピタッと、ミーシャの動きが止まった気がした。
「怪我の状態を確認したいから、破けた服、めくって良いかい?」
申し訳無さそうにミーシャが言うが、私も治療するために散々脱がせてきた身だ。
治療をするのに、傷の確認は基本だ。
「全然脱いで大丈夫よ。ちょっと腕が動かないから、手伝ってくれる?」
「全然……エリーの危機管理能力は、前のままなのか……?」
ボソリとミーシャが何か言ったが、聞かなかったことにする。
破けて血が滲むシャツと半端に残ったサラシを取って、前を隠して背中の傷を診てもらう。
後ろから、息を飲む音がした。
「…………エリー、これ…………」
さっき義父につけられた傷のほか、今までの傷跡も見てしまったようだ。
多分、アザや鞭跡はハッキリ残っているだろう。
隠していた恥ずかしいものを見られてしまった、罰の悪い気持ちになる。
「えーとですね、義父の、趣味で……」
宝物の玩具のように嬉しそうに鞭を持ってきたから、間違いでは無いと思う。
背中から、ヒヤリとした空気を感じる。
多分、物理的にも温度が下がっている。
漏れ出る氷の魔力、冷気バージョン…………
「多分、ソイツ。もうバーンズリー男爵に始末されてると思うから。でも……」
俺が、じっくりと、始末したかった……
再びボソリと何かのたまう。
ちょっと、丸出しの背中に冷気は寒いので、本当にしまってほしい。
黙々と怪我の確認をし始めたミーシャから、今度はぐすっ、と鼻を啜る音がする。
「俺から、離れたら。エリーは、幸せになれる、と、思ってたのに……」
「……どうして?」
「俺、命狙われっぱなしで……ケイフォードも結局巻き込んで……俺から離れたら、もうエリーは、危険な目に合わなくて、いいって、思ったのに……」
振り向くと、ミーシャが大粒の涙をボロボロと溢している。
「いつも、守れなくて、ごめん。エリー……」
手で拭っても拭っても溢れる涙に、顔をくしゃくしゃにして泣き始める。
まるで、子供のような泣き方だ。
重い腕を動かして、前を隠している服を首に結んで落ちないように固定する。
ミーシャの方に向き直り、彼の頭をぎゅっと抱きしめる。
縋りつき、肩を震わせながら嗚咽を漏らして泣く彼に。私もポロポロともらい泣きをしながら、彼が落ち着くまで抱きしめ続けた。
ひっく、ひっくと泣き方が落ち着いてきた彼に、少しだけ癒しの魔法をかける。男の子だし、泣き腫らした目とかはあまり見せたくないだろう。
私もぐすりと鼻を啜ると、ガバッとミーシャが顔を上げる。
「ごめん……っっ!! さっきから怪我させたまま、癒しの魔法使わせて……!!とにかく、傷の手当を先にしなきゃ……っ!!」
涙で潤む瞳がキレイだ。
また、ミーシャに背中を向けて傷の確認を再開した。
「うん、大体わかった。エリー、癒しの魔法かけていい?」
「ミーシャ、癒しの魔法使えるの?」
「うん。あの後沢山の魔力属性がわかってね、癒しの魔法も使えるんだ。ただ……」
他の魔法よりすごく下手で、と申し訳無さそうにミーシャが言う。
「ううん、大丈夫だよ。取りあえず動けるようになればいいから」
ミーシャの手のひらが、何も纏っていない背中にそっと触れる。
指先から、温かいものが身体に流れてくる。
弱った身体に、傷口に。優しい温度がゆっくり染み込んできて、気持ちがいい。
「うわぁ! 癒しの魔法使ってもらったの初めてだけど、すごく気持ちがいいね……! ミーシャだからかな!?」
興奮してキャッキャしていると、一旦魔法が中断される。再びぐすりと鼻を啜ったミーシャが、背中に額をあててくる。
「俺、うんと癒しの魔法上手になって。エリーの傷跡、全部治すから」
あと、今日のも含めて。絶対、絶対責任取るから。
治療中に肌に触れるなんて、基本中の基本だ。
やっぱり訳のわからない責任の取り方に、聞こえなかったフリをした。
魔力過多症を完全に克服したミーシャは、膨大な魔力の持ち主だった。どれだけ魔法を使っても、全然体力に響かない。
魔法の上手い下手に関わらず、その大きな魔力で私の怪我を治し、やっと今一息ついた。
クリスはずっと、奥で眠っている。
酷い怪我をしていたから、消耗しているのだろう。
この部屋にある服を借りた私は、机の側の椅子に座る。
ミーシャがお茶を入れて持ってきてくれた。
「あの……エリー。責任、取るから。エリーを抱きしめて話をしていい? 漏れ出る癒し、感じたくて……」
言いづらそうに、もじもじしながらミーシャが言う。
責任とかはいいんだけれども。もちろん、と返事をすると、椅子に座ったミーシャが両手を広げた。
ミーシャのお膝に横座りしながら、その腕の中にそっと収まると、ぎゅうっと力強く抱きしめられる。
長い腕、広い胸板。しっかりとした身体。
強く、大きくなった、ミーシャ。
ミーシャは温かくて、お日様の匂いがして、ほっとした。
ミーシャは私の肩口に顔を擦り付けて、深く深呼吸する。
「……8歳まで、毎日毎日エリーの魔力を感じていたのに、突然あんな事になってしまって。8年間もエリーを感じられなくて、エリー不足が深刻だよ……」
気持ちいい、と溢しながら大きなミーシャが抱きしめてくる。
私もぎゅーは大好きだが、聞きたいこともいっぱいある。その体勢のまま、話始めた。
「あの時、ミーシャが刺されて私が気を失ってから、どうやって助かったの?」
「エリーが倒れた直後、ケビンが来てくれたらしいんだ。暗殺者を倒して、俺とエリーを助けてくれたんだ」
「その後ケビンさんは、私を衛兵に預けたの?」
「俺らと一緒にいると、これからエリーも襲われ続ける。それよりは、俺と離れて生きた方が絶対に安全だと。俺もケビンも思ったんだけど……」
本当にごめん。
私の背中を撫でながら、泣きそうな声でぽつりと溢す。
ミーシャのせいじゃないよ。一生懸命私のことを考えてくれて、嬉しいよ。
ミーシャの頭を優しくなでる。
「あの時はまだ発熱もしてたはずだけど。ケビンさんと隠れながら生きてきたの?」
「そう、時々寝込みながら。何度か来た暗殺者もケビンが返り討ちにして。魔法が使えるようになったら、俺も、奴らを返り討ちにして」
「その茶色の髪色は? ミーシャ、大きくてカッコ良くなったから、虹色の目を見るまでわからなかったわ」
「そのままの金色だとすぐバレるだろ? 普段は髪色を変えて過ごしてるんだ」
次々と聞きたいことを答えてくれる。
そして、もうひとつ。確認したい、今のミーシャ。
「ミーシャはどうして、義父が火をつけた時、家にいたの?」
「俺はね、癒しの魔法が凄いと噂の『白銀の天使』に会いに来たんだ」
ミーシャが答える。
彼と出会えて、嬉しくて。そのまま再会を喜んでいたけれど。
薄々は感じていた、お互いの今の立ち位置がハッキリする。
「ミーシャは、今、解放軍なの……?」
「うん、そうだよ。『白銀の天使』に協力して欲しくて、今日、君の家に行ったんだ」
燃えていて驚いたけど。と、彼が苦笑する。
「エリーが今どこにいるのか、本当に知らなかったんだ。どこか安全なところで、生きていてくれると思っていたから。関わっちゃいけない、巻き込んじゃいけない。二の轍は踏まないと思っていたから」
彼の瞳に、悲しみと悔しさと。少しの怒りが混じる。
「ケイフォードの白銀の髪、赤紫の眼。名前はエリシア。癒しの魔法が使える16歳。エリーじゃないかと、思った。でも……」
背に回された、彼の腕に力が籠る。
「治安の悪い最下層に住んでいて。特にガラの悪い男の、傷だらけの娘。エリーの事だと、信じたくなかった……ッ」
俯いて、ギュッと瞼を閉じて泣きそうな顔をする。背中をなでて、よしよしした。
「ぐすっ……さっきから頭をなでたり背中をなでたり、まだ子供だと思ってる……? もう、エリーより背高いのに……」
気持ちよくて嬉しいけど。ボソリと溢すミーシャに手を止める。
「えーっと、ミーシャの後に側にいたのが、赤ちゃんのクリスでね。小さなミーシャをなでてたように、そのままクリスもなでてきたから。ついそのままの勢いで……」
ミーシャは16歳の男の子よね。
視線を斜め上にしつつ、しどろもどろしていると、くすっとミーシャに笑われる。
「うそ。エリーになでてもらうの、好き」
ミーシャが再び、顔を肩口に擦り付ける。
「それでね、話の続きだけれど。『白銀の天使』、聖女に解放軍に来て欲しかった。俺達は前線に出て怪我人も多いから、手伝って欲しかったんだ。その話をしに来たんだけれど……」
ミーシャが、少し身体を離して、私を見つめる。
「『白銀の天使』じゃなくて、俺の大事なエリー」
月明かりをキラキラ反射した、ミーシャの瞳がとてもキレイだ。
「エリーのことは、俺が絶対守るから。俺と、一緒に来てくれる……?」
窓の外、三日月の光が優しく室内を照らしている。
私はミーシャをしっかり見つめた。
思った通りカッコよくなった。
身体も、強く、大きくなった。
魔力も属性も、沢山になった。
大人になれた、ミーシャ。
「これからずっと、私と一緒にいてくれる?」
両親とミーシャと一緒に死んでしまった、空っぽの人形だった私は。
ミーシャに会って、今。息を吹き返した。




