15 番外編 ※バスコ視点
はあ、はあ、はあ、はあ……っ
混み入った臭い裏路地の、更に細い道を走る。
『お前がバスコか。白銀の天使、エリシアの父親か? バーンズリー男爵からの依頼だ。最近ここらにうろつく解放軍に娘がスカウトされたら面倒なので、始末を依頼する』
高そうな仕立ての良い服を着た男が「報酬はこのくらいだ」とジャラリと金貨の入った大袋を目の前で揺らして見せる。
大物に目を付けられて、アイツは運が無かったな。と思いながらも即断で契約を交わした。
ここは、ロルカトルの最下層。自分の生まれ育った場所だ。
産んだだけのクソ親。常にさらされる暴力。
親に。大人に。年上に。
死なないように片っ端からやり返し、無理ならば逃げ、時にはボコボコにされて道に捨てられながらも、何とか生き残り大人になった。
クソ親が殴りながら口癖のように「俺達には、ケイフォード辺境伯の血が混じっている。ケイフォードの白混じりの髪色がその証拠だ」と言っていたのを半信半疑で聞いていたが、衛兵からケイフォードの血を引いたエリシアを引き取って欲しいと言われた時には、本当だったのかと驚いたものだ。
貴族の血を引くガキなんて、いつか良い使い道がある。
一発殴ってここでの流儀を身体に教え込んでから、面倒な家事やらガキの世話やら押し付けた。
エリシアは、本当に可愛気の無いガキだった。
ボンボン育ちのエリシアも、チビのクリスも、外に出したら立ち所にボコられて死ぬだろう。
家の中に囲っておけば、少なくとも外の奴らに手を出される心配は無い。
安全な所に囲われてタダメシ食ってやがるのに、懐きもせずに睨んでやがる。
ここではガキは殴られて育つもんだ。目につくたびに動ける程度に躾けてやった。
癒しの魔力を隠してやがったのには本気で腹が立ったが、収入源が増えたのはラッキーだった。
ダルドにエリシアを投げつけ、一日いっぱい働かせる。
ダルドの診療所も、最下層の闇医者だからそんなに儲けは期待できないが、ちょっと遊んで飲むくらいの定期収入にはなった。
バーンズリー男爵の遣いの奴と契約を交わしてから、すぐに依頼を実行に移した。
帰ってきた可愛げのないエリシアも、面倒なだけのクリスも、動けないほど殴って家に火を付けてきた。
これで大金が手に入り、豪遊できる筈だったのに。
「クッソ、騙しやがったなァ」
蓋を開けてみれば、金どころか待ち構えていた腕っぷしの強い男共にボコられる始末だ。
元から始末するつもりだったのだろう。
ここは自分の縄張りで、地の利はこちらにある。命からがら逃げ出して今に至る。
「しばらく潜伏するしかねェかァ」
潜伏先の心当たりをいくつか考えながら走り続けると、道の向こうに人影が見えた。
一瞬警戒し身構えたが、相手は馴染みのダルドだった。
ダルドは、ここロルカトルの最下層で生まれ育った自分と違って、流れてきた余所者だった。
ここに流れ着いてきた奴は、全てを失って何も持たない絶望した奴か、逃亡してきた犯罪者か。マトモな奴はここには足を踏み入れない。
ふらふらしていた身なりの良さそうなダルドを、利用価値が高そうだと最下層の流儀を教えたのは自分だ。
それ以来、それなりに利益のある関係を、続けてきたはずだった。
「いいところに、ダルドォ。ちっと匿ってくれよォ。ヘマしちまって……」
そこで顔を上げると、初めてダルドの表情が目に入る。
底光する。昏い光を宿した目。
いつもヘラヘラしてるダルドだが、ストンと表情が抜け落ちていた。
「な……何なんだよォ、ダルドォ」
「お前。エリシア、殺ってきたな」
低く、冷たい声でダルドが溢す。
「あァ? デケェ依頼が入ってなァ。ガキひとりであの金額は中々ねェ……」
ダルドの出すピリついた空気に理解が出来ない。
ここは最下層で治安が悪く、紙クズように誰もが死ぬ場所だ。ガキなら生き残るのも難しい。
くたばってるガキなら散々見てきただろうに、何をピリついてやがんだ、コイツは。
「知らねえガキなら仕様がないが。俺はなあ、身内に手え出したヤツには容赦しねえ主義なんだ。ガキ殺されねえように家に囲って、マシな通り道教えて。今までお前なりにガキ世話してんのかと、躾に殴んのは目え瞑ってきたがなあ。殺しはダメだ」
殴るなんて日常だ。この地域のガキで殴られてねえヤツはいない。
自分も含めて、ガキはボコボコになりながら、運が良ければ生き延びるのだ。
「へへっ……あのガキは、お前ェの身内かよ。ヒョロいヤブ医者のお前ェに、何が出来んだよ」
ヒョロヒョロで、ずっと部屋でヤブ医者をしてるダルドよりは、一日中外で殴ってる自分の方が、明らかに腕っぷしは強い。
今、怪我をしているとはいえ、負けることは無いはずだ。
暗い路地、ダルドの右手に火が宿る。
暗闇の中、ゆらゆらと見せつけるように、炎が揺れた。
「俺の魔力属性、癒しだけじゃねえんだよ。2属性。ひとつはコレだ」
ヒッと喉の奥から声が出る。
ダルドはゆっくりと、炎を揺らす右手を向けた。
「ゆっくりと弱火で燃やしてやる。エリシアに手え出したことを、炎の中でじっくり後悔するんだな」
体が炎に嬲られていく。喉から出る自分の切れ切れの悲鳴の間、ダルドの独り言が聞こえた気がした。
「解放軍のヤツらにチクっといたが、間に合ってんのか? 家燃えた後に凍ってたよなあ」
毎日更新は、ひとまずこのお話しまでで一旦お休みとなります。続きは今書いておりますので、出来上がったらまた更新していきます。
後半は、解放軍でのお話や、エリーが人としての色々や、ミーシャとの時間を取り戻していくお話となります。
お話は今、後半の半分くらい出来ていて、そんなに長くかからず完結できると思いますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです!




