16 道のり
お話後半の連載を再開します。完結まで毎日更新いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ミーシャとエリー。ふたりの行く先を見守っていただけますと幸いです……!
「エリーと一緒に寝る……!!」
ミーシャとの話がひと段落し、夜も更けた頃。
今この場所にはクリスが眠っているベッドがひとつ。どこで寝ようという話しになって、間髪入れずに返事が返る。
「も、もちろん何もしないし! エリーの漏れ出る癒しの魔力を、ただ感じたいだけだから」
衝動的に言った言葉に、ミーシャはあたふたと言い訳をする。ミーシャが私に何かするとは微塵も思ってはいない。だけど……
「クリスは抱っこしておきたいわ。今日は義父に大怪我を負わされて、怖かっただろうから。でも、ベッドはひとつよね……」
うーんと片手を顎に当てて考えてみたが、やっぱりこれが一番良い。
「ベッドはミーシャが使えばいいわ。私とクリスはいつも床で寝ていたし、今夜も床で、だいじょう……ぶ…………」
怒っているような、悔しがっているような。半泣きのような半眼が、じとりと睨みつけてくる。
「床で! 良いわけ! ないでしょ!! エリー……!!」
バッとミーシャに抱き上げられ、ベッドにコロンと転がされる。
「エリーが真ん中! 隣には弟と俺! これで問題ないでしょ!」
問題ないのか? 狭くないか?? いくらクリスが小さいとはいえ、ひとつのベッドに並んで3人。
ミーシャは気にせずベッドに入り、ぎゅむっと私を抱きしめ眠り始めた。
隣のクリスもくっついてくる。
今日は怒涛の一日だったな。
小さな温もりと大きな温もりに挟まれて、あっという間に眠りに落ちた。
翌朝。
「ねえねにくっつく、この人、誰っ!?」
目を覚ましたクリスがミーシャを指差し、私を守るように前に出る。
「クリス、ねえねの古いお友だちでね……」
「ミーシャ!! ミーシャだ……っっ」
「そうなんだけど……」
王子様を、頼むから略称で呼び捨てないで欲しい。
「クリス、『殿下』。王子様だから、殿下って呼ぶの」
「ミーシャと呼んで構わない。エリーの家族は、俺の家族だ」
ミーシャは屈んで、クリスと目線を合わせる。
「元第三王子、ミハイル•クリスナリス。エリーの友だちだ。よろしく、クリス」
クリスもペコリと頭を下げて、ミーシャに自己紹介する。
「エリシアの弟、クリスと申します。よろしくお願いいたします。それから、ミーシャ……様は、男、なので、姉に触れてはいけません!」
クリスは私と義父の他、人に出会うことはほとんど無かったので、人馴れしていない。それにも関わらず、貴族令息のようなきちんとした自己紹介が出来て偉い! 教えて来た甲斐があった……!!
子の成長を見たような、誇らしい気持ちになる。
「エリーとは、昔から毎日、昼も夜も一緒だったんだ。家族のようなものだから、俺だけは良いんだ」
「家族のようなものでも、友だちは家族じゃありません。男はねえねに触っちゃいけないです。僕は弟だから良いんです」
クリスが丁寧な話し方から元の口調に戻った上に、二人の間に何だか無益な争いが生じている。
子供に正論を言われわずかに動揺しながらも、頑張って笑顔で反論しているミーシャがちょっと可哀想になって来た。
「クリス。ミーシャはいいのよ。おいで」
両手を広げて、二人をぎゅっと抱きしめる。
「ねえね。ミーシャ様でも、簡単に言いくるめられちゃダメだよ」
「俺が言うのも何だけど、エリー、そう言うとこだぞ」
同じ表情をした二人が、ボソリと言った。
翌朝、私達は解放軍の本拠地へ向かうため、バーンズリー男爵領の街ロルカトルを出発した。
途中でミーシャの護衛騎士ケビンが合流する。8年ぶりの再会に驚きと共に喜ばれ、それまでの私の生活をミーシャから聞くと、痛ましそうな、後悔の混じるような顔をしながらも「頑張りましたね」と頭をなでてくれた。
クリスは、義父以外の大人の男に最初は少し戸惑っていたが、子供慣れしたケビンの柔らかい物腰に、段々と慣れていった。
「僕ね! 大きくなったら、ケビンさんみたいな護衛騎士になる……! ねえねを隣で守るんだ……!!」
うんうん、とても微笑ましい。
暗い家の中で義父に怯えつつ、先の見えない暮らしから一転、明るい未来を語れるようになったクリスに、ジンと心の中で感動した。
解放軍の本拠地のひとつは、元ケイフォード辺境伯領の隣、ヤコビーニ伯爵領にあるらしい。
ヤコビーニ伯爵は元々ケイフォードと親交があり、ケイフォードの顛末にひどく心を痛めていたと言う。
ミーシャとケビンは、ケイフォードの事件後はそこに潜伏し、反王政派活動をしていたようだ。
本拠地へ向かう道すがら、宿を取りつつ街中を歩く。
途中にあるこの地域は中立派で、そこまで危険は多くないそうだ。
「ねえね!! あの良い匂いのものは何!?」
「お肉の串じゃないかしら?」
「ねえね!! あの色んな色の形が丸いのは!?」
「あれは『果物』って言うの。瑞々しくて甘いのよ」
診療所のダルドからもらっていた粗食でギリギリ生きていたクリスには、見たことも食べたこともない食材でいっぱいだ。そのうち、色々食べさせてあげたい。
ケビンが不思議そうにクリスに尋ねる。
「クリスくん、君はお肉や果物を知らないのかい?」
「はい! 見たことがありません! 良い匂いですね……!」
元気にクリスが答えると、ケビンがチラリと私を振り返り、眉を垂らして切なそうな顔をする。私が苦笑すると、ケビンはクリスの手を繋ぎ、屋台に連れて行った。
ふたりを眺めていると、ミーシャが私をぎゅっと抱きしめる。
「エリーも細すぎ。俺も、いっぱい食べさせるから……」
宿に着いてからは、まず皆で食事をした。ずっと潜伏生活のミーシャは、当たり前のように平民に混じって食事をするし、クリスは初めて見る料理がほとんどで、目をキラキラ輝かせながら食べていた。私も久々にしっかり調理された食事を堪能する。
ロルカトルの最下層、ダルドからもらっていた食事は、ほぼ古い固パンと萎びた野菜と豆のスープだった。食べられて生き残れただけ幸運だったが、調味料とはほとんど無縁だった。
横ではミーシャが、結構な早さで料理を口に運ぶ。お腹が空いていたのか、もりもりと料理を食べるミーシャが珍しくて嬉しくて、ついついジッと見てしまう。
チラリとこちらを見たミーシャから、肉の刺さったフォークを口に突っ込まれた。そのままモグモグしていると、ミーシャが半眼で睨んでくる。
「エリーも食事をしっかり食べて。癒しの魔法なんて体力勝負なのに、びっくりするほど細すぎる。全部俺が口に突っ込んじゃうよ」
「ミーシャが沢山食べるのを見るのがとても嬉しくて。最後に見た時は、まだ少ししか食べられなかったから」
嬉しくてニコニコしながら言うと、また肉を口に突っ込まれた。
部屋で眠る前にも、ミーシャとクリスで一騒ぎした。
「俺がエリーと寝る……!!」
「弟の、僕が寝るもん……っ!!」
最近、この光景をよく見る気がする。
「僕がずっとねえねと寝てたんだもん! 僕が一緒に寝るの!!」
「ずっと一緒に寝てたんだから、譲ってくれても良いじゃないか……! 8年分のエリー不足が深刻なんだ!!」
「僕もねえね不足になりますー! あと、友だちは一緒に寝てはダメですー!!」
「家族のようなものだし、責任取るから良いんだ……! それに、これだけは譲れない……!!」
ギャイギャイと平行線の言い合いが終わらないふたりを、ケビンが困惑した顔で見つめる。
「殿下。その、責任を取ると言うことは……」
ミーシャが、こくりと頷く。
「再び出会うことが出来たのだから、小さい頃から今も含めてエリーの全ての責任を取るし、エリーの隣は譲らないし、エリーしか選ばない。もうエリーの全てを諦めない」
ミーシャが真剣な顔をしてケビンと話している。それは、共寝のことなのか、それ以上のことなのか。とりあえず深く考えるのをやめておいた。




