17 フェリナセアの砦
朝日の光に瞼を開けると、すぐ目の前にはキレイな寝顔。今は色を変えている長い茶色の髪がサラサラと頬を流れて、そのまま模様のように広がっている。
相変わらず長いまつ毛が目元に影を落としていた。
小さな頃の肩までの髪型も天使のようで美しかったけど、長い髪もカッコいいな。
大きくなったらカッコよくなると思っていたけど、思った通りカッコいいな。大きくなれて、良かったな。
ぼんやりと取り留めもなく考えながら、ミーシャの寝顔を見つめ続ける。
ずっと見ていたいけれど、今日も本拠地への移動がある。8年ぶりのベッドは、その寝こごちの良さにに離れ難いが、そろそろ準備しなくては。
ベッドも離れ難いのだが、抱きしめられているミーシャの体温も気持ち良くて離れ難い。
昨日のミーシャとクリス、どちらが私と寝るかの戦いは、ケビンが間に入ってくれて、ケビンがクリスと寝てくれる事で解決した。クリスは優しくて大きくて強いケビンが大好きだから、それはそれで大喜びだった。
よいしょとお腹の上のミーシャの腕を退かして、そろっとベッドから降りる。
まずは、身体を少し動かしてみる。
ダルドから毎朝やれと教えてもらった「治療師の、動かない箇所把握しとけ」体操だ。
「治療師は、癒しの魔法で自分を治せねえ。だから、自分の怪我は自分で把握して、手当しとく必要がある。どこを痛めてるのかわかっとけ」
特に義父と暮らしていた頃は毎日怪我が絶えなかったので、朝起きては治療師体操をして、身体の状態を確認しつつ自分の手当てから一日が始まった。
「いっちに、さんし……うわ、本当に痛くない……」
どこも痛くないのに感動した。治してくれたミーシャには本当に感謝でいっぱいだ。
「むにゃ……おはよ、エリー……何してるの?」
「起こしちゃったかな、ごめんねミーシャ。『治療師体操』だよ。ミーシャが治してくれたから久々にどこも痛くないし、薬もつけなくて大丈夫だね! ありがとう!!」
素直に感謝を伝えると、ミーシャが半眼で複雑な顔をした。
「エリー。それ、身体の可動域とかを確認する体操?」
「多分? 診療所の先生? 師匠? のダルドから教えてもらった体操だよ。治療師は自分で自分に魔法をかけられないから、どこをどれだけ痛めてるのか自分で把握しておくんだって」
怪我をしても私に癒しの魔法を使わなかったダルドだが、そのおかげで身をもってこの体操の必要性を実感した。教えのひとつひとつが理にかなっていて、ちょっと悔しくなる。
そっと後ろから長い腕に包まれて、ぎゅっと抱きしめられる。そのまま、ふわりと癒しの魔法を使われた。
優しい光に、温かく染み込んでくるミーシャの魔力。
ふわふわと気持ち良い感覚に包まれながら、ミーシャに話しかける。
「ありがとう、気持ちいい。でも私、今怪我してないよ」
「今まで、毎朝、痛かったの……?」
ミーシャの声に、心配はかけさせたくはないのだが、黙っている事もできそうに無い。
「うん、まあ……。でも、途中からはダルドに手当セットをもらってたし、クリスと薬をつけたりしてたから……」
「8年間。起きたら、毎朝、痛かったの……?」
「まあ……そうかな……?」
癒しの魔法に包まれてるのに、何だか後ろの気配がヒヤリとする。
ふぅ、とひとつ。ため息が首筋に当たる。
「エリー。俺、毎朝エリーに癒しをかける。『おはようの癒しの魔法』」
何だか懐かしい名前が出てきた。
「ミーシャに怪我を治してもらったから、もう痛く無いよ」
「ずっと、毎朝、痛かったんだろ? そういう感覚はクセになるから。クセが抜けるまで、俺が癒す……!」
「体力使うし……」
「俺の魔力量ならほぼ減らない。遠慮しないで」
何を言っても、昔私が言った言葉で打ち返される。
ぐぅの音も出ずに頷いた。
本拠地に向かいながら、途中途中で必要物質を調達する。食料と、主に私とクリスの身支度だ。ボロボロの服では目立つし旅は出来ない。店に並ぶガーゼや包帯、薬草や傷薬等、治療セットに目移りしたらミーシャが買って渡してくれた。
私とクリスは着の身着のまま逃げてきたので、無一文だ。
「ミーシャ、ごめんね、ありがとう。出世払いするね!」
「これ、必要経費だから……」
元ケイフォード辺境伯領の隣、ヤコビーニ伯爵領。そこに解放軍の本拠地のひとつがある。
クリスナリス王国の王都から離れた田舎領地が解放軍の主たる賛同領地なのだが、王政派の大領地が王都の北と中央にあり、反王政派の行き来を分断している。そのため、拠点は現在、北と中央、南の3ヶ所に分けれていた。
ヤコビーニ伯爵領にあるのは南の本拠地、フェリナセアの砦。ヤコビーニ伯爵領はミーシャが潜伏していた地でもあり、慣れ親しんだ場所だという。
郊外の堅牢な建物に到着した後、ひととおり中を案内された。
寝起きをする寮、食堂やお風呂場、戦士達の鍛錬場や武器庫。そして治療師達の仕事場、診療所。最上階の会議室で大まかな砦の案内は完了だ。
「クリスは、子供達のいる場所に連れて行きますね」
ケビンがクリスの手を繋ぐ。解放軍は義賊のような事も行っており、その際に身寄りのない子供を保護する事もあるのだそうだ。クリスは同年代と話したことがないので、他の子供達と過ごせることは良い機会だと思う。
私はミーシャに、最上階の会議室に連れて行かれた。
「後で、皆にエリーを紹介したいから、少しここで待っていてくれる?」
え……? 私は、解放軍の新入り下っ端ではないか。会議室で誰に何の紹介を……?
しばらくして、順々に立派そうな厳つい面々が揃い出した。背も高く、鍛えられたしっかりとした体躯に、貴族服、騎士服、その他仕立てが良さそうな服を着込んだ、いかにも解放軍上層部的な面構えだ。
何故、私はこんなところに。
ぷるぷるしながら汗をかきつつ、その中にいる見知った顔のケビンを見ては安堵する。
慣れたようにミーシャは堂々としていて、改めて王子様なのだという事を思い出した。
私も8年ぶりに辺境伯令嬢の気持ちを思い出して、せめてキリリとした顔をした。
「皆、よく集まってくれた。留守中の報告は後ほど上げてくれ。集まってもらったのは、俺が帰ってきた報告と、新メンバーの紹介だ」
笑顔を保ちつつ、心の中でダラダラと汗をかく。新メンバーとか言わないで欲しい。私は新人の、いち下っ端だ。
「バーンズリー男爵領、ロルカトルにいると噂の凄腕治療師『白銀の天使』エリシアだ」
偉そうな方達の前で、ミーシャに過分な紹介をされた。
腹を据えて、自己紹介をする。
「ロルカトルの診療所から参りました、エリシアと申します。力の限り尽力する所存でございますので、どうぞよろしくお願いいたします」
元ケイフォード辺境伯令嬢だが、ケイフォードは今は無い。ただの平民、エリシアが等身大の私だろう。
屈強な戦士達の間で騒めきが起こる。
新入りの小娘をここで紹介されて、戸惑っているのだろうか。
「その、白に近い銀の髪と癒しの魔力。もしかしまして、ケイフォード辺境伯の一人娘。エリシア•ケイフォード嬢ではあるまいか?」
斜め前の貴族服の壮年の男から声をかけられた。
「おっしゃる通りでございます。ケイフォードは現在は存在致しませんので平民の身ではありますが」
「……よくぞ、ご無事で……」
そっと両手を握られる。
顔を上げると、男は長年の後悔の中からたったひとつの希望を見つけたような、安堵したような顔をしていた。
「私は、ここ、ヤコビーニ伯爵家当主、サヴェリオ•ヤコビーニと申します。ケイフォード辺境伯領とは隣なので、お父上のメルヴィン殿にも、お母上のユヴィエンヌ夫人にも、よくお世話になっておりました。エリシア嬢にも小さい頃にお会いした事がありますが、大きく美しくなられましたね」
また、男達の間に騒めきが起こる。あのケイフォードの、など、小声で囁かれるのが聞こえた。
「両親のことをご存知なのですか? 今まで両親のことを思い出す余裕も無く過ごして参りましたが、よろしければお時間がある時にでも、思い出話をお聞かせくださいませ」
久々に、ケイフォードと両親の話を聞けて嬉しくなる。
ヤコビーニ伯爵は頷いて、ぎゅっと手を握り返してくれた。
その手をベリッと剥がしてミーシャが私を引き寄せる。
ヤコビーニ伯爵は、ヤレヤレというような苦笑いをしていた。
「聞いてのとおり、エリーは元ケイフォード辺境伯の令嬢だ。皆に話してある通り、ケイフォードで彼女と出会って癒されなければ、俺は生きてはいなかったし、ここにもいなかった。彼女はの命の恩人で、唯一で、隣に居る人だ。それを忘れないように……!!」
こんなところで、何てことを言うのだ……!! 私もミーシャから離れるつもりはないが、身分その他はどうするつもりだ……!?
赤くなっただろう顔でミーシャを睨みつけていると、周りの屈強な男達がわらわらと周りに集まる。
「殿下ぁ良かったですねぇ」「長年の夢が叶いましたな」とミーシャの背中をバシバシ叩く男達、「嬢ちゃん、よろしくな」「よく頑張って生き残ってきたな」「ここでは畏まらなくていいぜ」と私の背中をパシパシ叩く男達。
「お前ら!! エリーは長年の苦労で細くて華奢なんだ!! 叩くな触るな近寄るな……っっ」
しばらくその場は混沌と化した。
そして次の会議からは、何故か私もミーシャの隣で参加となった。




