18 砦の治療師
フェリナセアの砦に着いた翌日から、私は治療師チームに混じって砦の診療所で働くことになった。
ミーシャは付いてくるとしつこく言っていたが、ケビンがにこやかな顔をして仕事場に引きずっていった。
クリスも友だちが出来たと嬉しそうに報告してくれて、砦の子供達に上手く混ざれたようで一安心だ。
ドキドキしながら、恐る恐る診療所の入り口を潜る。
突然やってきた新入りの小娘が王子様の知り合いであり、上層部会議にまで混ざったとなれば、やっかみもひとしおだろう。
ミーシャはとてもカッコいいから、彼の近くにいる私は女性陣からも面白く無い存在かもしれない。
知り合いはダルドだけだったロルカトルの最下層とはまた違う、久々の人間関係に早くも慄いていると「早くおいで」と中から手を引っぱられた。
診療所の中を見渡すと、清潔なシーツに医療器具。ガーゼに包帯に薬の匂い。ダルドの診療所よりも数倍広いが、慣れ親しんだ光景だった。
「貴方がエリシア……様?」
「様はいらないです、新入りの平民ですので! エリシアと申します、今日からよろしくお願い致します……!!」
「じゃ、お言葉に甘えてエリシアで。ここでは畏まらなくていいわよ。私は解放軍、南の拠点の治療師チームのリーダー、デイジー•ビアード。デイジーでいいわよ。隣の隣の領、ビアード子爵家の出身よ。よろしくね!」
ハキハキと快活なお姉さんに、自己紹介と、周囲の治療師達を紹介される。皆、年上のお兄さんやお姉さん達だ。
「エリシア。貴方の今の技量を確認して良いかしら? 今、運ばれてきたばかりの患者さんがいるの」
奥の、男が寝ているベッドに案内される。
「中央の拠点からの連絡を持ってきてくれた伝令チームのひとりなんだけど、途中、王政派の第一王妃の実家ワイズミラー公爵領を通るから、そこで戦闘になったようでね」
応急処置はしたのだけれど、とデイジーから説明される。
「状態を確認して良いですか? それと、包帯とガーゼ、消毒と薬はありますか?」
「用意するわ」
男の包帯を外して、傷の確認をする。
刃物での切り傷。部位は胸と腹と腕。骨には少し。内臓は大丈夫。
身体の魔力を両手に集めて、癒しの魔法を発動させる。
治す場所は、深い箇所。骨と、肉が深く切れている所。
癒しの魔法で深い傷を治してからは、まだ残る浅めの傷にテキパキと傷薬をつけてガーゼと包帯を巻いていく。
あちこちにある打ち身にも熱を取る薬を塗って貼ったり巻いたり手当をしていった。
治安の悪いロルカトルでは、殴られたりして腫れている打撲や骨折、刃物での深い切り傷も日常茶飯事だったのだ。
癒しの魔法を使用するのに、治療師の体力は無尽蔵では無い。深い箇所は魔法で治し、その後は薬での手当と自然治癒。軽度な怪我も薬を使用する事が多い。ダルドの基本方針は、そうだった。
しかし、戦争のような大きな戦闘となったらまた違うのだろう。
「癒しの魔法の魔力が強くて、精度が高い……薬や包帯も手際がすごい」
作業を見ていた治療師達から感嘆の声が漏れる。
「ロルカトルの診療所で働いていたって聞いたけど、独学じゃ、ないわよね……?」
「はい。ダルドと言う診療所の先生から、知識や技術を教わりました」
デイジーは、その名前が引っかかるのか、ダルド……ダルド……と口に手を当てて考え込む。
「……!! ダルド•ディーステル……!! あの、追放された王宮治療師の……!!?」
「ディーステルの名前や王宮は分かりませんが、濃い茶色の髪と目の、40歳を超えた位の男性です。腕の良い治療師だと思います、口は悪いですけれど」
まあ出身はどうであれ、お行儀良くてはロルカトルの最下層では生きてはいけなかった。
最後に会ったのはそんなに昔ではないのに、懐かしくなって笑いが漏れる。
「癒しの魔法持ち、容姿も年齢も一致だと、本当に彼なのかしらね? 私、学院で同じ学年でね。彼は成績も魔法もトップクラスで、有名だったのよ。そのまま王宮治療師になったけど、王家の色々に巻き込まれて追放されたんじゃなかったっけ……?」
「追放?」
「確か、結婚したばかりの奥さんがいて、人質に取られたとか亡くなったとか。当時、噂になったの」
本当にダルドの事かは分からないが、最下層で診療所をしているからには、ダルドにも色々事情があったのだろう。
あの魔法と知識は理論整然としていて、しっかり学んできたものなのだと今なら思う。弟子が欲しかったとか子供に弱いのも、過去に何かあったのかもしれない。
色々なことが落ち着いたら、手紙でも送りたい。ロルカトルの最下層に届くかは分からないが。
「魔力量もすごいわね……。生まれつき魔力が多いの?」
「いいえ、小さい頃はすり傷を治すくらいでした。11年ほど、夜には体力を使い切るまで癒しの魔法を使っていたので、魔力が上がったのではないでしょうか?」
治療師達に、震撼が走る。
「えっと……、それは11年、毎日……? スパルタ過ぎない……? ダルド•ディーステルの指導……?」
「いいえ、産みの母の教えです。癒しの魔法を使いたいと思ったら、魔力も上がるし、どんどん魔法を使いなさいって。ロルカトルを出てからはそれが出来ていないんですけれど、何か良い方法はありますか? 夜、体力が残っていると何だか落ち着かなくて……」
「……はあ、細すぎると思ったら。『白銀の天使』の生き様を、垣間見た気がしたわ……。エリシア、そこに座りなさい。まず、貴方に必要なのは、体力を使い切る魔法の使い先ではなくて、休息! 食事! 健康診断よ……!!」
治療と医療のエキスパート達に囲まれて脱がされて、隅から隅まで診察される。
身体の傷も見つかった。ミーシャに助けてもらった時に傷は治してもらったが、古い傷跡は癒しの魔法でも中々消えないのだ。
健康診断を進めながら、今までの生活も根掘り葉掘り問いただされる。
ケイフォードでミーシャとくっついて過ごした幼少期。
燃えた屋敷とロルカトルの最下層。
義父とクリス、診療所のダルド。
義父に襲われ、ミーシャに助けられた事。
「エリシア、よく聞いてね。自覚する余裕も無かったかもしれないけれど、貴方は8歳から、ひとりで生き抜いて来たの。義父は親でも保護者でもないし、貴方は過酷な環境で赤ん坊のクリスをひとりで守って、仕事をしながら誰にも頼らず生き抜いて来たんだわ」
デイジーが、私をぎゅっと抱きしめる。
「よく頑張ってきたわね。16歳で成人だと言うけれど、ひとりで生き抜いてきた貴方には甘えられる保護者が必要だわ。これからは治療師チーム皆で守るから、お姉さんやお兄さんのつもりで何でも相談してね。私達は、仲間で、家族よ」
女子の相談もOKよ! パチンと片目を瞑ってデイジーがウインクする。
胸の中が温かい。
ここで私は、新しい家族を手に入れた。
「エリー。そろそろ終わるかい?」
その後、ひと通り診療所の皆から教わりつつも仕事をしていると、ミーシャが診療所まで迎えに来てくれた。
「お疲れ様です、殿下。エリシアから、彼女の生い立ちや経歴をひと通り聞きました。あちらで少しお話があります」
ずずいとデイジーがミーシャに近寄る。
「な、なんだ……? エリーと一緒に寝ることか……? 絶対に手は出さないし、責任取るし、無理強いしないぞ……!!」
「弟のクリスからも、ちゃんと共寝の権利を話し合いで勝ち取ってきたぞ! クリスはケビンと寝るらしいぞ!」とたじたじ言い訳をしている殿下を、デイジーが向こうへ引っ張っていく。
それを横目で見ながら、私と治療師メンバー達は診療所の後片付けをし始めた。
「これが顔用の保湿、これが身体用、これが髪用……」
ミーシャの部屋のベッドの横、ミーシャが机に薬瓶を並べていく。
「ミーシャ用? 塗ってあげようか?」
「エリー用に決まってるだろ。塗るのは俺だ」
診療所の帰りにミーシャが色々持たされていたが、保湿液だったのか。でも何故に?
「デイジーから、エリーも年頃の女の子だから、寝る前に塗って可愛くしてやってくれって持たされた。エリーがケイフォードを出てからは、こういうのに縁が無かっただろうからって」
ミーシャが保湿液を手に出し、私の顔にもちもちと塗り始める。
「身体の傷跡も、もらった薬を塗れば薄くなるかもしれないって。俺が塗る?」
「背中だけお願いできる?」
保湿液やら薬やらを塗りながら、今日の診療所の話をする。
「それでね、デイジーや治療師達が、新しいお兄さん、お姉さん。家族になってくれたの」
もじもじしながらミーシャに話す。デイジー含め大人達に優しく世話をしてもらうのは久々すぎて、何だかそわそわとくすぐったい気持ちになる。
ダルドの診療所では、最下層の治安そのまま、始終手負いの荒くれを治療していて、新しい技術や薬を教わったり患者の処置をしたりと忙しく、優しい大人どころではなかった。
夜ご飯を持たせてくれる時の「俺は悪党なんだからな! メシくらいで絆されてんじゃねえっ!」という口癖を懐かしく思い出す。
ふふっと思い出し笑いをしていると、ブスッとしたミーシャが拗ねた声でボソリと言う。
「俺も、エリーの家族だけど。治療師達よりも、クリスよりも。ずーっと前から、家族だけど」
ぶすくれなから、私の腕や手を保湿してくれる。
「私とミーシャは5歳の頃から家族だし、ミーシャがいないと心が空っぽになったみたいで、生きている気がしないよ。ミーシャが元気に大人になれますように、生きて大人になれたら良かったのにって、ずっとミーシャの事を考えてきたんだもん」
つい、ポロリと本音が溢れる。
ピタリと止まる、ミーシャの手。
顔を上げてミーシャを見ると、口を引き結んで悔しそうな泣きそうな顔をしている。
「俺も……。出会ったばかりの動けない時から、エリーに沢山もらった分。幸せを返そうと誓ってた。離れてそれは叶わなくなったけど、その分、エリーが暮らすこの国を良くすることで、エリーに幸せになってもらおうって。エリーの幸せを、いっぱいいっぱい願ってたのに……」
ポロリと碧の瞳から、綺麗な涙が零れ落ちる。
「私は今、幸せだよ。ミーシャが生きて、大きくなって。王子様なのに側にいられるなんて」
「俺は、もうエリーを手放さないから。エリーが俺を嫌がらない限り、ずっと側にいるから」
「はいはい」
そうだといいな。でも、王政派との戦いに勝ったら、国を救った英雄の王子様と平民だもんな。
少しでも長く、一緒にいられますように。
願わくば、ずっと、一緒に。
ポロポロと泣くミーシャをそっと抱きしめて、そのままベッドに転がった。




