19 番外編3 ※ミハイル視点
ケイフォードの屋敷の襲撃から一晩経った。
僕が目覚めた時には、平民街の一部屋のような場所で、包帯を巻かれて寝かされていた。
状況が飲み込めず軽く身じろぎをしたら、左の肩と胸の間に激痛が走る。痛みにしばらく呻いていると、気がついたケビンが慌てて近づいて来た。
「殿下、気が付かれましたか。動いてはいけません、胸の傷に障ります。熱も出てらっしゃるんです、大人しくしていて下さい」
いつものように穏やかに話しかけて来るが、その顔色は悪く、酷く疲れも滲ませていた。
「ケビン、状況を、報告しろ」
「殿下。もう少しだけ休まれてから……」
「今だ。後で整理するから、知ってるだけ、全部話せ」
一見落ち着いているように見せかけて、やはり今回の襲撃に動揺が抜けきらない様子のケビンが、ひとつずつ話し出す。
「まず、殿下の怪我の状態です。刺客に刺された傷はお命に関わるものだったと思われますが、エリシア様が癒してくださったのか、今はお命に別状はありません。しかし、それでも傷は深く、発熱もされています」
「刺客は、あいつらの差し金か……」
「恐らく。王と、第一王妃、第二王妃。どちらか、もしくは全員か。殿下の体調が良くなって来たのを知り、立場を脅かされる前に、と言うところかと」
魔力過多症は、魔力量も魔力属性も多いからこそ起こる病気だ。成長して克服すれば、その分強い力を得る。
寝込んで動けずにいたから見逃されていたが、どちらにしろ最終的には始末する気だったのだろう。
「僕が、狙われたと、いうことは……」
「はい。恐らくお母上のイヴァンナ様もかと。体調不良により遠方へ療養に行くと噂は流れておりますが……」
「隣国寄りの、母上、僕、ケイフォード。全部に、始末をつけた、つもりか」
ケビンが強く拳を握り、わずかに肩を震わせる。
彼は母上と幼馴染で、隣国から一緒について来た男だ。ずっと側で母上を守りたかったのだろうが、母上から僕の命を託されて、今も側に居てくれる。
母上の、優しい声と穏やかな笑顔。ひんやりとした手を思い出す。別れた時に、覚悟はしていた。
「ケイフォード、は……?」
「襲撃時、殿下の部屋に向かう途中で、ケイフォード辺境伯と夫人の遺体を確認しました。屋敷は全焼。刺客は少なくとも複数人確認しており、用意周到に計画されていたようです」
「そう、か……」
最近は朝晩共に食事を取り、優しく笑いかけてくれたふたりの笑顔を思い出す。
「エリーは、どうなった……? 刺客に、刺された時に、すぐ側に、いたはずなんだが……」
「私が殿下の部屋に駆けつけた時は、エリシア様は床に倒れ、怪我をした殿下に刺客が襲いかかっておりました。私が刺客を排除、殿下とエリシア様を抱え、屋敷を脱出致しました」
「エリーは、生きていた? 怪我の程度は?」
「エリシア様は、無事に生きておられます。恐らく癒しの魔法で体力を使い果たされていたのだと思いますが、その他、打ち付けられたような打撲の跡が頭と身体にありました」
話過ぎたか熱のせいか、声が掠れてきた。
息も切れるし話しづらい。
「それで、エリー、は……?」
「事の顛末を伝え、衛兵に保護してもらいました。今回の襲撃での一番の標的は、私達です。隣国との関係を邪魔に思われていたとは言え、私達がいなければここまでケイフォードの被害は大きくなかったと思われます。共にいると、エリシア様がまた巻き込まれます。あと、お二人を同時に、守り切ることが、できません……」
言いづらい内容だからだろう、珍しくケビンが少し早口だ。「実力不足、申し訳ありません」と顔を歪めて、頭を下げる。
力が無いのは、ケビンでは無い。
怪我を無視し、衝動的に身体を起こして右手でケビンの腕に縋り付く。
左胸の激痛に、しばらく呼吸を繰り返して痛みを逃す。
「無力、なのは、僕だ……」
ケビンに、エリーに、ただただ守られて。何かをできる力も無い。
「エリーに、恩を返すどころか……家も、家族も、ケイフォードも。僕の、せいで、全てを奪って。まるで、厄災じゃないか……」
痛みに、激情に、身体が震える。
エリーが僕に与えてくれた、温かさを。希望を。幸せを。
全部全部、返そうと思っていたのに。
返すどころか、全てを奪った。
「……ふっ、うぅ……っっ」
ボロボロと涙がこぼれる。我慢も、止めることも、全く出来ない。
「あの時。ダメだって、言った、のに……エリーは、飛び込んで、きたんだ……刺された、僕を、抱き込んで、癒して……」
殺されていても、おかしくなかった。
「離れて、逃げて。欲しかったのに……声も、出なくて。身体も、動かなくて……」
エリーが、壁に叩きつけられたのに。
助けに行くことも、出来ず。
寝たきりだったあの頃と、何ひとつ。変わらない。
『ミーシャ!』
エリーの、鈴のような声と笑顔を思い出す。
「あんなに、僕に、くれたのに。全部、返そうと、思ってたのに……」
夢も、希望も、光も。全て全て君が教えてくれたのに。
返すどころか、全てを奪ってしまった。
昨日まで、すぐ隣にあった温かい魔力とぬくもりを。これからは感じることが出来ない。もう二度と。
「エリーが、側にいてくれたら。どんな痛みも、苦しみも……どれだけでも、耐えることが、できるのに……」
二度とエリーを感じられないさみしさと、全てを奪ってしまった悔しさと申し訳なさに、感情がぐちゃぐちゃだ。
「ゔぅ、うあ゙ぁぁ」
どうする事もできなくて、ケビンの腕を掴んだまま、しばらくボロボロと泣き続ける。
ケビンが手を伸ばしてきたけれど、拒絶した。
僕の手を繋ぐのも、なでるのも、抱きしめるのも。エリーだけを感じたかった。
痛みと熱と涙に朦朧としながらも、腹の底から生まれた感情が、心に、身体に、じわじわと広がる。ぐるぐると渦巻く、激しい怒り。
全ての原因は、王都にのさばる、あいつらにある。
「……ケビン。あいつらを、引きずり降ろすぞ」
喉からかすれた声が出る。
「引きずり、降ろして、僕が、王位に着く。エリーには、二度と、会えなくとも。エリーの住む国を、良くして、少しでも、エリーを、幸せに……」
エリーを幸せに。
贖罪と恩返しには、全然足りない。
それでも。
彼女のために、できることは。
これくらいしか、ない。
「殿下。今なら私の伝手で、隣国に亡命できます」
「必要、ない。隣国に、行ったら、戻って来られなくなる。お前だけでも、行けば、いい」
ひとりでも。エリーのために。
途中で骸になったとしても、それだけのちっぽけな存在だったというだけだ。
「……お母上に願われて殿下に仕えて参りましたが、今この時より、私の意思で判断させていただきます」
腕を掴む僕の右手をそっと外し、ケビンはそのまま跪く。
「今、この時より。ケビン•モーズリーは、自分の意思で、殿下にお仕えさせていただきます」
ケビンは、顔を上げて僕を見つめる。
疲れ切った顔から一転。吹っ切ったような、意思の強い瞳だ。
「まずはお怪我を治されて、それからお強くなりましょう。目標は打倒王政です。このケビン、どこまでもお供致します」
強くなって、王政を倒す。
全ては、エリーの幸せのために。




