20 リデオケレスト王国
「エリシアちゃん、このお菓子はどうかしら?」
「あら、こちらのお菓子も美味しいわよ。今まで食べられなかった分も沢山食べていってね。お土産にも沢山持って行ってちょうだい」
何故か今、私は美味しいお菓子をふんだんに振舞われている。勧められたクッキーを、口に入れる。
サクサクとした食感と上品な甘みが口に広がり、とても至福だ。
ケイフォードを出てから長年、お菓子どころではない生活をしてきたので、ひとくち口に入れる度、その洗練された上品な甘みに、頬が緩み身体が震える。
その私の姿を嬉しそうに、少しの悲しさと悔しさを滲ませて私を見つめる、4人の高貴な貴婦人達。
リデオケレスト王国の、第一王妃、第二王妃、第一王女、伯母のキャサリン•ディアナリー侯爵夫人である。
何故、私は隣国リデオケレスト王国、高貴トップクラスの貴婦人達とお茶会をすることになったのだろう。
反王政派解放軍は8年かけて味方を募り、地方を中心に大小合わせた14領地から賛同を得ている。クリスナリス王国の貴族、半分ほどが反王政派であり、本格的に反旗を翻せば内乱である。
王政派は8領と半分の数だが、王都に接した大領地が多い上に、国内を分断できる位置に領地がある。
残りの大領地を含めた7領地は中立派で、敵でも味方でもない。
解放軍の南の拠点、ヤコビーニ伯爵領はケイフォードの隣の領地で親交があり、更に隣国リデオケレスト王国とも接していた。
隣国リデオケレスト王国は、解放軍を統べる第三王子、ミハイルの母方の出身地。
国交断絶はしてはいるものの秘密裏に連絡を取り、解放軍への協力を取り付けていた。
挙兵前の打ち合わせと挨拶に、一度リデオケレストを訪れることになっていた。
代表者のミーシャはもちろん、今回の挨拶には私も同行する事になった。
「エリーの母上は、ケイフォードの国境を超えた隣の領地、リデオケレストのゼーベック侯爵家のご令嬢だろう。ゼーベックの領地も通るし、リデオケレストへの訪問にはうってつけだろ」
さも当然のように、ミーシャが言う。
そのまま、あれよあれよと言う間にミーシャと一緒の馬車に乗せられた。
馬車の中では「しばらくエリーと寝られないから」と始終ぴったりとくっつかれ、そのままゼーベックを通り過ぎて、リデオケレストの王都に到着だ。
リデオケレストの王都は国境からそれほど離れておらず、私の母の出身地ゼーベック侯爵領を通り過ぎ、その隣が王都だった。
王都の王城に入った私達を待ち構えていたのは、私の母方の伯母、キャサリン•ディアナリー侯爵夫人だ。身支度を整えさせられて、ミーシャはリデオケレスト王に、私は伯母に連れられて、何故かリデオケレスト王国トップの貴婦人達にお茶とお菓子をご馳走様になっている。
「改めて自己紹介させてもらうわね。私はキャサリン•ディアナリー。結婚してディアナリー侯爵家に籍を置いているけれど、元ゼーベック侯爵家、貴方の母の姉よ。直接会うのは初めてね」
王城に着いてから色々と私達の世話を焼いてくれている、母方の伯母だ。
「右から、第一王妃アデレード陛下、第二王妃フランシス陛下、第一王女シャーロット殿下よ」
「クリスナリス王国、元ケイフォード辺境伯が娘、エリシア•ケイフォードと申します。よろしくお願い致します。令嬢教育を受けたのは8歳までなので、失礼があるかと思いますがご容赦ください」
「固いわ、エリシアちゃん。ここは身内の場だから、礼儀作法は気にしなくて良いわよ」
まるで身内の女子会のように、高貴な皆様がキャッキャとお話される。
60歳位の第一王妃、同じく第二王妃。37歳と仰られてた第二王妃の娘の第一王女と、第一王女と同年代で友人のキャサリン伯母様。頭の中にお顔とお名前を叩き込んだ。
「第二王妃陛下のツァーベル公爵家と、貴方の母のゼーベック侯爵家、護衛騎士ケビンのモーズリー伯爵家は同じ系列で、皆家族ぐるみで仲良しなの。同じ系列ではないけれど、第一王妃陛下とも仲良しよ」
キャサリン伯母様が説明してくれる。王家の皆様、仲が良くて羨ましい。暗殺まみれのどこかの王家も見習っていただきたい。
「8年前のケイフォードの事件から、貴方達の母君や、ミハイルや貴方のことを、皆でとても心配していたのよ」
「様子を知りたかったけど、国交断絶していたからクリスナリスに入れなくて」
「戦争しようにも、人質に取られているかもしれないし」
ミーシャのお母さまは、表向きは体調不良により遠方で療養という事になっている。
「ミハイルからも聞いてはいるけど、エリシアちゃんから見て、ミハイルの母、イヴァンナは生きていると思う?」
「私は、ケイフォードの事件後は、家と仕事場の診療所を往復する生活だったので、詳細は存じません。ですが、市井の噂では、ミハイル殿下がケイフォードで襲われたのと同時に、暗殺されたのではないかという話を耳にしました」
そうよね、と第二王妃と第一王女が同時にため息をつく。
第一王女が話を続けた。
「イヴァンナはね、この国の第四王女で私の妹なの。貴方の母、ユヴィエンヌがケイフォード辺境伯と恋愛結婚されて、ユヴィエンヌが大好きだったイヴァンナが一緒に付いて行く形でクリスナリスに嫁いだのよ」
リデオケレストでもトップクラスの剣士であるケビンは、ミーシャのお母さまの兄のような存在で、護衛騎士として一緒に付いて来たそうだ。
「ミハイル殿下からも聞いてはいるけど、エリシアちゃんからもケイフォードの事件の話を聞きたいわ。話してもらうことはできるかしら」
キャサリン伯母様が気遣いながら聞いてくれる。妹のお母さまの事も聞きたいだろう。
「はい。小さかったので、私が知っていることは少ないですが」
ケイフォードのお屋敷が燃えていた話から、更に先を促されてロルカトルの最下層での生活、ミーシャとの再会まで、根掘り葉掘り話すこととなった。
高貴な貴婦人達が、美しい笑顔のまま沈黙する。
重い空気の中いくばくかの静寂のあと、第二王妃がゆっくりと口を開いた。
「本来なら。クリスナリスに侵攻して、わが国にしてしまいたいところですが。そこは解放軍の助力に留めまして、ミハイルに華を持たせましょう」
「絶対勝てますよう全力で助力いたしましょうね」
「勝った後、彼の王族達をお引き渡し頂けますかしら」
「私達の身内に手を出したこと。その報いを是非、その身に味わって頂きたいものですわね」
うふふ、おほほと、権力を持つ貴婦人達が冷ややかなオーラを醸し出しつつ、上品に物騒な話をしている。
「エリシアちゃん。よく、頑張って生きてきたわね。これからは、今までの分も私達の身内としてしっかりサポートしていくので、まずは美味しいお菓子をお食べなさい」
「この紅茶も美味しいわよ」
「治療師は体力勝負なのに細すぎるわ」
美しい細い指で上品にお菓子を摘んで、私の口に次々と入れる高貴な貴婦人達。
「ミハイルと貴方の話も聞きたいわ。出会いから再会まで、今現在の関係も」
最近はよくケイフォードのことや最下層での生活を聞かれるので、小さい頃一緒に眠っていたことを話しても良いと、ミーシャから許可をもらっている。
今の共寝は一応口に出さないでおく。解放軍と行動を共にしたら、いずれ耳にしてしまうだろうが。
ミーシャがケイフォードに来た時の事、漏れ出る癒しの魔力や再会した時の事を、聞かれるままに答えた。
「まあ……!! 大変な思いをして生きてきた貴方達だけど、奇跡的な再会だったのね……!!」
「エリシアちゃんに救われたミハイルと、ミハイルに救われたエリシアちゃん……」
「再会のタイミングも、奇跡や運命としか言いようがないわ……」
噂に聞く、お泊まりをして恋の話に盛りあがる、女子会のような雰囲気だ。
「エリシアちゃんは、ミハイルの事をどう思っているの?」
「いつも苦しそうに寝込んでいた小さくて細かったミハイル殿下が、大きくなれて大人になれたことが本当に嬉しいです。離れていた時は彼との思い出を支えに生きてきたので、再会出来たこれからは、離れずに生きていけたらと思っています」
「私達に何かして欲しいことはない?」
「王政派に勝った後、身分が許せば王宮でお仕事ができると嬉しいんですが、幼少期以降礼儀作法ができていなくて。もしよろしければ、空いた時間で教えていただけると嬉しいのですが……」
少し恥ずかしくなって、下を向きつつ上目でおねだりをしてみる。でも、少しでもミハイルの近くにいる為には、本当に深刻な問題なのだ。
「分かりました。貴族女性の生き方を、大切なところから時間の許す限り教えましょう」
「それとあわせて、解放軍にも、ミハイルと貴方にも、とても良い提案がございますの」
高貴な方々に身分不相応なおねだりを叶えてもらえる事に嬉しく思いつつ、良い提案とは何だろうと首を傾げる。
「エリシアちゃん。一度、私に癒しの魔法をかけていただけるかしら」
差し出される第二王妃の腕に、癒しの魔法をかける。ふわりと光って、第二王妃の身体を包み込んだ。
「これは、予想以上に魔法の精度が高いわね。魔力も相当多いし、我が国でもトップクラスの腕前だわ」
第二王妃が、喜ばしげに癒された身体を動かしている。
「私も、癒しの魔法の魔力属性があるのですよ。その魔力の高さと癒しの魔法の腕。しかと確認いたしました」
高貴な皆様が、示し合わせたように顔を見合わせて頷いた。
「エリシアちゃん。貴方は今日から、解放軍の聖女となりましょう」
「憎きクリスナリスの王政に滅ぼされた、ケイフォードの悲劇の聖女が、救国の英雄となる第三王子、ミハイルと共に解放軍を率いるのです」
「『聖女』という、その治療の腕と称号は、私達。リデオケレスト王国の第一王妃、第二王妃、第一王女が保障いたします」
「『国を救う為、解放軍に身を投じた悲劇の聖女』という肩書を持てば、他の貴族方も多少の礼儀作法には口出し出来なくなりましてよ」
「『英雄の王子』と『聖女』が共にいるのは、当たり前ですわよね」
うふふ、おほほと上品に笑いながら、高貴な方々に「さあ、陛下とミハイルに報告に参りましょう」と手を引かれて、会議室に連れて行かれた。




