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病弱王子は私の漏れ出る癒しの魔力から離れられない  作者: たんぽぽ


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07 襲撃

 「そろそろあなたたちも8歳なので、殿下の熱が無い時は一緒に寝るのをやめましょう」


 にこやかな顔で、お母さまが私たちに宣言する。

 よくよく考えなくても、それはそうだと納得する。

 今まで当たり前のように、朝も夜もミーシャのベッドに潜り込んでいたけれど。元気になってきた今、男の子だし王子様だし、あんまり体裁が良くはない。

 横のミーシャを見てみると、罰が悪そうな、名残惜しそうな、でもちょっとほっとしているような、複雑な顔をしていた。

 ミーシャと一緒に眠るのは、彼の体温が気持ちよくて、安心するし、大好きだ。

 夜、おやすみの挨拶をして共に眠り、朝、目が覚めると毎日横に彼がいる。

 しばらくさみしくなりそうだが、どうしてもさみしい時はお母さまのベッドに潜り込もう。




 今日は朝から一日、ミーシャの熱が高かった。

 今のミーシャは、熱が高くなっても目を開けられないとか話すのも難しいほどにはもうならない。

 はふはふと息をしながら、高い体温と汗ばんだ腕を怠そうな動きで私の腰に回し、そのまま赤い顔を私のお腹にすり寄せる。


「しんどかったら話さなくていいんだけど。ミーシャ、私のおなか、好きだよね。」

 「エリーの、おなかもすきだけど、エリーも、すき」


 ポツリと言葉を返してくれる。

 ミーシャの熱が高い時には、難しい話や大事な話はしない。

 熱で朦朧としていて話をはっきり覚えていないと、後々ミーシャが悲しむからだ。

 私は熱の高いミーシャを労るように頭をなでながら、素直な気持ちで話を続ける。


 「私も、ミーシャのことが大好きだよ。」


 ごそ、とお腹のミーシャが身じろぎした。


 「ずっとこうして、一緒にいたいね」

 「……ずっと、いっしょ。やくそく…」

 「はいはい、約束。ありがと」


 ミーシャの頭をぐりぐりなでる。

 王族特有の美しい金髪がぐしゃぐしゃになった。王子様のミーシャにこんなことをできるのは私だけだと、ちょっとだけ良い気持ちになる。

 熱の高い一日を過ごして消耗したミーシャは、腰に回した腕の力が抜けはじめ、はふはふしながらも寝息をたて始めた。

 ミーシャに布団をかけ直し、私も横になりながら小柄なミーシャを抱きしめた。

 


 ミーシャは、週の半分は元気に過ごせるようになっていた。残りの半分はまだ発熱はするものの、高熱を出して身動きが出来なくなるような日は大分少なくなっている。

 

 どんどん元気になっていって、王都に戻って、大人になって。

 そして、煌びやかな人たちに囲まれて、忙しくして、田舎の辺境のことなど忘れてしまうのだ。

 私はずっとケイフォードで生きていくつもりだが、時々は王都に行って立派で素敵になった大人のミーシャを、遠くから眺めるくらいは出来るだろうか。


 王族特有のキラキラとした金髪に澄んだ碧の瞳、今は天使のようなミーシャが大人になったら、さぞ美しくてカッコ良いんだろうなと、空想に耽ってみる。

 全部口に出ていたようで、今日は元気な隣のミーシャが「もし僕がカッコ良くなったら、その隣はエリーだもん。エリーの側から離れないもん。約束、したのに……」とボソボソ文句を言いながら、頬を膨らましていた。






 朝起きたら、ミーシャにおはようの挨拶をして彼の具合を確かめつつ、おはようの癒しの魔法をかける。

 元気な日はそのまま両親とミーシャと一緒に朝食を食べて、お勉強をして、庭園に出て。

 一日を過ごしたら、またみんなで夕食を食べて、おやすみなさいの癒しをかけて、それぞれ自分のお部屋で眠る。

 私の部屋とミーシャの部屋は、同じ階の端と端だ。

 ミーシャの具合が優れない日は、無理をせずにお休みする。この時だけは、まだ昼も夜もミーシャとくっつくことを許されていて、熱が高い時は相も変わらず私のお腹に顔をすり寄せる。

 

 そんな平和で穏やかな日々を過ごし、ミーシャの成長と共に少しずつ健康を掴みはじめた、そんな時だった。






 その夜は、ミーシャが元気な一日だったので、私たちはお互い別々の部屋で眠っていた。

 真夜中の自分の部屋。夜闇の静寂の中、ふと不穏な気配に目が覚めた。

 ベッドから降りて部屋を見渡すと、闇の中、赤い光がチラチラと壁や床を照らす。振り向いて窓の方を見てみると、カーテンがゆらゆらと赤の色を透かしていた。

 

 今までに無い光景に、ツ……と冷や汗が胸元を伝う。

 湧き上がる不安と恐怖にドクドクと高鳴る胸を抑え、そっと両手でカーテンを開ける。


 夜闇に浮かぶ美しい三日月。一面に広がる星空と、遠くに広がる森と山々。

 

 その下には、舞い散る火の粉と揺れる炎。


 一歩、二歩と、窓から後ずさり、ありえない現実に混乱する。


 燃えている……?

 屋敷が、燃えている…………?

 なんで……? なんで…………?? お母さま、お父さま……


 そう思った瞬間に、ハッとミーシャを思い出す。

 ミーシャは無事だろうか。

 熱で動けないでいないだろうか。


 震える体とすくんだ足を何とか無理やり動かして、私は部屋を飛び出した。



 部屋の扉から廊下に出ると、階段の隙間から覗く階下は火の海で、まだ燃え広がっていない廊下を走りミーシャの部屋まで駆け急ぐ。

 ミーシャの部屋の入り口では、ケイフォード家の騎士二人が血だまりの中倒れていた。

 その変わり果てた姿に、ひっと喉から声が出て勝手に足が後ずさるが、意を決して扉を開ける。


 「ミーシャ!!」


 部屋に踏み込み、窓際のミーシャのベッドに目を向ける。

 大柄な男がベッドの上で彼の上にのしかかり、小さな身体を組み敷いていた。

 全力で抵抗したのか、枕や布団は床に落ち、シーツは激しく乱れている。

 振り上げた男の手には、銀色のナイフ。

 

 私の存在に気がついたミーシャが、ハッとしたように全力で叫ぶ。


 「エリー!! ダメだ…………!! 逃げて……っ!! にげ…………っッッ」


 男が、その鋭いナイフを振り下ろした。

 月の光を反射しながら、銀色の光の軌跡が彼の胸元に吸い込まれる。

 のしかかられて押さえつけられた小さな身体が、痛みに悲鳴も出せずにビクンと跳ねた。


 「ミーシャっっっ!!!」

 

 私は全力で駆け出し、ミーシャと男の間に体をねじ込ませる。

 男も、刃物も目に入らない。ひたすらミーシャに縋り付く。

 服に広がるその赤に、全力で癒しをかけた。


 治せ……!! 癒やせ……!! 何のために私の力はある………!!!


 「……ぐ…ぅ……」

 

 腕の中の温かなミーシャが、わずかに身じろぎをする。


 生きてる……!! 治れ……!!!


 全力の癒しに、体力が瞬く間に減っていく。

 力が入らなくなってきた頃に、首元を強く掴まれた。


 「このガキ……っっ」


 驚きにしばらく呆然としていた男が、私をミーシャから引き剥がした。そのまま男の片腕に軽々と持ち上げられて、力一杯投げつけられる。


 強く、壁に叩きつけられ。体力も尽きかけていた私は、その衝撃に気を失って床に転がった。






 ケイフォード辺境伯の屋敷は襲撃を受け、一晩のうちに焼け落ちた。

 父である辺境伯と母である辺境伯夫人、屋敷で療養していたミーシャこと第三王子のミハイルは生死不明。

 辺境伯一人娘の私ことエリシア•ケイフォードはひとり生き残ったが、後ろ盾は無く、幼い上に女であることから、爵位を継ぐことは不可能と判断され遠縁の親戚に引き取られることとなった。

 それにより、ケイフォード辺境伯家は断絶となり、王政預かりとなる。

 同時に、王都でも第三王子ミハイルの母、第三王妃が体調不良により遠方へ療養に行くと発表されたが、真相は定かでは無い。

 

 王都では当初から、王や、第一王妃、第二王妃の勢力による国交断絶の隣国排斥の動きがあった事、第三王妃と第三王子並びにケイフォード辺境伯が隣国リデオケレストに近しかったこと、第三王子ミハイルの排除のために暗殺組織が動いたのではと噂された。

 成長し、魔力過多症を克服しつつあった魔力の高い第三王子ミハイルが、脅威となる前に暗殺されたかと一時騒然となったが、今はクリスナリス王国全土が荒んでいるため、必死に日々を生きる人々の頭からはあっという間に消え去った。


***


 「エリシアちゃん、怪我はどうかな?」

 「大丈夫です、ありがとうございます」


 ここは、衛兵詰所の医務室だ。

 ケイフォードのお屋敷が燃えて、ミーシャが刺されて。

 気がついたらここにいた。


 お屋敷は焼け落ちて、ケイフォード辺境伯家は無くなった。

 お父さま、お母さまは生死不明。

 ミーシャも、生死不明。

 生死不明と言っているけれど、亡くなったのだろう。


 何で私だけが生きているんだろう。

 何で、私だけが生きているんだろう。

 お父さまも、お母さまも、ミーシャも生きていないのに。


 ミーシャも、生きていないのに。


 だんだん元気になってきたのだ。

 やっと、元気になってきたのだ。

 ずっと、ずっと苦しんできたのに。

 動くことも話すこともできないくらい、苦しんできたのに。

 やっと、笑えるようになったのに。


 一瞬で、散らされてしまった。


 ミーシャの刺された瞬間が、頭から離れない。

 服に広がる真っ赤な彼の血が、頭から離れない。

 

 彼との思い出が、頭から離れない。




 壁に叩きつけられた怪我が治るまで、衛兵の医務室にいさせてもらえるらしいが、心が何にも動かない。

 食事をしても味がしないし、かなしいもさみしいもぼんやりしてて何も感じない。


 本当は私、あの時死んでしまったんだ。

 父と、母と、そしてミーシャと。

 一緒に死んでしまったんだ。

 赤い炎の中で、みんなと一緒に死んでしまったんだ。


 今いる私は、ただのぬけがら。

 空っぽの、動いているだけのただの人形。

 みんなと一生を終えた、死後の余生。


 いつか本当の死を迎えて、ミーシャが、両親が。笑って迎えにきてくれるまで。


 ただただ空っぽを抱えて生きていくのだ。

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