06 番外編1 ※ミハイル視点
僕は、ミハイル•クリスナリス。クリスナリス王国の第三王子だ。母、イヴァンナ•クリスナリスは、隣国リデオケレスト王国の第四王女で、僕は半分隣国の血を引いている。
僕は魔力が多く生まれついたようで、小さい頃から魔力過多症で身体が弱く、身動きができなかった。
身体は熱くて、息が苦しい。頭が痛くて気持ちも悪い。
頑張らないと声も出せないし、手を動かすことも瞼を開けることも億劫で、ほとんどの時間をベッドの上で過ごした。
朝も夜も時間の感覚はあまりないが、夜中が長くて辛いことは分かる。体調の悪さに眠るのは困難で、しかも夜中は症状が重いことが多かった。
僕に話しかけてくるのは、ほとんどが母上とケビンだ。
ケビンは母上の幼馴染で、母上が隣国から嫁ぐ際に、護衛騎士として一緒について来たようだった。
「ミーシャ、苦しいわね。大きくなったら治る病気だからそれまでの我慢なんだけど……」
母上は優しく話しかけながら頭をなでてくれた。
ひんやりとしたその手が大好きだった。
時々、王である父上や母が違う年上の兄たちが来ることもあったが、彼らはずっと寝込んでいる僕の様子に、落胆と嘲笑を隠さなかった。
「イヴァンナ。ミハイルがいつまでも寝込んでいるのは、お前の努力が足りないのではないか? こんなようでは王族失格だ」
「ずっと寝ているだけなんて、何て楽をしているんだろうね。私なんて朝から晩まで忙しいのに」
「兄上は何をされても優秀ですからね。寝ているだけの役立たずとは違いますよ」
魔力過多症は身体が大きくなるまではどうしようもない病気なのだが、僕のせいで母上までもが責められる。
隣国との情勢が悪化して立場が弱まってからは特に顕著で、日頃の鬱憤を晴らすように訪れては、一方的に、責め、嘲笑い、罵った。
身の危険を感じ始めた頃、僕の身を守りきれないと判断した母上が、僕を王都から離す決断をした。
母上の魔力属性は、希少な転移属性だ。
転移と言っても膨大な魔力を使うので、魔法を使えても一人から二人。しかも一度使えばしばらく使えない上に、自分にも使えない魔法だ。
母上はその転移魔法の扱いにくさをも利用して、僕の遠方への療養を勝ち取った。
「魔力過多症は成長するまで起き上がることも困難ですので、動けるようになるまで遠方の知人に預けて療養させますね。移動は身体に負担がかかりますので、私の転移魔法を使います。ですが、転移は一度にニ人までが限界ですので、ケビン以外の使用人は知人に手配していただきますわね」
誰が信用できるのかも分からない状況で、母上は同郷の幼馴染で護衛騎士のケビンに僕を託した。
そして、王都の何もかもをも振り切って、僕をケイフォードに送ってくれたのだ。
ケイフォード辺境伯領に来ても、僕は寝込むだけで特に何も変化は無いと思っていた。
母上が側にいないのは寂しかったし、母上を王都に残してきたことも心配だった。
けれど、寝込んでいるままの僕にできることは何もなく、熱さと頭痛に朦朧としながら息をするのに精一杯だった。
そんな時だった。
「殿下。私はケイフォード家の娘、エリシアと申します。ここで殿下のそばにいてもいいですか?」
鈴のような綺麗な声の女の子。
ぼんやりと、側にいても何も面白くもないだろうと思つつ何とか頷いた。
兄たちのように、具合の悪い僕を見て嘲笑いたいんだろうか……?
「私がお熱のときは、お母さまが手をにぎってくれるんです。殿下の手をにぎってもいいですか?」
僕を、心配してくれている……?
頷くと、汗を拭って額のタオルを替えてくれ、きゅっと僕の手を握ってくれた。
ひんやりとして気持ちの良い、小さな彼女の手。
母上と離れた寂しさと、知らない場所に来た心細さが一気に押し寄せて、その優しい手のひらに泣きたくなった。
「そういえば私、少し癒しの魔法がつかえるんです。殿下に魔法をかけてみたら少し楽になるかもしれないんですが、つかってみていいですか?」
癒しの魔法? と思う間もなく胸の辺りに両手を置かれ、強く、魔法が発動した。
気持ちの良い魔力に身体中を包まれて、温かさが身体に染み渡っていく。じわじわと痛みと重さが引いて、身体が軽くなる。
癒しの温かさに感動していると、ドサっと身体の上に女の子が倒れ込んできた。
「エリシア様……!」
驚いて目を開け、女の子を見る。
真っ青な顔色と、力無く閉じられた瞼と、脱力して動かない身体。
さっきまで、あんなに元気だったのに……!
バタバタとケビンや使用人が出入りし、緊迫した雰囲気で女の子が運ばれていく。
心配で目を閉じることができなかった。
「ケビン……あのこ……」
「大丈夫ですよ。エリシア様は強く魔法を使いすぎて体力を使い切ってしまったそうです。殿下を楽にして差し上げたかったのでしょう。優しい子です」
「たおれ……つらく、ない……?」
「こういう場合は、一晩ぐっすり休んだら、次の日は元気いっぱいですよ。心配でしょうが、殿下ももうお休みください」
母上とケビン以外で、初めて優しくしてくれた女の子。
優しいあの子が、苦しいのはいやだ。
あの子のことが心配で、力を振り絞ってケビンの袖を掴み声を出して聞いては見たが、途中で力尽きて意識が落ちた。
「おはようございます、殿下。エリシアです。一昨日はごめいわくをおかけして申し訳ありませんでした」
彼女が来てくれて、元気な様子にほっとする。それと同時に申し訳なさでいっぱいになった。
迷惑をかけたのは僕の方だ。僕が寝込んでいなくて元気だったら、彼女は癒しの魔法で倒れることもなかったんだ。
「もう大丈夫なので、今日はまず癒しの魔法をかけていいですか?」
一昨日倒れたのに、また魔法を使うのか……!?
青白い顔で、ぐったり動かない彼女の姿を思い出す。
頑張って全力で首を振って、目を開けて彼女を見て、何とか言葉を絞り出す。
「……いやだ。きみが、くるしいのは、いやだ」
「私、昨日お母さまと、いっぱい魔法のれんしゅうをしました! 魔力のちょうせいを覚えたので、もう大丈夫です! たおれません!」
これは、絶対引かない感じがする。しかも、彼女と問答をする体力も、僕には無い。
力の調整を覚えて倒れないと言う彼女の言葉を信じて、諦めて頷いた。
胸に置かれた両手から、彼女の魔法に包まれる。
一昨日よりは弱い感じだが、優しくて、温かくて、気持ちいい魔力が弱りきった身体に染み込んでくる。
嬉しいような、泣きたいような気持ちでいっぱいになった。
「今のは、おはようございますの癒しの魔法です。今日帰る時に、さようならまた明日の癒しをしますね。」
元気な彼女の声に安心して胸をなでおろしつつ、本日二回目の魔法もやるつもりなのかと少し呆れる。
何でこんなに優しくしてくれるんだろう。
ろくに話すことも動くこともできない病人なんて、放っておけばいいのに。
そう思いつつも繋がれた彼女の手が嬉しくて、ちょっとだけ力を入れて握り返した。
それから彼女は、毎日部屋に来てくれた。
おはようの癒しをかけて、手を繋いで一日を過ごし、さよならの癒しをかけて帰っていく。
繋がれた手の温度が嬉しくてくすぐったい。
本を読んでいるのか、パラリ、パラリと本のページを開く音が、静かな部屋に優しく響く。隣にいる彼女の気配に安心する。
時間感覚が無く苦しさに耐えるだけだった毎日が、少し暖かくて優しい時間になった気がした。
エリーは、僕のわがままを「そんなこと、全然わがままじゃないよ」と言いながらどんどん叶えていく。
食事は朝の体調に合わせて食べやすくなり、エリーは横で僕の手を握りながらずっと話をしてくれる。
癒しの魔法を使って、彼女の多くの時間を僕のために使ってくれる。
「私はお友だちがいないし、ひまじんだし、ミーシャと一緒にいるのが楽しいんだよ。ミーシャと私は友だちでしょ」
かわいそうとか、看病してあげるとかじゃなくて。
友だちだから、当たり前。
楽しい、一緒にいたい、と言ってくれる。
動けず寝込んでいるだけで、彼女に何も返せていない。
一方的にもらっているばかりの幸せな気持ちを、どう返していけばいいんだろう。
「殿下、エリシア様が眠ってしまわれたので、横に寝かせてよろしいでしょうか?」
僕は、こくりと頷いた。
いつも横で話してくれているエリーが、珍しく眠ってしまった。ずっと付き添って疲れているだろう彼女を僕の隣に寝かせてもらう。
離れない手と、エリーの体温。
僕は本能のまま重い身体で寝返りをし、エリーの肩に頬を寄せた。
ふわっとエリーの優しい魔力に、身体が包まれる。
魔法をかけてもらう時ほどではないが、ふんわり温かくて気持ちいい。
途切れずにずっと優しい癒しをかけてもらっている感覚で、僕はエリーにすり寄った。
「癒しの魔力が漏れているのかどうか、けんしょうしてみましょう。こんや一緒にミーシャと寝てみます!」
本能のままについ勢いで頷いてしまったが、夜一緒に寝るのはさすがにまずい。後から理性が働いた。
子供とはいえ、男女が同じ布団で眠るのは外聞が悪いし、エリーの将来にも関わってくる。
大人たちが止めてくれることを信じて、結論が出るまで悶々とした時間を過ごした。
「ミーシャ! 夜、一緒に寝て良いって! これでミーシャ、少しは楽になるかな!!?」
止めてくれ、大人たち……!!!
心の中で頭を抱える。
エリーが僕の布団に潜り込む。
乾いた大地が水で潤うように、長い闘病生活で疲弊しきった心と身体は染み入る癒しに抗えず、縋り付くように抱きしめる。
「わがまま、いって、ごめん……」
我慢できなくて、ごめん。
もらってばかりで、ごめん。
何もできないくせに、エリーの明るい未来まで足を引っ張って、ごめん。
これからエリーに起こるすべては、僕が責任とるから。
ぜんぶぜんぶ、僕が、責任とるから。
強く、強く誓いながら、エリーの魔力と体温に包まれて優しい夜を過ごした。
窓から入る日差しに明るく照らされた部屋の中、エリーは僕と同じベッドの上、身体を起こして隣に座りその姿勢で本を読む。
「エリー……いやだったら、えんりょ、しない、はなれて……」
「それはこっちのセリフだよ。私は全然かまわないから、えんりょせずに楽な体勢でくっついて」
全て「いいよ」と返事が返ってくるエリーに、僕の理性は全敗だ。体調が悪いとはいえ、行儀悪くエリーの腰に腕を回し寝転がりながらうつ伏せる。エリーのお腹に顔を埋める姿勢が一番楽で気持ち良い。
ふわふわと癒されながら感じるエリーの体温と、トクトクと鳴る優しい鼓動が泣きそうなほど安心する。
もうエリーの全ては責任を持つと、抗うことを諦めた。
穏やかなケイフォードに、柔らかな風が吹き抜ける。
朝も夜もほとんどの時間を一緒に過ごすエリー。
長い、白に近いプラチナブロンドが風にたなびいて、ローズパープルの瞳がいつもその生命力にキラキラ輝いている。
ケビンに、優しいエリーの両親。
ニコニコしてる使用人たち。
庭園に出て、青い空と鮮やかな花、瑞々しい色彩が目に入る。
車椅子で。
自分の足で。
ずっと伏せっていた時には夢に見るばかりで、現実になるとは想像もつかなかった景色だ。
僕が、嬉しくて、楽しくて、感動する時には、いつも隣にエリーがいる。
離れることなんて考えられない。
エリーの手を強めにぎゅっと握り返した。




