04 わがまま
瞼の向こうから明るい光を感じる。
すぐ隣からは、少し早くて苦しそうな呼吸音。それでも、いつもよりは少しだけ穏やかだ。
ゆっくり瞼を開けると、柔らかな金色が目に入った。
「ミーシャ、おはよ」
小さな小さな声で、内緒話をするようにミーシャに話しかけてみる。
「……おはよ」
ミーシャから、小さなささやき声で挨拶が返ってくる。
「ぐあいはどう? いつもと変わらない? いつもよりちょっとは良い?」
漏れ出る癒しの魔力は、果たして効果はあったんだろうか?
「いつも、より、らく……」
頷きだけではなく、ポツリポツリと言葉を返してくれるほどには、体調が良いのかもしれない。
「きもちい……」
ミーシャはごそごそと、私の胸に頬をすり寄せた。
「あー……、検証の結果、殿下の体調はいつもより良いと……」
「そのようですね……」
「いた仕方ないかと……」
漏れ出る癒しの効果を目の当たりにした大人たちは、頭の痛そうな顔をしたが、私はいつも苦しそうな友だちを少しでも楽にできる方法を見つけてご満悦だ。
私さえ良ければと言うことで、毎晩でもミーシャと一緒に眠る権利を勝ち取った。
出来るだけくっついている方が楽だと言うので、昼間起きている間もベッドの上でミーシャの隣にいて良いことになった。
ミーシャと同じベッドの上、身体を起こしてミーシャの隣に座り、その体勢で本を音読する。
「エリー……いやだったら、えんりょ、しない、はなれて……」
そう言いつつ、寝転がりながら私の腰に抱きついてお腹に顔を埋めるミーシャに説得力はない。
どうやらミーシャの反応を見ていると、魔力をつくる器官がある胸に近い方が、魔力が多く漏れているようだ。
すごい体勢だなと思うが、大きくなるまで具合の悪さに耐えなければならないんだし、もう楽な体勢で過ごせばいいと思う。
ミーシャと朝から晩まで同じベッドで過ごしているうちに、私とミーシャは6歳になった。
少しだけ身体が大きくなったミーシャは、常日頃漏れ出る魔力に癒されているせいか、一週間のうち二日ほどは熱こそ下がりきらないものの身体を起こして過ごせるようになっていた。
「おはよう、ミーシャ。今日は調子が良さそうね。おはようの癒しをかけるね」
「いつもありがとう。お願いしていいかな」
ベッドの上で起き上がっているミーシャに癒しの魔法をかける。少しだけ元気な日が増え、目を開けていられることが増えた今だから気がついたのだが、癒しをかけている間、ミーシャの碧い瞳に虹色が混じるのだ。
「ふぅ、癒しの魔法おわり。魔法を使っている間、ミーシャの目が虹色になるの、すごくキレイね」
「エリーの癒しは、かけると目の色が変わるのかな?」
「ミーシャ以外を癒しても目の色は変わらなかったわ」
ふたりで首をかしげる。
「もしかしたら、殿下は多くの魔力属性を持っているからかもしれませんね」
ケビンが教えてくれた。
「魔力、ぞくせい……?」
「ええ。エリシア様の魔力属性は癒しです。希少なんですよ。私の属性は、風と水ですね」
おお! 魔法には生まれながらの属性があるのか! 自分が癒しの魔法が使えることしか知らなかった。
そもそも癒しの魔法自体も、ミーシャに出会わなければそんなに使う機会がなかったはずだ。
「殿下はまだ正確には調べられませんが、沢山の属性をお持ちのはずです。それが癒しの魔法に反応しているのかもしれませんね」
「どうしても知りたいわけじゃないんだけど、なぜミーシャの属性は調べられないの?」
「魔力過多症で伏せっている時に、魔法を使って体力を減らすと命に関わりますからね」
そういうことか! 具合が悪い時に、体力減らせないもんね!
「こんなに。魔力も属性も、いらなかったのにな……」
自分の手を見ながら、ミーシャがポツリとこぼす。
ミーシャが沢山の魔力を持って生まれなければ、魔力過多症になって苦しむこともなく、小さい頃から元気に走り回れたはずだった。まだ、週の多くは高い熱で寝込むのだ。
「ぐあいが悪い時は、私にくっついていればいいじゃない」
ぎゅっとミーシャを抱きしめる。
「……うん……」
ミーシャは、はにかみながら胸に頬をすり寄せた。
ミーシャと過ごす日々が過ぎるほど、ミーシャの元気な時間が増えていく。まだまだ高熱で寝込む時間は長いけれど、時々とても調子が良い日は、車椅子でお庭に行くこともできるようになっていた。
「やっぱり外は、空気が違うね。気持ちいい……」
晴れた高い青空に、木々の間をすり抜けて花を揺らしながら通りすぎる優しい風。
ミーシャは、大きく深呼吸をしながら滅多に出られない外の空気を体感しているようだった。
庭師に頼んで、青いお花と赤紫のお花を分けてもらう。
「ミーシャ!」
車椅子に座るミーシャに駆け寄って、髪にお花を差し込んで飾る。
「ミーシャに似合うと思ったんだ! ミーシャはとてもキレイだから」
元気なミーシャは、天使のようにキレイだ。
風にたなびく、肩まで伸びた金色の髪。陽の光を反射してキラキラしている。
いつも熱で赤い頬は、今日は健康的に色づいている。
最近よく見ることができるその深く澄んだ碧い瞳は、今は優しく細められていた。
チョイチョイと手招きされ、ミーシャに顔を寄せる。
「僕は男だから。ほら、エリーの方がキレイだ」
青と赤紫の花のうち、青い方を髪に飾られる。
「エリーの白に近い銀色の髪に、とても似合うと思ったんだ。エリーの髪は、ケイフォードの色。ここに来て、エリーに出会えて良かった」
ミーシャが恥ずかしいセリフを言っていると思う気持ちと、ケイフォードを好きになってもらえて嬉しい気持ちと、苦しいだけの彼の人生で、出会えて良かったと思ってもらえて感無量な気持ちで、ぐちゃぐちゃになり泣きそうになる。
胸がいっぱいで言葉にならなくて、とりあえずミーシャをぎゅうっと抱きしめた。
ミーシャも、私の背中に回した腕にきゅっと力を入れて、胸に頬をすり寄せる。
「いつも、本当にありがとう。エリー」
翌日、案の定高熱が出て、ミーシャはベッドに寝転がりながら私のお腹に顔を埋める。
熱に浮かされはふはふしながら、ミーシャがポツリと呟いた。
「エリーは、ぼくが、せきにん……とるから……」
「はいはい、よくわからないけどありがとう」
力の入らない腕できゅっとしがみついてくるミーシャの頭をぐりぐりとなでた。
ミーシャが私のお腹の上に頭を乗せてすごい体勢で眠った後、ケビンが苦笑しながらお茶を渡してくれる。
「エリシア様。いつもありがとうございます」
「私が好きでやっていることなので、気にしないでください」
私はミーシャと過ごす時間が大好きだ。
今もミーシャは熱が高くてはふはふと呼吸をしている。身体の成長と共に、少しずつ食事量も元気な時間も増えてはいるが、苦しい時間はまだまだ長い。
「殿下は、生まれた頃から魔力過多症で、ずっとベッドの上で苦しまれてきました」
ケビンが昔を思い出すように、遠い目をして話はじめる。
「王宮でもお母上のイヴァンナ様以外は殿下に興味を持たれることもなく、王もご兄妹も高熱で寝込む小さな殿下に、心無い言葉を言われることもありました」
そして、それはミーシャにも聞こえていたのだろう。
声を出せないくらい具合が悪い時も、話しかければ反応してくれていた。
「魔力過多症は、魔力も魔力属性も多い証です。成長して魔力が身体に馴染めば、強い魔法を使えます。それがなくとも、殿下はとても聡明です」
ミーシャが賢いのは話していてよくわかる。長い時間伏せっていたはずなのに、受け答えのひとつひとつに賢さを感じる。
「殿下はお優しい方で、身体も弱く寝込んで迷惑をかけていると、いつも申し訳なく思われていました。周りに気を使い、遠慮し、我儘なんて言われたこともありません」
私は、ケビンの話を聞きながら、ミーシャの手を握り、お腹の上にある頭を優しくなでた。
ずっと病気に耐えて頑張ってきたミーシャを、甘やかしたくて仕方がない。
「そんな殿下が、エリシア様にだけは甘えて我儘を言うんです」
「へ…………?」
突然私の話になって、びっくりして変な声が出た。
ケビンは、お腹の上のすごい体勢で眠っているミーシャを見ながら、先程と変わって嬉しそうな顔をしている。
「ふっ、まさか殿下が、エリシア様に甘えてくっついて、こんな体勢でお休みになるなんて……ふふっ……あの頃からは考えられない事で……ふふふっ」
笑い始めてしまった。よくわからないが、もうミーシャが甘えて我儘を言えて、ケビンが楽しいのなら良いのではないか。
ミーシャがくっつくのは癒しの魔力が漏れているからであって、それで少しでも楽になるのなら私は全然構わないし、なんなら我儘だとも思っていない。
震えながら笑い続けるケビンに、何だか釈然としない気持ちのまま、ミーシャの頭をぐしゃぐしゃとなで続けた。




