03 漏れ出る魔力
ミーシャとお話しできた日は、本当に時々しか来ない奇跡の日だったようだった。
翌日はまた熱が上がり、瞼を閉じたまま汗ばんだ赤い頬と苦しげな息遣いで、声を出せるような状態ではなかった。
昨日のお話できたミーシャを思い出してその落差に泣きそうになったが、一番苦しいのはミーシャだと思い直していつも通りにご挨拶する。
何て言ったって、今日からはミーシャのお食事係という大切なお役目を果たさなければならないのだ。
「ミーシャ、おはよう。昨日はたくさんお話してくれてありがとう、楽しかったね。おはようの癒しの魔法をかけるね」
いつものように、ミーシャの胸にお布団の上から両手を当てて、癒しの魔法を使う。
ミーシャの口元が、少しだけ笑った気がした。
「ミーシャ。今日のお食事は、薄いのと濃いのと甘いの、どれが食べやすい?」
「……うすい」
ポツリと、答えてくれた。
頑張って話してくれたミーシャの頭を、そっとなでる。
「薄い味ね、わかったわ。答えてくれてありがとう。厨房につたえてくるね」
その日の朝食は、いつもより少しだけ多く食べてくれた気がすると、ケビンが言っていた。
今まではベッドの横で、ミーシャと手を繋ぎながら本を読んで過ごしていたが、お話して欲しいと教えてもらったので彼の横で話しかける。
「ミーシャ、今日はよく晴れていて良いお天気だよ。青い空に雲が少しあるよ。あの雲はねこさんみたい」
そのあと、ひとつずつ雲の形を例えていく。
「ミーシャはお花や動物を見たことがあるかな。元気になって動けるようになったら、一緒にお屋敷のお庭に行こうね。今は青いお花と赤紫のお花がいっぱい咲いてキレイだよ」
それから、今日の私の朝食のメニューや、好き嫌い、お父さまやお母さまのこと、お屋敷の近しい使用人のこと。思いつくことをひとつずつ話していく。
「ミーシャ、たくさんお話してるけど、うるかさったり疲れたりしない? このままお話してて大丈夫?」
はふはふしながら、小さくこくりと頷かれる。
話す内容が無くなってきたら、持ってきた本を読むことにする。本の文字やそのページの挿絵のこと、ストーリーひとつずつの私の感想も添えて、時間をかけて読んでいった。
二冊目の本を読んでいる途中で、ミーシャの荒い呼吸が少し変わり、眠っている感じがした。
「ミーシャ、寝てる……?」
そっと話しかけたが反応が無いし、握った手からも力が抜けている。
少し開いた窓から風が入り、ゆっくりとカーテンを揺らす。
音読は少しお休みして、私は声を出さずに本を読み始めた。
癒しの魔法とお食事係をしながら、お話と本の音読をして毎日を過ごす。
今日のお天気やお庭の様子。お父さまやお母さま、使用人やお屋敷の様子。ご飯や服や、好きなものの話。
ミーシャに聞いて欲しい大好きな本を机の上に山積みにし、新しい本もたくさん探した。彼のお部屋の本棚は、私が持ってきた本でいっぱいになった。
それでも、本の内容をすっかり覚えるほど何度も何度も読み返した。
本に飽きたら、私の空想のお話も作った。
もはやレパートリーもたくさんある。
お気に入りはミーシャと私を模した、王子様と貴族の娘のお話だ。身体の弱かった王子様が、強く大きくなって幸せに暮らすお話。
彼が眠ったらお話をやめて、起きたらまた話始める。
ミーシャは目が覚めたら繋いだ手をくんっと小さく動かして、起きた合図をしてくれる。
そしたら、おはようの挨拶をしてまた話始めるのだ。
* * *
ミーシャがお屋敷のお庭で走っていて、向こうで私を呼んでいる。
ああ、これは夢だな、と思った。
ミーシャは、走るどころか、歩くことも立つことさえできない。
駆けていくミーシャの金髪が風に揺れ、満面の笑顔で普通の男の子のように身体を動かす。
本物のミーシャも早く元気になれればいいのにな、と眩しい光景を見つめながら、夢の中のミーシャから差し出された手をぎゅっと握った。
瞼を開けると、私はベッドに寝かされていた。
ミーシャの高い体温でお布団は温かく、すぐ隣からミーシャの荒い息遣いが聞こえる。私の手の中には、ミーシャの熱くて汗ばんだ手。
「………………っっっ!!!???」
何で私は、具合の悪いミーシャと同じベッドで寝ているの…………!!?
慌てて起きようとすると、体温の高いミーシャが力の入らない身体で、縋り付くように抱きついてくる。
「ミーシャ…………!!?」
「……エリーに、くっつくと……まほう、つかってる、みたい……きもちい……」
「えぇ……? ぎゅーってすると、癒しの魔法をかけてる時みたいに、少し楽になるの?」
小さくこくりと頷くミーシャ。
「おはようございます、エリシア様。……これはまた、面白いことになっていますね」
微笑ましいものを見るように、ケビンが縋り付かれた私を見る。
「エリシア様は、本を読まれたまま眠ってしまったので、殿下に許可を取って隣で横になっててもらったのですが……」
私が眠ってしまったから、ミーシャの横に寝かされた。百歩譲って、それはいいけど……!
「ケビンさん。ミーシャが、私にくっついていると癒しの魔法を使われているみたいに身体が楽になると言うんです」
戸惑いながら、ケビンに今の状況を説明する。
ケビンも少し驚きながら、顎に手を当て思考する。
「炎の魔力や氷の魔力を持っている人が、魔力が漏れ出て周囲が暖かかったり冷たかったりすることがあると言う話を聞いたことがあります。もしかして、エリシア様の癒しの魔力が漏れ出ていて、触れていると癒されるとか……」
「癒しの魔力が漏れていて、私にくっついていると癒される……」
ぎゅっと抱きついているミーシャのつむじを、じっと見つめる。
「本当かどうか、けんしょうしてみましょう。こんや一緒にミーシャと寝てみます」
抱きついたまま、ミーシャがこくりと頷いた。
抱きついたまま離れないミーシャを、癒しの魔法をかけて引き剥がしたあと、ケビンと一緒にお父さまとお母さまの所へ行った。
「……と言うことで、私、今夜ミーシャと一緒のベッドで寝たいのですが……!!」
お父さまもお母さまも、ケビンまで複雑な顔をする。
「婚約者でもない男女が同衾とは……いや、婚約者同士でもダメなんだが……」
「でも、5歳児同士なら、微笑ましい子供の添い寝で通せないかしら……」
「殿下の療養目的で滞在していて、あの良いとは言えない重い病状を少しでも軽減出来るなら……」
大人たちが大人の事情を一生懸命話し合っている。
私は、ミーシャの友だちで、ミーシャの味方だ。
「オトナのていさいと、ミーシャの健康! どちらを優先するの……!?」
その夜、権利を勝ち取った私は、ミーシャのお部屋のミーシャのベッドで、彼と一緒に眠った。
はふはふしながら高い体温で、ぴったりとくっついてきたミーシャが
「わがまま、いって、ごめん……」
と小さく謝ってきた。
私は、小さい声で「いいよ」と言って、しんどそうなミーシャの頭をなでながら眠りについた。




