29 最終話
解放軍の人達から少しだけ離れて、ミーシャの返り血に染まった鎧と服を脱がし、簡易的な椅子に座らせて怪我の確認をする。細かい傷やあざ、火傷はあるが、大きな怪我は無いようでほっとする。
先ほどから悶々とした顔をしているミーシャが、ボソリと話しだす。
「エリー。さっきは、ナザーレがごめん」
ミーシャのスラリとした鍛えられた身体に、指先で触れて癒しをかけながら、言葉を返す。
「私は大丈夫だよ。ナザーレ様も悪気は無いんだし、気にしないで」
「それでも、こんな大規模戦闘の前線なんて、わざわざ見せたくなかったのに……」
下を向いて落ち込むミーシャを胸元に抱き寄せる。
「ほら、落ち込まないで。大きな戦いに勝てたんだし、味方に被害も少なくて良かったじゃない。ここは喜ぶ所だよ!」
腰に回されたミーシャの腕に、きゅっと力が込もる。
ミーシャがすりっと頬をすり寄せた後、パッと私から顔を離した。
「エリーも沢山癒して疲れてるのに、うだうだ言ってごめん! 切り替えたから、もう大丈夫!!」
うん、良かった。
ちょっと安心して、ミーシャの左肩と胸の間の古傷に癒しをかけて、最後の仕上げに全身を癒しの魔力で包む。
「ありがとう、エリーも癒すね。先に言っておくけど、汗や血の匂いがしたらごめん」
椅子から立ったミーシャに、今度は私が抱き込まれる。ミーシャは治療していたから上半身裸のままで、肌の直接的な感触に、ひぇっと心臓が飛び跳ねる。
そのまま、ミーシャの温かい癒しの魔力に包まれた。
大規模戦闘の後始末が落ち着いた後、最短ルートでボーヴィン伯爵領を抜ける。王政派は最初の大規模戦闘に全力を費やしたのか、その後襲ってくる様子は見られなかった。
中立派の領地を抜け、午前の早い時間に中央の拠点に辿り着くと、既に南の解放軍とリデオケレストの援軍が到着していた。
南の解放軍も一度、第一王妃のワイズミラー公爵領で大規模な戦闘があったようだが、リデオケレストの大軍に助けられ被害は少ないようだった。
リデオケレスト軍は約束通り、ミーシャの伯父、ナタニエル・リデオケレスト第二王子が直々に率いて来てくれたらしい。
北の解放軍が、中央の拠点アーヴァイン侯爵領に到着した後、昼食を挟んで早々に、解放軍、南北中央を合わせた大会議を行う。
王都の隣の領地、アーヴァイン侯爵領に解放軍全軍が集まったこの状態を、王政派が放っておくわけがない。全軍武装状態を維持したまま、手早く最終打ち合わせをした。
「各所、戦闘体制を維持したまま警戒を続けてくれ。明日の日の出を待って、王都へ侵攻する。南北中央、軍の編成はそのままで、先陣は俺と北が切る。南とリデオケレスト軍はそのまま一緒に行動し、中央と共に前方以外の攻撃に備えてくれ」
そして、その深夜。事態は急激に動き出した。
「伝令!! アーヴァイン領北方より、王政派が大軍にて侵攻中!!」
「南からも大軍が攻めて来ます!!」
「挟み撃ちかよ……!! 南北共に移動中の大規模戦闘が1回きりだったのは、このタイミングを狙っていたということか……!!」
急ぎ南北中央の幹部が集められ、手早く対策が練られた。
「王都の守りも含めると、兵の数は3分割されているということだ。こちらも慌てずに対処する。北からの侵攻は中央が対応。南からの侵攻は、南とリデオケレスト軍で。俺と北は予定通り、これから王都を落としに行く!!」
「北からの侵攻は中央に任せてくれ。我らの領地、地の利は我らにあるから負けはせぬよ」
「南の軍勢は、我らリデオケレスト軍と南に任せてもらおう。本当は王都を落として我らが恨みを晴らしたい所だが、ミハイルに華を持たそう」
アーヴァイン侯爵達とリデオケレスト第二王子達、それぞれ顔を合わせてお互いの動きを確認しつつ、足早にそれぞれの戦地に出発した。
王都をぐるりと囲む城壁の正面にある分厚い門は、固く閉ざされている。
その頑丈そうな城壁も、城門も。ミーシャの強大な魔法の前では役目を果たすことは無い。
ミーシャが右手を上げて、魔力を解放する。
みるみる間に大きな岩が作り上げられ、スピードを出して城門を撃ち抜いた。
ドゴオオォン、と真夜中の王都に轟音が響き渡る。
ミーシャは手を振って大岩を土塊に戻した後、突撃の号令を下した。
『私は、クリスナリス王国第三王子、ミハイル•クリスナリスである。これから王都を解放軍が押し通る。王都の民は扉を固く閉ざして、家の奥から出てこぬように』
ミーシャが、風の魔法を使って、王都中にその声を響かせる。
先陣を切りながら、次々と現れる王政派の兵を風の刃で迎え撃ち、魔法から逃れた兵や横の路地から現れた兵は手早く剣で切り払い、王城へ一直線に向かって行く。
ミーシャの活躍によりさほど怪我人は出ていないが、私達治療師チームは怪我人の傷口を確認する間も無く、鎧の上から力技で癒していった。
「陛下達や殿下達が避難する時間を稼げっっ!!」
王城の騎士達が最後の抵抗をする。解放軍側の貴族は王城から撤退しているし、中立派にも警告を出してある。
ここに残っているのは、ほとんどが王政派の騎士ばかりだ。
「久々に、父上や兄上達とお会いしたかったのに。まあ、贅沢と享楽で緩んだ奴らには、俺の前に姿を見せられるような根性は無いと思っていたけど」
ミーシャが剣に付いた血糊を振り払う。
王城は、ほぼ解放軍が制圧した。
「王族は皆逃げたようですが、捜索しますか?」
「必要無い。ひとつだけ逃げ道を残しておいたから、そこを使っているはずだ。奴らの引き渡しはリデオケレストとの約束だから、そのままくれてやれ。俺には必要ない」
王城を制圧した頃、アーヴァイン侯爵領の王政派による南北の侵攻も決着が付いていた。
これにより解放軍は完全勝利を収め、これからのクリスナリス王国は、少年王ミハイルが収めることとなった。
* * *
クリスナリス王国の歴史に残る一夜は明けて、朝日と共に新しい朝を迎えた。
王城と王都に残る旧王政派は片端から捕らえられ、新王政を回すため、解放軍と中立派より人員が王城に召集された。
新王政は解放軍幹部が中心となり、ミーシャと共に新しい組織を形作っていく。
旧王政派と戦う必要が無くなった為、べナレリス王国の侵攻を防いでいるクァントレル辺境伯領を除き、自領の自衛以外の戦力は王城に集められ、新たに騎士団が設立された。
解放軍と共に戦ったリデオケレスト軍は、第二王子の指揮の元、一週間ほど復興と再建を手助けし、同盟を結んだ後に隣国に帰って行った。
新国王ミハイルと王妃予定の私は、半分リデオケレストの血を引いており、兄弟国のように付き合っていくこととなるのだろう。
解放軍の手から逃れた旧王族達は、リデオケレスト王国に亡命しようとしたが、国境を超えた辺りで発見され捉えられたという。そのまま身柄はリデオケレスト預かりとなり、彼の国の法の元裁かれることとなった。
クリスナリス王国の王族という身分を無くした彼らに待っているのは、リデオケレスト第4王女殺害の罪と、その息子ミハイルの殺人未遂だ。ケイフォードや彼らの政治に苦しめられたクリスナリスの民の分も、内々に上乗せしてくれるに違いない。
旧王政派が使い潰した国庫は正常に運営できる状態には程遠く「解放軍での生活に皆慣れているだろう」ということで、落ち着くまでは質素な食事に支給服のような服装で、節約しながら新王政を回すこととなった。
旧王政派は元々民の間でも評判が良くなかったので、流しておいた『英雄の王子』と『聖女』の噂は瞬く間に広がっていた。英雄の王子が少年王に、聖女がゆくゆくは王妃になるという事実に、新体制への期待と共に民の人気は鰻登りだ。
やがて、どこからか『英雄と聖女』ふたりの運命的な出会いと人生が絵本となり、広くクリスナリスに浸透していった。
* * *
あるところに、身体の弱い王子様がいました。
子供の身体には余りある大きな魔力を持って病気で苦しむ王子様は、辺境の地で療養することになりました。
そこで癒しのチカラを持つ同じ歳の貴族の娘と出会い、友だちとして平和な日々を過ごしました。
何年かをともに過ごし成長とともに少しずつ王子様の身体が強くなってきたころ、王子様は彼を邪魔に思う悪い王様と兄王子たちから命を狙われました。
屋敷に火をつけられて、刃物を振りかざされて。
王子様は大怪我をしましたが、癒しのチカラを持っていた娘の魔法で命をとりとめました。
生き残った王子様は身を隠し、娘は乱暴な義父に引き取られ、ふたりは離れ離れになってしまいましたが、病気を克服した王子様は剣も魔法も強くなり、荒れた国を救うために立ち上がりました。
王子様と娘は再会を果たし、王子様は『英雄』、癒しのチカラを持つ娘は『聖女』となり、悪い王様と兄王子たちを打ち倒しました。
そして、英雄の王子様と聖女の娘は王様と王妃様となり、国を豊かにしながら、幸せにすごしました。




