28 大規模戦闘
クァントレルに到着してから3日目。この日からは4日後に控えた中央の拠点への出発に向けて、会議や打ち合わせ、細々とした準備が始まった。
この先、北の解放軍は中央の拠点へ出発する。
中央から北へ来た時と同じく、国王の実母、王太后の実家のボーヴィン伯爵領の大領地を横断する必要があり、中央の拠点への合流を止めたい王政派との大軍同士の衝突となる。
その為、大人数の移動準備と共に大規模な戦闘準備や色々なパターンを想定した作戦会議等、やる事は盛り沢山だ。
まずは、各部署リーダー達との会議が行われた。
北の解放軍は、べナレリス王国との小競り合いに備えて一部だけ辺境伯領に残るが、残りは王政派との最終決戦に備えて全て中央へ向かう予定だ。
クァントレルに残るのは、辺境伯嫡男でナザーレの兄、ベアディ・クァントレルと一部の戦士達、スジェンカをはじめとする北の治療師達数人だ。
ボーヴィン伯爵領を横断する経路としては、基本的には平地かつ草原だ。見晴らしが良い場所を選んで通るので、王政派の奇襲や気付かないうちに回り込まれる等の心配は無いだろう。
そうなると、やはり正面衝突の可能性が高いので、ミーシャの大規模な魔法と北の屈強な戦士達で正面から迎え撃つこととなる。
ミーシャは最前線、治療師達が後衛なのは変わらない。
中央までの大まかな経路と想定させる戦闘の流れを打ち合わせたら、あとは各部署の細かい準備の確認だ。
戦士達の武器や鎧等、装備品やその予備、治療師達の薬等大まかな確認をして、あとは各部署で作戦と準備を詰めることとなる。
北の拠点の診療所に戻ると、治療師達と共に大規模戦闘のお互いの動きを打ち合わせる。
魔力少なめの治療師達は軽傷者担当、私を含めた魔力強めの者達は重症者担当だ。
それ以外の治療師チームの動きは基本的に変更はなく、治療師チームの護衛担当の戦士達が怪我人を運び込み、私達は片っ端から治療するのだ。
残りの日にちは、ひたすらに個人用の肩からかける薬バッグや、この時の為に集められた大量の薬、包帯、その他医療用品を、ラベルをつけて集めて並べて詰め込んだ。
あっという間に出発の日がやって来て、ミーシャ、ナザーレ、クァントレル辺境伯を先頭に、中央の拠点に向けて北の解放軍が移動を開始した。
ボーヴィン伯爵領までの道のりには、北の解放軍に属する子爵領、男爵領があり、経由しつつそれぞれの兵を合流させる。
そして昼食後、ボーヴィン伯爵領に差しかかり、待ち構えていたように王政派の大軍が視界いっぱいに広がっていた。
「戦闘準備! 作戦通りに!!」
打ち合わせ通りにスムーズに戦士達が配置につき、ミーシャが大規模魔法で先制攻撃をした。
ミーシャが片手を上げて手先に膨大な魔力を集める。
ヒヤリとした冷気が集まり、片手が振り下ろされた瞬間、バキバキバキッという音と共に、王政派の軍勢の前に厚くて高い氷の壁が地面から生えた。
王政派の前半分を囲うように展開された氷の壁は、正面の真ん中だけ隙間が空いている。
そこから雪崩れ込んで来た王政派の兵を片っ端から迎え撃つのが北の戦士達の役割だ。
氷の壁の前で切り結んでいる間にも、ミーシャが更に氷の壁の向こうへ大規模魔法を打ち込んでいく。
乱戦になって来ると大規模魔法では味方を傷つける恐れがあるので、使用できるのは最初のタイミングだけだ。
ミーシャは、今度は大きな炎を展開し、細かく分けては捻り、上空一面に細い炎の槍を作り上げる。
その大量の炎の槍を、氷の壁の奥へ叩き込んだ。
王政派の悲鳴を聞きながら、ミーシャは改めて氷の壁を強化する。壁の奥で生き残った王政派達は、炎で部分的に溶けた氷の壁が地面に流れ、ぬかるんだ足場に動きが鈍くなる。
ドッカンドッカンと前線から聞こえるミーシャの大規模魔法の音を聞きながら、後衛の私達は運ばれてくる怪我人の治療に明け暮れた。
軽傷者は魔力少なめの治療師チームの場所へ運ばれ、少しの癒しの魔法と共に薬やら包帯やらで手当を受け、前線に戻って行った。
「エリシアちゃん、まずこっち!!」
治療師チーム護衛の戦士達に連れてこられ、鎧と服を脱がされた重症者を片っ端から治療していく。私は魔力が多くて処置も早いので、重症者を最初に診察して途中まで魔法で治して、後は他の治療師達にバトンタッチする役目だ。
「刃物での切り傷、右肩から胸、骨は平気、肺に少し」
「腹部の切り傷、内臓損傷」
右手に魔力を集め、内臓、骨、肉と接合していく。私が深い箇所を治した後は、他の治療師が大まかに傷を塞ぎ、薬と包帯等で手当てをし、動きや体力的に問題が無いようなら前線へ戻る。
手当てをした重症者達は「……!? 身体も軽くて、動くのに何の問題も無いですね……!?? これは凄い、前線へ戻ります!!」と言って、ほとんどが戦闘に戻って行った。
どれだけひっきりなしに癒しても、ロルカトルの最下層、ダルドの診療所で朝から晩まで癒した数を超える事は無く、今だにあの場所での経験ひとつひとつに支えられていて、ちょっとだけ悔しくなる。
時折そんな事を考えながらも癒し続け、日が暮れて暗くなってきた来た頃に、一際大きな炎の光が空を照らした後、仲間達の大きな歓声が広がった。
大規模戦闘の勝利にほっとしつつも、まだまだ運び込まれる怪我人を治療し続ける。手がけた重症者はほとんどが戦闘に戻っており、自軍の犠牲者の少なさに胸を撫で下ろす。
「治療師チーム、凄い活躍だったじゃないか……!! おかげでほとんど味方の被害が無いよ……!! 俺もあの傷が治るとは思わなかった、本当にありがとう!! 手伝うよ」
今日治療した、重症だった戦士達が次々と集まり、残りの怪我人の治療を手伝ってくれる。「さすが聖女だ」「聖女、すげえな」と、そこかしこから聞こえるのがちょっとだけ恥ずかしい。
治療は私達の役割で仕事だし、ずっと戦闘をこなして大怪我までして、更に治療後も戦い続けたのだから、勝ったのならば休んでいればいいのに。そう思いつつも、彼らの気遣いをありがたく受け取りながら残りの怪我人を癒し続けた。
「エリシア、こっちはもう良いから、殿下の治療に行っておいで」
デイジーに送り出されて、居場所を周りに聞きつつミーシャを探す。
人数の多い中、うろうろとミーシャを探していると、視界の端にナザーレを見かけたので、声をかけてみる。
「お!? エリシアちゃん!! お疲れ様だったな、聖女の肩書に恥じない活躍だったみたいじゃないか!! 重症者が片っ端から前線に戻ってきて、ビックリだったぜ!!」
「ありがとうございます、ナザーレ様もご無事で何よりでした。……あれ? ナザーレ様、怪我してません?」
元気に話しかけて来たナザーレの左の二の腕が、返り血とは言い難い赤に濡れている。
「ちょっとした傷だから、舐めときゃ治るって」
「舐めておけば治るような出血じゃないですよ。診せてください」
腕部分の鎧を外して、服を肩口までたくしあげる。パックリとした傷口から、まだ血が流れ続けていた。
ナザーレが気まずそうに横を向く。
「結構な怪我じゃないですか。治しますね」
「でも、エリシアちゃんも疲れてるだろ」
「仕事ですし、体力的にも問題ないんで」
指先に魔力を集めて傷の奥を塞ぎ、二の腕全体をを大まかに癒す。肩かけカバンから薬とガーゼ、包帯を取り出し、サクッと手当をした。
「おお……!? すげえ……!! あっという間に傷が治った……!!」
「エリシアちゃんの魔力あったけえ! さすが聖女!!」とテンション高く大喜びするナザーレに、ミーシャの居場所を聞いてみる。
「ミーシャの怪我も確認したいんですけど、今どこにいるのかご存知ですか?」
「ミハイル探してんのか? 連れてってやるよ」
ナザーレに手を引かれて、前線だっただろう場所に一緒に向かった。
日が落ちてきて、辺りが闇に包まれ始める。今日は少し曇っていて、月や星も広がる雲に隠れていた。
王政派がいた辺りにはまだ煙が立ち上っており、湿った土の匂いに混じって、少し焦げた匂いと血の匂いが鼻についた。
その中をランプの灯りひとつを頼りに、ナザーレに手を引かれて前線だった場所に辿り着く。
「ミハイル!! エリシアちゃんがお前を探してたから連れて来たぞ!!」
その声に気がついたミーシャが、こちらに駆けてくる。
そして、私の手を握っていたナザーレの手を払って、片手で私を抱き込んだ。
「この、バカ……っっ!! こんな前線の生々しい場所に、エリーを連れてくるバカがいるか……っっ!!」
「だって、エリシアちゃん、すっとお前を探してたぜ?」
「それでもだよ……っ!! だから、お前をエリーに近づけたくないんだよ!! わざわざ、こんな場所に、エリーを連れてくるなんて……っっ!!」
ナザーレに掴みかからんばかりに怒るミーシャを、宥めようとそっと話しかける。
「私がナザーレ様にミーシャの居場所を聞いたんだよ。ミーシャの怪我の確認をしたいんだけど、少し時間を置いた方が良い?」
「いや、大丈夫。あと、エリーをあまりこの場所に居させたくないし」
大丈夫だよ、という気持ちを込めて、ミーシャの背中をトントンと叩く。
ミーシャはそのままナザーレを振り返る事なく、周りが見えないように片手で私を抱き込んだまま、後衛の方へ歩き出した。




