27 治療師達との飲み会
深く口づけて一度口を離し、軽く唇を触れ合わせてから、また深く口づける。
そんな事を長く繰り返していたその時、ミーシャが突然私の両肩を掴んで、ベリッと引き剥がした。
「ダメっ、ダメダメ……っ、これ以上は、止まれなくなる……っっ」
ミーシャがぶんぶんと頭を振って、ぎゅうっと私を抱きしめた。
ミーシャの激しい心音を感じながら呼吸を整えていると、愛おしむように頭を優しく撫でられる。それからミーシャは私の肩口に顔を押し付けて、しばらく抱きしめ続けた。
落ち着いてきた頃、そっと身体を離されてお互いの顔を見る。
勢いで口づけてしまったが、一旦落ち着くと気恥ずかしくて、お互いに顔を赤くしながら目を彷徨わせた。
「……その、勢い余って、止められなくて。何だか、ごめん……」
「むしろ、私からした事だから……」
ふたりで、もじもじしながら言い訳をする。
「景色でも見ながら、ちょっと話そうか」
頷いて、手を繋ぎながらぽつぽつと話し始めた。
「……えっと、俺の都合の良い夢かもしれないから、改めて確認するけど、エリーは解放軍が王政派を叩き潰して落ち着いたら、俺と結婚してくれる……ってことで、合ってる?」
「ずっとミーシャと一緒に生きたいのはそうなんだけど。婚約、とか、結婚、とかは、全然まだ実感わかないし想像つかないよね……」
必死に生きてきて、その中でミーシャを求めていた感じだから、結婚とかは正直実感がない。
むーん、と考えていると、ミーシャがちゅっと私の頭にひとつキスを落とす。
「そこは、落ち着いたら徐々に、かな?」
嬉しそうに笑うミーシャは、本当にキレイだ。
昔の、苦しそうな顔ばかりでその瞳を見る事も稀だった頃を考えると、大人になったミーシャの心底嬉しそうな表情に、幸せになって欲しいという幼い頃の祈りが、願いが、叶ったようで、泣きそうな気持ちになる。
「解放軍が勝ったら、俺は王様になるわけだけど。エリーは、王妃に、なってくれる?」
「……自信は、無いけど。覚悟は、してる」
リデオケレストの王妃達や王女とも、最低限の作戦会議をしたのだ。
「解放軍の聖女の肩書をいただいたから、知識教養、礼儀作法が足りなくても見逃してもらえるわよね……頑張りはするんだけど」
「俺も、戦うことばかりでそういうのは8歳で止まってるから、一緒にやろうよ」
斜め上を向いてげんなり言う私に、ミーシャがくすくすと笑う。
「聖女の肩書きがあっても、平民の身分じゃ足りないわよね。クァントレル夫人が義娘にしてくれるって言ってたけど」
「そこは考えてることがあるから、戦いに勝ったらおいおいね。他には、聞いておきたいことはある?」
「どんな形であれ、ミーシャの近くにはいるつもりだったの。私もミーシャと離れるつもりは無かったから。それでも、やっぱり胸を張って一番近くにいられるのは……嬉しいわ」
「じゃあ……、今、ここから。俺と、エリーは、正式に婚約、と言うことで、良い?」
私を見つめるミーシャの瞳が、ほのかに熱を帯びる。
叶うのならば、私を見つめるこの表情を、この瞳を。独占したいな、と思った。
「よろしく! 私の婚約者さま」
* * *
「それで、それで!? エリシアちゃんと殿下は、どんな感じで、どうなったの!?」
「私達は、幼少期のふたりの出会いから、看病、療養の話も聞きたいわよねえ?」
翌日の夜。クァントレル夫人とスジェンカも参加の南北治療師達の飲み会で、女性陣に詰め寄られている。
クァントレル夫人は癒しの魔力属性持ちで、スジェンカと合わせて北の治療師達をまとめる立場にあるそうだ。
男性陣の治療師達は少し離れて、キャッキャと盛り上がる女性陣を微笑ましげに視界に入れつつ静かにお酒を飲んでいる。
「エリシア……! 責任持って介抱するからお酒も飲んで良いんだけど、先に話を聞かせてくれる……!?」
両手を握り鼻息荒く詰め寄ってくるデイジーに、苦笑しながら頷く。デイジーには、迷惑をかけるのが分かっていてお酒に付き合ってもらうのだから、後でも何でもかまわない。
「エリシアちゃんは、お酒弱いの?」
「味は好きだと思うんですが、弱いらしいのと記憶があまり無いのと、どうやら酒癖が良く無いようなので……」
「デイジーだけではなくて私達もちゃんとエリシアちゃんを介抱するので、飲んでも大丈夫ですよ。ただ、先にお話を聞かせてもらえると」
クァントレル夫人までそんな事を言う。恋バナ女子会の盛り上がりだ。
「殿下、今日の鍛錬でもお強くてカッコ良かったですよねぇ……」
今日の戦士達の鍛錬の様子を思い出しながら、スジェンカが両手を頬に当ててうっとりしている。
治療師達との仕事の合間に、南北の合同鍛錬をスジェンカと一緒に覗きに行ったのだが、これがまたカッコよかったのだ。
ミーシャが北に合流した時の名物だそうで、丁度ミーシャとナザーレが剣の打ち合いをしていたのだが、北を代表する強さのナザーレの剣を、刀身を滑らせては受け流し、くるりと反転しては下から打ち上げ……と、対等に打ち合いながら、最終的に喉元に剣先を突きつけたのはミーシャの方だった。
クァントレル辺境伯は、北の武の要。その中でも代表的な強さのナザーレに勝つと言う事は、クリスナリス国内でも上位の強さと言う事だ。
「剣だけが取り柄のナザーレ兄様を華麗に打ち果たして、殿下、お強くてカッコよかったですね……!!」
「お付きのケビンさんが、そもそもリデオケレストの剣士代表みたいな強さだからね。小さい頃からずっと一緒に鍛錬されていたから、殿下の努力の賜物だよね」
体付きや体力、腕力から、ミーシャは鍛えているんだろうなとは思っていたが、あんなに剣が強いとは知らなかった。
王政派との戦闘時、治療師は後衛にいるから、最前線のミーシャの背中は中々見ることが出来ないのだ。
ケイフォードの襲撃で別れた頃は、左胸に深い怪我をしていた上に、まだ細くて小さくて伏せる日も多かったはずだから、相当な努力を重ねたのだろう。
その頃の小さなミーシャを想像しては、努力を尊敬する気持ちと、心配な気持ちが複雑に混ざり合う。
「他の追随を許さないほど魔法もすごいのに、剣もお強いなんて……! 強くてカッコよくてお美しくて、頼れる解放軍のリーダーで……!! 殿下が素敵すぎる……!!」
キャーッと声を上げる女性陣に、もう一言付け加えさせてもらう。
「ミーシャは、魔法や剣が強いだけでなくて、ものすごく頭も良いですよ」
バッ、とすごい勢いで、女性陣が私の方に顔を向ける。
「幼少期、ケイフォードで一緒に勉強していた頃のミーシャは、一度教えられたことはすぐに理解して覚えていました。あれは、凡人でなく、天才枠です」
一緒に勉強を教わっていた頃のエピソードを、細かい箇所まで披露する。
「いや……漠然と殿下は頭が良いと思ってたけど、そんな天才枠なの……? 剣も魔法も強くて、美しくて、頭も良くて、リーダーシップも申し分ない……非の打ち所がないじゃん……」
「エリシアちゃん、ケイフォードで小さい殿下とどう過ごされたのか、もっと聞いても良いかしら?」
クァントレル夫人を始め、北の治療師達の視線がこちらに向いて、デイジーはニヤニヤしている。話す許可はもらっているし隠す事でもないので、ミーシャのファンの皆さまにとつとつと昔話をした。
「エリシアちゃん、癒しの魔力が漏れ出ているの!?」
北の治療師達が驚いて、スジェンカが抱きついてくる。
「うーん、私は分からないなあ」
「何か、弱っている時ほど染み入るらしいですよ」
「そうやって、魔力過多症で伏せっていた殿下が、心身共にエリシアに助けられたのね」
少し恥ずかしくなって、下を向く。
「殿下は小さい頃からよく言っていたわよ。エリシアのおかげで魔力過多症を克服できて命を救われたから、恩返しにエリシアが安心して生きられる国を作りたい、って」
デイジーがお酒を飲みながら目を伏せ、昔を思い出すように言う。
「回り道して苦労も多かったと思うけど、今再会できて、一緒になれて良かったじゃない。これからふたりで幸せになるといいわ。私達もサポートするから」
デイジーに頭を撫でられる。
クァントレル夫人やスジェンカ、治療師達も、皆微笑みながらこちらを見ていた。
「昨日の夜、殿下に告白されたんでしょ!? 言えるところだけ聞かせてよ!」
「エリシアお姉様……!! そこのところを、是非……っっ!!」
男性陣の治療師達から「これは飲みやすいから」とお酒の入ったコップを渡される。
ご厚意に甘えて、ちびりちびりと舐めながら皆の質問にポツポツと答えていく。
デイジーをはじめ、家族のように温かい解放軍の治療師達。家族になっても良いと言ってくれた、クァントレル夫人とスジェンカ。
結婚しよう、家族になろうと。言ってくれた、ミーシャ。
まだ、王政派との戦いは控えているが、この幸せは本当に現実だろうか?
本当はまだ、ロルカトルの最下層にいて、明日もダルドの診療所に行くのではなかったか。クリスは怪我をしていて、義父が帰ってくるのではないだろうか。
全ての幸せは、あの日ケイフォードに置いてきたままで、今、ミーシャに出会えて治療師達に良くしてもらえるこの幸せは、私の都合の良い空想ではないだろうか。
夢、ではないだろうか。
「あちゃー、やっぱり毎回こうなるのかな……?」
「エリシアちゃん、お酒に弱くて酒癖が……って言っていたけれど、いつもこうなのかしら?」
「お酒飲んだのはまだ2回目なんですが、毎回こうなる気がしますね……」
「今までどれほど大変な生活をしてきたのか、苦労が忍ばれるけれど……これは殿下には見せられないわよね」
「エリシアお姉様ーーっっ」
ぼんやりしている所にスジェンカに抱きつかれたような気がしたが、そこまでが限界だった。




