26 16歳の約束
夕暮れに差しかかり、周囲にオレンジ色が満ちていく。遠くに見える北の山々やクァントレルの広い屋敷も、徐々に色を濃くしていくオレンジ色に飲み込まれていく。
その郷愁を誘う夕暮れの色を纒ったミーシャは、私を見つめて動きを止めていた。
「エリシアちゃん! すげえキレイだな!! 似合ってる!!」
クァントレル辺境伯次男のナザーレが小走りでこちらにやって来る。
「ナザーレ! 馴れ馴れしくエリーに近づくな!!」
ハッとしてミーシャも駆けて来て、ナザーレの肩を掴んだ。
「大丈夫だって。女性は優しく扱うってば、心配症だなぁ。それとも、焼きもち?」
「うるさい! お前は黙ってろ!!」
ミーシャが、しっしっとナザーレを追い払う。
「あいつは距離感近くて、すぐにバカ力で叩くし馴れ馴れしく触るし、余計な事までベラベラ喋るし、とにかくエリーが汚れて壊れる」
「ナザーレ様と仲が良いのね。ミーシャに仲の良い友だちがいて、少し安心しちゃった。でも、少しはお話してみたいわ」
くすくす笑いながらミーシャに言うと、拗ねたような顔をして横を向く。
「それは置いといて、エリー、その格好……。ドレスは子供の頃以来だよね。とても綺麗で、しばらく見惚れちゃった」
「それに、その色……」とミーシャが横を向いたまま赤くなる。ふんだんにミーシャの色が使われている格好になったのだが、やり過ぎただろうか。
クァントレル夫人とスジェンカを見返すと、ふたりともニヤニヤしている。
「……俺の、エリー、みたいな気持ちになって、恥ずかしいと言うか、嬉しいと言うか、独り占め、したくなると言うか……」
赤い顔で下を向きながら、ボソボソとミーシャが言う。
少し私も恥ずかしくなって、下を向いた。
周囲にぎゅうぎゅうと背中を押されて、私とミーシャはこの後の時間をふたりで過ごす事となった。夕食会というだけあり庭園にはテーブルが沢山並べられ、解放軍の戦士達がお腹いっぱい食べられるような量の食事が、所狭しとテーブルに並べられていた。
タレを絡ませて焼かれた肉の塊、一羽丸ごと使った鶏の香草焼き、柔らかく煮込まれた肉の塊が、大皿の上に山と盛られている。
香ばしく焼かれたパンが盛られたカゴ、薄切りの肉と野菜、卵、ハムやチーズが挟んであるサンドイッチ、ひき肉のソースがたっぷりとかかった大皿のパスタは、出来立てなのかふわりと湯気を立てていた。
ミーシャが取り皿に次々と料理を載せていく。
「これ、エリーの分ね。食事の量と好みは把握したから、食べられるだけ食べようね。ここの料理も美味しいよ」
自分の料理を取っているかと思いきや、私の分を取っていた。しかも、食事の何もかもを把握されている感じする、びっくりだ。
ミーシャは料理の盛られたお皿とカトラリーを私の手の上に乗せ、自分の分をお皿に盛り始める。私の倍量以上はあるだろうか。
立食でも上品にもりもり食べるミーシャが嬉しくて、自分の食べる手を止めてミーシャを眺めてしまい、いつもミーシャに怒られるのだ。
「ほら、今はエリーの方が少食なんだから、いっぱい食べる!」
私の考えていることなんてお見通しのミーシャに、鶏肉をフォークに刺して口の中に突っ込まれる。もぐもぐしていると、今度は片手にサンドイッチを持って私が飲み込むまで待機している。
「ゆっくりだけど食べ切るから、大丈夫だよ。私もミーシャの口にお肉入れてあげようか?」
「……っっ!!?」
片手にサンドイッチを持ったミーシャが、固まって赤くなる。ちょっと瞳をうろうろと彷徨わせてから、遠慮がちにこくんと頷く。
いつもミーシャに料理を口に突っ込まれているので、私がミーシャに食べさせることは珍しい。
ちょっとうきうきしながら、フォークにタレの絡んだ肉を刺し、汁が垂れないように下に手を添えてミーシャの口元に慎重に運ぶ。
身長差があるので、ミーシャは少し屈んでおずおずと口を開けた。
近い距離でミーシャの口の中なんてじっくり見ることはないから、ちょっと照れるような気持ちでフォークを運ぶ。ミーシャは口もキレイだ。多分、指の先や爪先、耳も眼も、ひとつひとつ全てのパーツがキレイなんだろうな。
ミーシャがもぐもぐして、やけに大きな音でごくんと飲み込んだ。そのまま、片手で口を覆って横を向く。
「エリー……。ちょっと、破壊力が高いから、他の人には絶対にやらないで……」
「ミーシャ以外にはやらないよ? あとはクリスくらいだよ」
「クリスめ……弟の特権をフル活用しやがって……」とミーシャが赤い顔をしながらブツブツ文句をこぼしていた。
夕暮れから更に日が落ちて周囲が暗くなり、ランプに火が灯される。
お酒も回りあちこちから陽気な笑い声が聞こえる中、ミーシャに手を引かれて庭園を抜け、少し歩いてクァントレルの見張りの塔までやって来た。
「許可は取ってあるから、上に登らない? ここ、上から見える景色がすごく良いんだ」
ミーシャに手を引かれて延々と階段を登り、塔の屋上に繋がる扉に辿り着く。
解放軍の移動や戦闘をこなして少しは体力が付いたかと思いきや、息切れがすごくてまだまだ体力不足を実感する。私の手を引いていたミーシャは、ケロリとしていて息切れひとつしていない。
ミーシャが屋上の扉を開けると、一面の夜空が視界に飛び込んできた。
遠くに広がる荘厳な北の山々、その麓には豊かな森が広がっている。暗くて山々と境目がないような、一体化したように広がる夜空には、キラキラと瞬く満点の星に、三日月が柔らかく光を放っている。
下を見ると、ランプの光に照らされた庭園が遠くに見えて、解放軍の人達の笑い声がかすかに聞こえた。
「わぁ……!! すごいキレイね……!!」
「だろ? 見晴らしが良くて、クァントレルの屋敷の中でも特に好きな場所なんだ」
ミーシャは屋上の手すりに片肘を乗せて、遠くの景色を見ながら頬を緩ませる。
ひとつに括られた長い金髪が、屋上の強い風に煽られて弧を描くようにたなびいている。北の壮大な景色とキレイなミーシャが一体となって、まるで美しい絵画のようだ。
「エリー? どうしたの?」
「景色も、ミーシャも。キレイだな、と思って……」
「綺麗なのは、男の俺じゃなくて、エリーの方」
両手でむにゅっと頬を潰される。潰れた頬は、キレイでは無く面白い枠では無いだろうか。
「クァントレルを出発したら、その後はもうずっと慌ただしいと思うから。今のうちにエリーに話しておきたくて」
ミーシャが私の方に向き直る。
金髪を風にたなびかせて、背中の月の光に逆光の影を落とすミーシャは真剣な顔をしていて、私も少し緊張しながらミーシャと目を合わせた。
「解放軍もここまで来たら、多分王政に勝つことが出来て、王位を取れると思う。道筋が見えてきたから、改めてエリーに聞きたいんだけど」
ミーシャが言葉を止めて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「エリーは、覚えてるかな。俺が、昔からエリーのことが大好きで。16歳まで変わらなかったら考えてくれるって言っていたこと」
忘れる、わけがない。
ミーシャとのやりとりは、全部、全部覚えてる。
「16歳になった今も、俺は、エリーのことが好き。大好き」
私も、ミーシャのこと。大好きだよ。
「小さい頃から散々エリーに甘えて、挙げ句の果てに巻き込んで。エリーに沢山苦労をさせて、言える立場じゃないのは分かってる」
魔力過多症も、ケイフォードの襲撃も。ミーシャのせいじゃないよ。魔力過多症を克服して、解放軍を立ち上げて。ミーシャ自身が、ずっと、頑張ってきたんだよ。
「それでも、生きて。再会できて。エリー無しの人生なんて考えられなくて。今までの分も、ずっと、ずっと。俺の全てをかけて、エリーを幸せにするから。守るから」
頬を染めて、緊張の汗を滲ませて。三日月を背に、一生懸命伝えてくれるミーシャが、この世の何よりも美しくて。
「俺と、これからの一生を。共に過ごしてくれませんか……!」
たまらず、私はミーシャの首に手を回して力一杯抱きしめた。
「ミーシャは、私の全部。私の全てなの」
顔を上げて、ミーシャと目を合わせる。緊張と驚きに揺れる彼の瞳に、私が映り込んでいる。
「私も、ミーシャがいない人生は生きられないと、身に染みて実感してる。知ってるの。病気に頑張るミーシャも、少食だったミーシャも、大人になって強く大きくなったミーシャも、沢山食べるミーシャも、私を、好き……だと言ってくれるミーシャも……」
場の雰囲気に後押しされて、勇気を出して、勢いをつけて、ミーシャの唇に唇を重ねる。ミーシャの身体が、驚きにビクリと跳ねた。
しばらくそのまま。
口を離して、ぷはっと止めていた呼吸を再開する。
「ミーシャの、全部、ぜんぶが。好き。大好き。一生、ずっと。私と一緒にいてくれる……?」
言葉を尽くしても、この気持ちを伝えきれない。
「エリー……だいすき」
頬を染めて目を細めたミーシャの顔が、再び近づいてくる。彼の手が私の後頭部に添わされ、そのまま長く、深く口づけた。




