25 北の拠点
アーヴァイン侯爵領の中央の拠点から、北の拠点に向かって進む。
中央の拠点から北の拠点に行くには、国王の実母、王太后の実家、ボーヴィン伯爵領の大領地を通過しなければならない。ミーシャの強大な魔法で数回の戦闘を交えてやっと通り抜けた頃、北の山々が見えてきた。
更に領地をふたつ抜けて、北の拠点があるクァントレル辺境伯領に辿り着く。クリスナリス王国の北西に位置する、険しい山々に囲まれた領地だ。
クァントレル辺境伯は、山を隔ててべナレリス王国との国境があり、戦闘が絶えない。
べナレリス王国とは元々関係が良好では無かったが、クリナリス王国が現王になってから更に関係が悪化した。
しかし、国境が険しい山の中なので、本格的な侵攻は地形的に難しく小競り合い程度に留まっている。
クァントレルは昔から戦闘が絶えない領地なので、強い軍隊を持ち、北の武の要でもあった。
その、クァントレル辺境伯家の敷地の中に、北の拠点が置かれていた。
「殿下!! よくおいでになりました!!」
クァントレル辺境伯一家が出迎えてくれる。
「お久しぶりです、クァントレル辺境伯」
ミーシャが挨拶をすると、息子らしい少年がミーシャの肩に腕を回す。
「ミハイル、久しぶり! 元気そうじゃないか! ボーヴィン伯爵領越え、お疲れだったな!」
とても仲が良さそうだ。ミーシャの友だちだろうか?
私とミーシャは8年間会っていなかったが、その間にミーシャは国中を巡って、解放軍を立ち上げるべく味方を募っていた。仲の良い友だちがいても不思議じゃない。
自分の8年間の人間関係を思い出して、あまりの関係性の希薄さに苦笑していると、ミーシャの肩に腕を回して話していた少年が私の方を向く。
「ミハイル! ケイフォード辺境伯のご令嬢だろ! 出会えて良かったなあ!! 紹介してくれよ」
ミーシャの頭の上に手を置きグシャグシャと髪をかき混ぜるテンションの高い友だちとは対照的に、ミーシャはやや鬱陶しそうな顔をしている。
私は自分から、自己紹介と挨拶をした。
「元ケイフォード辺境伯が娘、エリシア•ケイフォードと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「やっぱり! その白銀の髪はケイフォードの色だもんな! 俺達、クァントレルの髪色は黒なんだぜ! 俺はクァントレル辺境伯次男、ナザーレ•クァントレルだ。同じ辺境伯同士、よろしくな! 気楽にナザーレって呼んでくれ!」
人懐っこくニカっと笑ったナザーレが、私に手を伸ばそうとしてミーシャにその手を叩かれた。
「馴れ馴れしくエリーに触るな! エリーは長年の苦労で細いんだ! 力加減の分からない脳筋のお前が触ったら、エリーが怪我をする!!」
「オレは、女性には優しくするし! エリシアちゃんって、元々オレの婚約者候補じゃん!」
ぎゃいぎゃいと何やらケンカが始まったが、じゃれ合いのようでもあり、本当に仲が良さそうだ。
「エリシアちゃん、うちのバカ息子がごめんなさいね」
辺境伯夫人が、ため息を吐いてこちらに近寄ってくる。
「改めまして。私はメラーニア•クァントレルよ。ケイフォードの忘れ形見。ケイフォード辺境伯夫妻とは仲良くしていたから、あんなことがあって心配していたのだけれど。北と南は違えども、同じ辺境伯同士。実家と思って気楽に過ごしてちょうだい」
夫人にふわっと抱きしめられる。
温かく柔らかくて、お母さまのような優しい匂いがした。
「先ほどナザーレ様が言っていた、婚約者候補とは何ですか?」
「ナザーレは次男でエリシアちゃんとは同じ歳だったから、ケイフォードへの婿入りもあるかもね、とケイフォード辺境伯夫妻とお話しした事があっただけよ」
気にしないでね、と辺境伯夫人が教えてくれる。
ケイフォードとクァントレルは、とても仲が良かったようだ。
「中央への出発まで一週間ありますから。エリシアちゃんは旅装を解いて、今日は可愛いドレスに着替えましょうね。いつもは解放軍の支給服ばかりだと思うから、思いっきり可愛くしてあげるわ」
「私も! 私も! エリシア様、初めまして! 私はクァントレル辺境伯の長女、スジェンカ•クァントレル。スジェンカと呼んでね! ナザーレ兄様の妹よ。よろしくね!」
クァントレル辺境伯の方々は、皆様人懐っこい性格なのか、気さくに話しかけられる。
そのまま、クァントレル夫人とスジェンカに手を引かれて、お風呂で一度磨かれてから衣装部屋へ連れて行かれた。
衣装部屋には、色とりどりのドレスが並んでいた。スジェンカのドレスを貸してくれるらしい。
「さあ! どれにしましょうか!?」
「あの、私……! ケイフォードを出てから、ドレスを着る機会が無くて……」
「大丈夫よ! 私達で見繕うから! 可愛くしましょうね!!」
クァントレル夫人とスジェンカがドレスを次々と持って来て、着せ替え人形のように試着する。
「エリシア様は細すぎるわ……! 私よりも2歳もお姉様なのに、どれも少し余りそう」
「クァントレルにいる間は、沢山食べていただかないとね……!」
行く先々で食事を勧めていただくのだが、胃が小さくなっていて今も量が食べられない。まだまだ骨っぽい身体に、もう少し肉をつけたいものだ。
「ケイフォードとクァントレルは、同じ辺境伯同士、兄弟のように思っていたのよ。南の白い髪のケイフォード。北の黒い髪のクァントレル。場所も色も正反対だけど、仲の良い兄弟」
ドレスを着付けながら、クァントレル夫人が話してくれる。
「ケイフォードが襲撃で焼け落ちてエリシアちゃんが生き残ったと聞いた時、クァントレルで引き取ろうと思ったのだけれど、あっという間に行き先が辿れなくなってしまったの」
「簡単に辿ることができたら貴方の身も危なかったかもしれないけれど」と、背中の紐を結びながら、話を続ける。
「今からでも、貴方を娘として迎えたいと本気で思っているのよ。戦いが終わって貴族に戻りたい時は、真っ先に声をかけてね」
「エリシアお姉様になる訳ですね! 素敵、素敵!!」
「あの……私には最下層で赤ちゃんから育ててきた義弟がいて……」
「話は聞いているわ。姉弟で一緒にうちにいらっしゃい」
「弟もできるのね!! 確か、まだ小さいわよね!? 私末っ子だから、歳下の兄弟ができるのも嬉しいわ!!」
本当に、良いのだろうか?
クァントレル夫人とスジェンカを見ると、ふたりとも嬉しそうにしている。
「ミーシャに相談してからですが、もしその時は、お願いしても大丈夫でしょうか……?」
「もちろんよ」
ふたりに笑顔で頷かれた。
「エリシアお姉様、すごく綺麗……!!!」
まだ籍も入れていないのに、すっかり「エリシアお姉様」呼びが定着してしまったスジェンカが、両手を口に当てて感極まったように言う。
最終的に、ミーシャの金髪を連想させる濃いめの黄色がグラデーションになっているドレスに、透け感のある碧色のストールを羽織って、完成となった。
髪は、軽く編み込んでハーフアップにしてもらい、青い花の髪飾りをつけている。
小さい頃、ミーシャに髪に刺してもらった花と似た髪飾りがあったので、それをお願いして貸してもらったのだ。
その話をクァントレル夫人とスジェンカにすると「明日の夜にでも、女子会しましょう! 恋バナ大会……!!」とふたりして盛り上がっていた。
午後にクァントレルに到着した南の解放軍は、休憩や身支度を挟み、夕食会の行われる庭園に集まり始めていた。
クァントレルの北の解放軍が中央に出発するのは、一週間後。出発までに、会議に、鍛錬に、準備にと慌ただしくなる上に、中央に着いたらすぐに最終決戦となる。ミーシャと南の解放軍合流の歓迎会と共に、北の解放軍、最終決戦決起集会のような意味合いも兼ねているらしい。
クァントレル夫人とスジェンカに手を引かれて、人が集まり始めている庭園にやって来た。しっかりとドレスを着たのは久々過ぎて、少し恥ずかしい。
ふたりと一緒に庭園の中央あたりに行くと、ミーシャやクァントレル辺境伯やその息子達、主要メンバーのような貫禄のある男達が集まって話をしていた。
そっと金髪のミーシャの横顔を見ていると、視線に気づいたようにミーシャが私の方を向く。
「……エリー……」




