22 戦闘
「ねえね、おかえりーーーっっっ!!」
夕方前に、南の本拠地フェリナセアの砦に帰って馬車を降りたら、クリスが砦から全速力で走って来て飛び付いて来た。
そのまま、彼の細い体を抱き上げて頭をなでる。
「殿下、エリシア様。お帰りなさいませ」
その後、解放軍の人達が次々と出迎えてくれて、砦の中に入る。
ミーシャはそのまま、各所への報告と溜まった仕事を確認しに行った。
私は、旅の荷解きにクリスを連れて自室に戻る。
クリスは始終くっつきながら、留守にしていた間の話をしてくれた。
「僕ね、他の子達と剣の練習見に行ったんだけど、カッコよくてね! 剣を教えてもらえる事になったんだ!」
「え!? そうなの? ここには強いお兄さん達がいっぱいいるから、強くなれるといいわね」
理不尽に立ち向かえるように。義父のような暴力から身を守れるように。
「そしてね、強くなったらねえねを守るの! ねえねを叩くヤツは僕がやっつけるよ!」
「ケビンさんみたいな護衛騎士とか、カッコいいよね」とクリスが両手で口を押さえてくふふと笑う。
荒んだ環境で生まれ育ったにも関わらず、真っ直ぐに育ってくれたクリス。その気持ちが嬉しくて、ぎゅうっと抱きしめた。
「それでね、魔法の属性も調べてみようって」
「クリスは魔力や魔力属性があるのかしら?」
「見てもらったらね、雷の魔力属性だって! 珍しいねって言ってた」
癒しの魔法以外、魔法をよく分かっていない私は、取り敢えず良かったね、とクリスをなでておいた。
後で雷についてケビンさんに尋ねた所、こちらも希少な属性らしかった。
「翌週より、小隊を率いて北の拠点へ出発する」
翌日の会議でミーシャが宣言する。
「皆、報告書には目を通してもらっていると思うが、俺が北の拠点に行き、彼らを中央の拠点に合流させる。北の兵と俺が中央に発つと同時に、こちらに合流したリデオケレスト軍と共に、南も中央へ発つ形となる」
南北の拠点とも、中央の拠点に合流するためには、王政派の大領地を通る必要がある。大規模な戦闘を前提とした移動だ。
「俺達が北に合流するまでの間に、リデオケレストと打ち合わせた『英雄』と『聖女』の噂も流す。王政派を讃える民は少ないと思うが、民意をこちらへ誘導する」
そこまで話して、ミーシャが私に顔を向ける。
「各拠点に『聖女』エリーを認知させるために、彼女も俺に同行させる。同じ治療師で、各拠点に顔の広いデイジーも彼女の付き添いに連れて行く」
今後の動きを確認しながら、来週の出発にそれぞれ準備をする事になった。
「デイジー! 来週には出発するみたいなんだけど、色々教えてくれる……!?」
戦闘ありきの長期の移動。持ち物や、有事の際の治療師の動きなど、聞きたい事がいっぱいある。
失敗はできないのだ。
「勿論、任せて! そのための私の付き添いよ! エリーは解放軍の作戦の要だから全力でフォローもするし、一緒に考えましょう」
解放軍から支給される、戦闘を前提とした治療師用の制服と靴と革鎧。一式入った医療用鞄。戦闘時の治療師の動き。
ひとつひとつ、経験豊富なデイジーから教わって、用意しながら繰り返しシュミレーションをした。
「それでは、行ってくる。次に会うのは中央の拠点だ。皆、無事で」
ミーシャや私を含めた、北の拠点へ向かう小隊がフェリナセアの砦を出発する。
砦に残っている者は、この後リデオケレスト軍を待ってミーシャ無しで戦闘を潜り抜け、中央の拠点に向かわなければならない。
治療師チームも含めて、全員無事とはいかないかもしれないが、お互いの健闘を祈って出発した。
私達は北へ向かう前に、まず道の途中にある中央の拠点を目指す。中央の拠点は、南の拠点、ヤコビーニ伯爵領から北へ、中立派、反王政派の領地を3つ抜けて、第一王妃の大領地を越えた向こうにある。
途中までは宿を取ったり領主邸にお世話になるが、第一王妃の大領地、ワイズミラー公爵領では街に入るのは危険なので、迂回して野営する。
小隊のメンバーは、ミーシャ、ケビン、私達治療師3人、あとは数十人の戦士達だ。
「前方に、ワイズミラーの小隊発見! 人数はおおよそ40!」
ワイズミラー公爵領に踏み込んだ途端にワイズミラー軍が砂埃を上げてお出ましになった。
「治療師達は後方待機! 10は治療師達の護衛と補助を! 残りは続け! 俺が先頭に出る!!」
私は初陣なので、デイジーと一緒に行動する。少数の戦士達と後衛に下がって、先頭を切るミーシャと前線の戦士達を見守った。
「解放軍を名乗る賊をワイズミラーから生かして帰すな! 討ち果たせ…っ!!」
「我らは賊では無いが、襲ってくるなら手加減はしない! 死にたくなければ、道を開けろ……ッッ!!」
後方からでも、良く通る声が聞こえてくる。
ミーシャが、右手を高く上げた。
その手から、巨大な炎が出現し、細かく分かれてそれぞれ捻れ、細い炎の槍となる。
空を覆い尽くすほどの、一面の炎の槍。
「行くぞっっ!!」
手を振り下ろせば、大量の炎の槍が、敵の陣地に降り注ぐ。
熱と、炎と、敵の悲鳴。
ミーシャの魔法は、圧倒的だった。
「あれね、炎の温度を高温にして、細く捻る事で圧縮して、ひとつずつの威力をより高めてるんですって。ここら辺は地形的に延焼の心配が無いから、のびのびと炎を使っていらっしゃるわね」
ひそりとデイジーが教えてくれた。
頭の良かったミーシャは、魔法に関しても才能を発揮したらしい。ただ炎を使うだけではなく、応用と精度が高い。
魔力属性が多いミーシャは、恐らく他の属性の魔法も精度高く使えるのだろう。魔力量と共に、圧倒的威力だ。
敵陣地より、難を逃れた兵士達が炎を掻い潜って向かって来る。ここからは他の戦士達の出番だ。
ミーシャも剣と魔法両方駆使して危うげなく敵を倒している。すぐ隣では、ケビンが剣一振りで数人を切り裂いていた。
「エリシア! 私達の出番よ!!」
デイジーの声に前線から目線を外し、自分の役目に集中する。
治療師付きの戦士達に運ばれて来た剣で切られた戦士を、手際よく鎧と服を剥ぎ、状態を確認する。
「エリシア、頼める!?」
「任せて下さい!!」
血を拭かれた彼の傷は、左脇腹が剣で切られている。内臓には、損傷が少し。
癒しの魔法を患部にピンポイントで入れる。ここは戦場なので、深い傷を丁寧に治し、その後傷全体をふわりと塞ぐ。
「すごい……!! 傷が塞がった……!! これなら、前線に戻れる……!!」
彼は、鎧と服を着直して前線へ駆けていった。
治療師付きの戦士達が次々と怪我人を運び込み、デイジーと、もうひとりの治療師ノルマンドが服と鎧を外し、私が主に癒しの魔法を使う。ダルドの診療所に比べれば、全然人数も少ないし、体力にも余裕がある。
前線から、味方達の大きな歓声が上がった。生き残ったワイズミラー軍が撤退したようだ。
ふぅ、と息を吐きながら、少し緊張を解いた。
「初陣、お疲れ様! エリシア」
デイジーが水の入ったコップを渡してくれる。
一気に飲み干し、にへらと笑った。
「エリシア、大活躍だったね! 私達、今回癒しの魔法使ってないもの」
「エリシアもまだまだ余裕そうだし、小規模の戦闘だとこの形が効率いいかな」
デイジーとノルマンドが戦闘時の効率について話し合う。大規模な戦闘だと治療師の数も増えるが怪我人の数も増えるので、私が深手、他の治療師が浅い傷を中心に治療した方がいいだろうという流れになった。
「治療師チームも、お疲れ様」
ミーシャが、戻ってきて顔を出す。
最前線で戦っていたにも関わらずミーシャに疲れは感じないが、その鎧は返り血で真っ赤に染まっていた。
「ミーシャに怪我は無いわよね?」
不安になって聞いてはみるけど「大丈夫」と返ってくる。
「デイジー、一応ミーシャを確認して良いかしら」
「ええ、もちろん良いわよ。我らが大将を診察してあげて」
少し離れてミーシャの鎧と上半身の服を剥ぐ。
小さい頃の軽くて細くて小さいミーシャからは想像できない、鍛えられて引き締まった上半身。筋肉の付いた、肩と腕。あちこちに古い傷跡が残っている。
特に大きい傷跡は、左の肩と胸の間。
「ミーシャ、この傷跡は……」
「うん、あの時の」
ケイフォードの襲撃で、刺された時のものだ。
「エリーが治してくれたおかげで生き残ることができたんだ。本当にありがとう」
「あの頃は、治療師の当てがなくて。デイジーに会うまでの傷跡は結構残ってるんだよね」とミーシャが続ける。
そっと、ミーシャの刺された傷跡に触れてみる。
今でもわかる。命に関わる傷だ。
癒しの魔法無しでは、治るまでに大分苦労をしただろう。
思わず傷跡に癒しの魔法をかける。
その碧の瞳に虹色を混ぜたミーシャが、そっと癒している私の手を上から握った。
「いいんだ。俺は男だし、この傷跡は誓いだから」
ミーシャが虹色の瞳で、私に笑いかける。
「王家を潰してでも、エリーを幸せにする。誓い」




