表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

第八話 手負いの黒獣が東に吼える

 肩に乗っていた石片が、黒い装甲を滑って落ちた。


 痛みがあるわけじゃないし、二回目の死を迎えたわけじゃない。


 石壁へ叩きつけられた姿勢のまま、まず右手を開閉する。指も肘も問題なく動いた。

 続いて左腕を持ち上げると、命じてからわずかに遅れて肩が上がる。


 胸の装甲は斜めに抉れ、裂け目の奥から赤黒い布のようなものが覗いていた。

 細い筋の束が、切れた端を探すようにゆっくりと蠢いている。左肩も半分ほど砕け、深紅の布は背中側の留め具だけでつながっていた。


「……派手に持っていかれたな」


 自分の身体ながら、何でできているのかは分からない。だが、動く場所と動かない場所なら確認できる。左肩の反応は鈍い。胸も大きく損傷している。それでも脚と右腕は無事だった。


 立てる。なら、まだ戦える。


「黒騎士、生きてるなら隙を見て動け! 押し上げるぞ!前を向け!」


 門前からカイエンの怒声が飛んだ。


 俺が吹き飛ばされた直後、山賊たちは十人近くをまとめて押し込んでいる。

 門の右では衛兵が長槍を並べ、左では冒険者たちが荷車の残骸を背に剣を振るっていた。

 銀狼団の斥候が人混みの足元を抜け、味方の脇へ回ろうとした男の膝を短剣の柄で打つ。


「左負傷者は後ろへ回せ! 射手はあの三本から目を離すなよ! 一発きりなんて保証はねえぞ!」


 カイエンは指示を飛ばしながら、自分まで抜けてきた男の剣を受け流した。

 返す一撃で手首を打ち、武器を落とさせると、倒れた相手には構わず次の敵へ向き直る。


 俺がいなくても、防衛線は動いていた。そうでなければ困る。

 まだ賭場は閉じておらず、賭け金を取り戻す機会はあるということだ。


 三本の異様な槍は、同時に放った反動からまだ立て直している途中だった。

 二人は石突を引きずるように後退し、残る一人が槍身を抱えて穂先の金属環を確かめている。

 その周囲へ山賊が集まり、門前との間に厚い人垣を作っていた。


 さっきの三発で石畳には二つの穴が穿たれ、俺の胸には両手の拳を飲み込める程の風穴がある。

 あれが連中の切り札か。外見こそ突撃槍だが、魔術の投射を行う杖の役割に近いようだ。


 ≪魔力残量、危険域。魔導織繊維の再生供給、最優先≫


 胸と左肩の傷を塞ぐために、鎧がそちらへ力を回しているらしい事がわかる。

 

 「だが、その再生を待っていられる状況でもないんだ」


 足元に、刃の半ばから曲がった剣が落ちていた。荷車から散った失敗作か、誰かが落としたものかは分からない。


 柄を拾い、右手で石壁を押して立ち上がる。


「おい!すやすやと気持ちよさそうだったが、寝覚めはどうだ!」


「石畳の寝床は勧めないな。もう一度は御免だ」


「喋れるなら働け!まだ客は捌き終わってねえぞ!」


 軽口を返す間にも、敵は待ってくれない。


 三本のうち一つが街道中央へ戻った。男が石突を地面へ押しつけると、穂先の金属環が低く震え始める。残る二人はまだ後方にいる。

 先に整った一本でこちらを押さえ、その間に残りを立て直すつもりだ。


「アレがまたぶっ放されるぞ! 射線を中央の一本へ集中させろ!」


 五本の矢が降り注ぎ、間髪入れずに次の矢が放たれる。


 兵器の周囲にいた山賊が身を縮め、何人かは武器を掲げて顔を守る。

 矢が肩当てを叩き、石畳へ突き立ち、人垣の中央に一瞬だけ隙間が開いた。


 そこへ、無理やり身体をねじ込ませるように突破口を作る。


 長柄二本を曲がった剣でまとめて押し払い、剣を構え直した男へ肩からぶつかる。三人が絡み合って倒れ、残った一人が逃げようと背を向けた。


 異様な槍の音が再び高くなるが、男が慌てて穂先を俺へ向け直したことで、揃いかけていた音がまた崩れた。

 この乱戦状態で、仲間ごとまとめて撃つことは出来ないだろう。


 その一拍で懐へ入る。

 右手で太い槍身を掴んで脇へ抱え込み、石突ごと持ち上げた。男は武器へしがみつき、全体重をかけて引き戻そうとする。


 石畳から浮いたのは、槍ではなく男の両足だった。


「威力は十分だ。だが、使う間合いと相手が化物であることを考えていなかったな」

 

 そのまま力任せに横薙ぎに振り回し、男が中空に投げ出される。

 男の身体が仲間へ突っ込み、三人まとめて石畳へ転がった。


 脇に挟んだ突撃槍に似た形状のそれを、右手に持ち替える。


「いい玩具だな。壊れるまでは俺が借りてやる」


 残る二人はすでに後退を始めている。前衛の後ろへ隠れ、一人は門を狙える場所へ、もう一人は俺を迎え撃てる場所へ移ろうとしていた。


 一人目の失敗を見て、同じ間合いでは戦わないと決めたらしい。

 だが、学習するにはもう遅かった。


「カイエン、残った連中を片付ける。 暴れ回って、フィネガンの詩に謳われる見せ場になるぞ!」


「聞いたかぁ!野郎共!」


 カイエンが剣を掲げた。


「見物は終わりだ! 王国の冒険者に腑抜けはいねえってことを証明するぞ!」


 門前に留まっていた冒険者たちが、枷を外された獣の如く一斉に踏み出した。


 ≪兵装解析、完了。 兵装名 デア・トルネード≫

 

 ≪魔力供給による射撃運用。 戦闘適応、完了≫

 

 「ご親切に説明までありがとうよ。適応したらどうなるのかまで、教えてもらいたいんだけどな」


 形状こそ突撃槍にしか見えなかったが、そもそも振り回すことが前提の武器ですらないらしい。

 だが、この重さが俺にとっては都合のいい鈍器として使える。

 

 人の背丈を超える円筒状の異質な槍の柄を、脇に構えて自身を質量兵器と捉えて駆け出す。

 密集した山賊たちの甲冑をひしゃげさせ、前列が崩れ、その背中へ後続がぶつかる。


「押すな! 槍が撃てねえだろ!」


「前を空けろ! お前らごと撃つぞ!」


 兵器を扱う男たちが怒鳴るが、下がろうとする者と前へ押される者がぶつかり、射線はいつまでも開かない。


 こちらには、その混乱を待つ理由がない。乱戦の様相を呈した場に、カイエンたち冒険者が雪崩れ込む。

 

 「もらったぁッ!」

 

 一段深くカイエンが踏み込み、狼狽えた槍持ちの男の顎を、剣の柄で打ち抜いた。

 デア・トルネードと呼ばれる槍が手から落ち、鈍い音を立てて石畳へ転がる。


 最後の一人は門を諦め、俺へ穂先を向けていた。


 その前には、まだ何人もの味方がいる。それでも男は退けと怒鳴り、槍を固定したまま発射の機会を待っていた。


「全員どけ! まとめて吹き飛ばされたいのか!」


 怒鳴られた山賊たちが左右へ逃げ、射線が開けた。絶好の射撃機会だ。

 だが、それは俺にとっても獲物を仕留める道程が開けたのと同義だ。


「来るなぁ!」


 金属環の音が高くなり、赤い光が穂先へ集まる。

 浅く呼吸を繰り返し、引きつった表情の男の指が引き金へかかった。


 その瞬間、屋根から一本の矢が落ち、引き金にかかった手の甲を打った。


「ぐぁぁ!ちくしょう!」


 手を矢に撃ち抜かれ、男が片膝をついて崩れる。


「どうだ、黒騎士!今度は外してねえぞ!」


「いますぐ抱きしめてやりたいくらいだよ!」


 背中に射手からの声を浴びながら、駆け出す。

 右肩から男の胸へぶつかり、後ろへ押し倒す。男の背中が石畳へ落ち、息を吐き出した。


 三本目も、これで終わりだ。 俺が顔を上げると、戦場から音が一つずつ消えていった。


 俺と防衛線に挟まれた連中が、互いの顔を見て苦肉の表情を浮かべる。


 最初に剣を落としたのは、まだ若い男だった。金属が石畳を叩く。


 それを合図に斧や槍が次々と投げ出された。まだ戦意の残っていた者も、仲間が逃げ出すのを見ると、その背中を追った。


「深追いするな。俺たちの役割は防衛だ」


 カイエンの指示が飛ぶ。


「武器を捨てた奴は縛れ! 負傷者を運べ! 街道の警戒は解くなよ、戻ってくるようなら今度こそ足を射抜け!」


 逃げた者を追う必要はない。三本の兵器は残り、門前へ入り込んだ敵も制圧した。南街道から町へ押し入れる戦力は、もう残っていなかった。


 カイエンが剣についた血を振り落とし、俺を見る。


「ずいぶん派手な土産を拾ったな。おい、随分な有様になってるが、大丈夫なのか?」


「問題ないとは言えないが、大丈夫だ。こいつは一本貰い受けるぞ」


 町の東から甲高い音が響いた。続いて、倉庫街の屋根越しに土煙が上がる。


 周囲から、戦勝の安堵感が消えた。


「チッ 東側か!」


「あそこにはエマがいる。ここは任せてもいいか」


 カイエンは周囲を見回した。

 縛り上げられる山賊。回収されていく兵器。門前へ戻り、負傷者を運び始めた衛兵たち。


「聖女の横にはお前がいてやらなきゃ、画にならんぜ。行ってやれよ」


 それから、古傷のある口元を歪める。


「恩に着る」


「タダじゃねえ。酒で返せ」


「だから飲めないんだって」


 肩にデア・トルネードを担いで、石畳を抉って走りだ出す。 


 背中側だけで残った深紅の布が、大きく夜風を打った。


     ◇


 プロテクションへ斧が叩きつけられ、半透明の壁に白い波紋が広がった。


「ひっ……!」


 エマの肩が跳ねる。


 それでも錫杖は離さなかった。背後では、最後の荷車が中央広場へ向かっている。

 自力で歩けない住民が五人。その前を衛兵二人が警戒し、後ろから三人が車体を押していた。


「ハーゲンさん! そっちの車輪が引っ掛かっています!」


「見りゃ分かる!」


 戦斧を背負った巨漢が、歪んだ車輪の横へしゃがみ込んだ。


 酒場では誰より大きな声で武功を競うと叫んでいた男だ。その太い腕を車軸の下へ差し込み、荷車の片側を持ち上げる。


「今だ、押せぇ!」


 車輪が石畳の段差を乗り越え、車体が大きく前へ進む。


「動きました! そのまま角まで!」


「嬢ちゃんは後ろだけ見てろ! こいつらは俺が運ぶ!」


「嬢ちゃんじゃなくてエマです!」


「ガハハ! 名前を言い直す余裕があるなら、まだ持つな!」


 また聖壁へ剣がぶつかった。


 エマは反射的に目を閉じかけ、すぐに開く。向こう側では山賊たちが前後に押し合い、狭い通路に詰まっていた。先頭がプロテクションに弾かれ、後続がその背中へ折り重なっている。


「まだ持ちます! だから急いでください!」


「聞いたな、お前ら! ちっせぇ嬢ちゃんが意地張ってる間に運べ!」


「意地じゃありません!」


「なら、ド根性だ!」


 それでも、エマの手の震えは止まらなかった。いつも自分の前に立っていた、黒く大きい背中が見えないことが、これほど怖いだなんて。


 防壁の向こうで山賊たちが急に壁際へ寄った。

 開いた通路の奥に、人の背丈を超える太い槍が現れる。


「……また、あれを撃つつもりです」


 エマの声が掠れた。

 ハーゲンが荷車から手を離し、振り返る。さっきまで怒鳴っていた顔から笑いが消えた。


「おい、エマ。もういい。壁を消して下がれ」


「まだ荷車が角を曲がっていません」


「見えてる。だが、あれはまずい」


「だから、早く押してください」


「お前が潰れたら、逃がした奴らを誰が治す!」


 エマは答えられなかった。


 怖い。逃げたい。あの一撃で、柵も積み荷もまとめて吹き飛ばされた。自分のプロテクションが耐えられる保証などない。


 それでも、荷車はまだ避難路の途中にある。


「……ここを開けたら、追いつかれます」


「物騒な連中の相手は俺がやる」


「一人で何人止めるつもりですか!」


「こう見えて、腕っ節には自信がある!」


「見れば分かります!」


 怒鳴り返した声が裏返った。


 ハーゲンが一瞬だけ目を丸くする。


「なら、その腕で荷車を押してください! わたしは、わたしの仕事をします!」


 髭に覆われた巨熊のような男が何かを言いかけ、口を閉じた。

 それから戦斧を背負い直し、荷車の後ろへ回る。


「うおぉッ! ぐうッ! ウオオオォ!」 


 ハーゲンが吠え、荷車が再び動き出した。


 ハーゲンの太い腕に押され、歪んだ車輪が石畳を跳ねる。荷台で負傷者が呻くたび、前を行く衛兵が振り返り、身体が揺れないよう脇から支えた。


「そのまま! 角まで行けば、広場の人たちが見えます!」


 エマの声に応えるように、倉庫の向こうから呼び声が返ってくる。


「こっちだ! 荷車を受け取るぞ!」


 待っていた住民たちが駆け寄り、車体へ手を伸ばした。


 あと少し。


 開いた通路の奥で、突撃槍をさらに太くしたような兵器が唸りを上げる。円錐状の先端部を囲む幾つもの金属環が震え、赤い光を帯びていく。


 刃物ではない。


 先ほど柵を粉々にした、あの一撃を放つための兵器だ。


「嬢ちゃん!」


 ハーゲンが荷車を住民たちへ預け、戻ってこようとする。


「来ないでください!」


「一人で受ける気か!」


「ハーゲンさんが戻ったら、誰があの人たちを守るんですか!」


「ここを抜かれたら同じだろうが!」


「だから、抜かせません!」


 自分でも、どこから声が出たのか分からなかった。

 膝は震えているし、錫杖を握る手にも力が入らなくなっている。


「早く行ってください! 広場まで連れていくって、約束したでしょう!」


 ハーゲンが歯を食いしばった。


「……絶対に戻ってこいよ!」


「はい!」


「聞こえねえ!」


「戻ります! 絶対に!」


 戦斧を携えた巨躯を見送り、最後の衛兵と冒険者も、荷車を囲んで倉庫の角へ消えていった。


 これで、避難は終わった。あとは自分が逃げるだけだ。


 金属環の音が、耳の奥を刺すほど高くなる。


 錫杖を胸元へ引き寄せ、残った魔力をすべてプロテクションへ注ぎ込んだ。


「お願い……もう一度だけ……!」


 半透明の壁が、一際白く輝く。


 甲高い音が途切れ、赤い閃光が正面から防壁へ突き刺さる。


「──っ!」


 声も出なかった。


 プロテクションが大きくひび割れ、エマの身体が後ろへ押し流される。靴底が石畳を擦り、錫杖を握る両腕から感覚が消えていく。


 一本だった亀裂が、瞬く間に枝分かれする。


「まだ……!」


 エマは倒れそうになる身体を、錫杖を突き立てて支えた。


「まだ、終わってません!」


 砕けた光が髪と頬を掠める。それでも、防壁は消えなかった。


 赤い光が薄れ、やがて完全に途切れる。

 兵器を抱えた男がよろめいた。円環から煙が上がり、山賊たちが一瞬だけ動きを止める。


 今しかない。エマはプロテクションを解き、背を向けて走った。


 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩目で、膝から力が抜けた。


「きゃっ……!」


 錫杖をついて転倒を堪える。


 背後で、山賊たちがなだれ込んでくる音がした。


「逃がすな!」


「治癒術士を捕まえろ!」


 立たなければ。分かっているのに、脚が動かない。

 振り返れば、剣を持った男がすぐそこまで迫っていた。


 展開しようとしたプロテクションが、淡い光を一度だけ瞬かせて消える。


「そんな……」


 男が腕を伸ばす。


 その頭上で、瓦が弾け飛んだ。


 黒い影が倉庫の屋根を越え、エマと山賊たちの間へ落ちる。石畳が深く沈み、舞い上がった石片の中で赤い眼光が灯った。


 胸を深く抉られ、左肩を砕かれた黒い鎧。


 背中側だけで残った深紅の布が、遅れて地面へ垂れる。


 右肩には、円環を備えた突撃槍状の兵器が担がれていた。


「待たせたな、エマ!」


 その声を聞いた途端、張り詰めていたものが切れて、視界が滲んだ。


「……遅いです、ルクスさん……!」


お読みいただきありがとうございました。南街道の主力との乱戦、エマが意地を見せる回となりました。

次回で冒険者との共闘、防衛戦は終幕となります。ブックマーク・評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ