第七話 夜を駆ける鉄屑の山
夜の街道は、妙に静かだった。
風が吹くたび、南門の前へ並べた木箱と樽が、かすかに軋む。篝火は数を絞り、門の内側へ下げてある。こちらの人数と配置を、わざわざ敵へ教えてやる必要はない。
街道の中央には、幌を外した荷車が一台。
その上には、剣、槍、斧、槌、鍬。鍛冶工房から集めた失敗作と鈍ら、それでも足りずに借りてきた農具まで、隙間なく積み上げてある。
「……本当に、それ全部使う気か?」
荷車を見たカイエンが、呆れた声を出した。
銀狼団のリーダーを務める剣士だ。一報が飛び込んできた際には冒険者ギルドにおり、直接依頼を受けて参戦を決めた熟練の冒険者達だ。
「全部は使わない。先に壊れなかった奴が残る」
「武器と呼んでいい代物かは分からんが……武器の方が先に壊れる前提なんだな」
「振り回せるなら武器になる。ただの丸太でも、トロールが振れば破城槌だ」
「あんたの場合、破城槌になるのは武器じゃなくて腕の方じゃねえか?」
カイエンは俺の手と、荷車の鈍らを見比べた。
「これだけの数を相手にするってのに、妙に慣れてやがる。王国で活動してたなら、俺たちが知らないはずがねえんだがな」
「詮索は、生き残って祝杯をあげる時まで取っておけ。素面でする話じゃない」
「言われなくても、そのつもりだよ。色男」
◇
「ルクスさん。準備は出来ました」
振り返ると、エマが錫杖を胸の前で握っていた。
向かう先は、街の東側にある旧水路口だ。正面ほど広くはないが、倉庫街を抜ければ中央広場へ続いている。そこを破られれば、避難中の住民と救護所が危ない。
冒険者四人と衛兵二人をつけた。それでも、南に比べれば薄い。
視線は俯きがちで、落ち着かないように左右へ泳いでいる。
幾度も魔獣と戦ってきたとはいえ、人間を相手に矢面に立つのは初めてだ。
村道を塞がれた集落でも、薙ぎ払われる敵兵から、出来る限り目を逸らそうとしていたことには気づいていた。
「わたしで、本当に大丈夫でしょうか」
「酒場で話を聞いていた時は平気そうだったが、怖くなってきたか」
「怖いことは、怖いです。私は皆さんみたいに戦うことは出来ませんから......」
「戦うってのは、敵を倒すことだけじゃない」
「俺と同じ戦い方をしろとは言わない。お前にはお前にしか出来ない、俺にも出来ない戦い方がある」
ようやく、エマの視線が上がる。まだ震えてはいるが、真っ直ぐに見据えてくる。
「お前の聖壁なら、それが出来る」
「……はい」
「危なくなったら、戦線を捨てて下がれ」
「それは、負傷者を置いていけという意味ですか?」
「連れて下がれって意味だ」
言い直すと、エマは錫杖を強く握り直した。
「それなら、できます!」
「ああ。東を頼む」
今度の返事には、迷いがなかった。
エマは背を向け、待っていた冒険者たちと走っていく。小さな背中が角の向こうへ消えるまで見届けてから、俺も南へ向き直った。
任せた以上、信じる。
それができなきゃ、仲間なんて増やせない。
◇
やがて闇の向こうに、松明の列が浮かび上がった。
街道の中央を進む一団は、先頭に盾を並べ、その背後から長槍の穂先を覗かせている。左右へ離れた弓兵も、中央から援護を受けられる距離を崩していない。さらに後ろには、剣や斧を携えた影が何列も続いていた。
前列が崩れれば後続が穴を埋め、左右へ逃げた相手は弓で射る。数を集めただけの山賊ではない。集団で戦う方法まで仕込まれている。
「やっぱり、軍人崩れの集団か」
屋根と低い土塁へ分かれた五人の射手が、弓を構え直した。
「俺が敵陣へ入ったら、周りへ撃ち込め。命中させる必要はない。顔を上げさせず、足を止めれば十分だ」
「黒騎士に当たったらどうする!」
「この図体だ。外す方が難しいだろ」
「だから気になるんだよ!」
小さな笑いが起き、張り詰めていた射手たちの肩から余計な力が抜ける。
門前では、カイエンが冒険者と衛兵を街道の左右へ振り分けていた。中央をわざと空け、抜けてきた敵を両側から挟む陣形だ。
「そっちは任せた。俺を避ける奴は、二人や三人じゃ済まないぞ」
「分かってる。お前こそ一人で全部片づけようとするなよ、俺達の取分が減っちまうからな」
カイエンが鞘から剣を抜く。
「後ろは通さねえ。好きなだけ暴れてこい」
「頼もしい限りだよ」
俺は横に置かれた荷車の前へ回り、左右の轅を掴んだ。
幌を外した荷台には、鍛冶場から運んできた失敗作の剣や斧、刃の欠けた鉈、柄の歪んだ農具が積んである。武器としてどこまで使えるかは怪しいが、重さだけなら十分だった。
「さて。フィネガンが、どこまで話を盛ることやら」
腰を落として踏み込むと、石畳の隙間から細かな欠片が弾けた。軋みを上げて動き始めた荷車は、二歩目には人間が追いつけない速さへ達し、積み荷を跳ねさせながら街道を突き進んでいく。
敵陣から命令が飛んだ。
「中央、止まれ! 前列は間隔を詰めろ!」
「槍を下げろ! 車輪を狙え!」
盾の隙間が閉じ、その肩越しに長槍が突き出される。
荷車を受け止め、その場で俺まで串刺しにするつもりらしい。判断は悪くない。ただし、最後まで俺が引いていればの話だ。
衝突まで十歩を切ったところで、轅から両手を離した。
俺は進行方向から外れ、街道の右端へ駆ける。解放された荷車は勢いを失わず、鉄屑の山を載せたまま敵の正面へ突っ込んでいった。
槍が車体を貫く。それでも止まらない。
車輪が一本の槍を踏み折り、荷台の角が前列へ食い込んだ。木材が裂ける音と金属の衝突音が重なり、密集していた男たちが後方へ押し潰される。支えを失った二列目へ人が倒れ込み、積んでいた剣や斧が四方へ散った。
陣形の中央に深い穴が開く。敵が立て直すより先に、そこへ飛び込んだ。
足元へ突き刺さった剣を抜き、右から迫った長槍を刃の根元で受け流す。そのまま一歩踏み込み、剣の腹を男の胸当てへ叩きつけると、身体が浮いて後ろの二人を巻き込んだ。
手元で金属が軋み、剣は根元から折れ曲がった。
「一回か。思ったより短いな」
左から振り下ろされた斧を、曲がった剣で受ける。衝突の瞬間に手首を返すと、歪んだ刀身が柄へ絡み、男の上体が前へ流れた。
空いた脇腹へ肩を入れる。
男の身体が横へ飛び、隣から斬りかかっていた仲間へ衝突した。二人がもつれて倒れる間に斧を拾い、刃を返して背の部分を使う。
正面から三本の槍が伸びてきた。
狙いは胸と首、それに右膝。ばらばらに突いているのではない。上体を逸らせば膝を貫き、足を引けば胸と首へ届く。こちらの動きを封じるための、よく訓練された連携だった。
俺は速度を落とさず、そのまま三本の穂先へ踏み込んだ。
胸へ突き込まれた槍が、黒い装甲の表面で甲高い音を立てる。穂先は食い込まず、わずかな傷を残して横へ滑った。首を狙った一本も肩の装甲に阻まれ、押し返された柄が大きくしなる。
右膝へ届いた三本目だけは、装甲の継ぎ目を正確に捉えていた。
男が勝利を確信し、両腕へ体重を乗せる。次の瞬間、槍の柄が中央からへし折れた。
「……は?」
折れた穂先が石畳を転がる。
俺は驚愕した男の前まで歩み寄り、肩へ突き立てられたままの槍を左手で掴んだ。軽く引くだけで、持ち主の身体が前のめりに浮き上がる。
「狙いは悪くなかったが、相手が悪かったな」
そのまま身体をひねり、男を槍ごと横へ振り回した。
宙を滑った男が残る二人へ叩きつけられ、三人まとめて荷車の残骸へ転がっていく。俺は肩に引っ掛かっていた穂先を払い落とし、崩れた敵の脇を抜けて後列へ踏み込んだ。
斧の背で肩を打ち、返す動きで剣を弾く。背後から装甲の継ぎ目を狙った槍は脇へ通し、柄を抱え込んだまま身体を回した。持ち主が振り回され、包囲しようとしていた男たちが慌てて道を空ける。
そこへ屋根から矢が降った。
矢が石畳と荷車の残骸へ突き立つたび、周囲の男たちは頭を下げ、足を止める。一本が右肩へ当たり、鏃が装甲に弾かれた。
「ハハハ! 本当に当てやがったな! 狙いがいいじゃないか!」
「笑うとこなのかよ!気にするなって言ったのは、そっちだろ!」
屋根から返事が飛ぶ間にも、敵は動いていた。
「黒い奴に集まるな! 左右から町へ入れ!」
十人近くが俺の周囲へ残り、その外側を別の一団が駆け抜けていく。左右に三人ずつ。さらに荷車を乗り越えた四人が門前へ向かった。
「カイエン! 十人行った!」
「見えてる! 右翼で四、残りは俺達で受けるぞ!」
門前で冒険者と衛兵が前へ出た。
左右から入った敵を長槍と剣で受け止め、後続が迫る前に道の端へ押し返す。最初の一団を止めている間にも次が雪崩れ込み、門前はすぐに人の身体が重なる乱戦へ変わった。
「前へ出すぎるな! 倒した奴は放っておけ、次を止めろ!」
カイエンは指示を飛ばしながら、自分まで届いた二人を迎え撃つ。一人目の剣を逸らし、踏み込んできた二人目の手首を刃の峰で打った。そこへ銀狼団の魔術師が火球を落とし、前へ出た敵と後続の間を炎で切り離す。
任せておいて問題はない。
俺は門へ戻らず、足止めに残った一団の中央へさらに踏み込んだ。ここで引けば、周囲の敵まで門前へ押し寄せる。俺の役目は全員を倒すことではなく、できる限り多くを町から引き離しておくことだ。
斧の柄が折れる。
残った柄を投げると、弓を引こうとしていた男の手元へ当たり、矢が夜空へ逸れた。俺は荷車から散った農具を拾い、次の人垣へ突っ込む。
足を払い、武器を弾き、向かってきた一人を別の一人へぶつける。囲まれる前に位置を変え、より人数の多い方へ身体ごと踏み込むたび、敵陣の中に新しい穴が開いた。
だが、連中も無策ではない。
左右の弓兵が俺を狙わなくなり、屋根上と門前へ矢を集め始めた。一本が屋根の縁へ刺さり、射手の一人が姿勢を崩す。別の矢は門前の冒険者の腿を掠めた。
俺が暴れるほど、敵は俺以外を狙う。
それで正しい。連中の目的も、俺を倒すことではなく町へ入ることなのだから。
「射手、敵の弓を抑えろ! 俺の周りはもういい!」
屋根から放たれる矢の向きが変わった。その直後、敵陣の奥から低い声が響く。
「左右へ開け! 中央を空けろ!」
俺を囲んでいた男たちが、一斉に距離を取った。
右へ下がった者は門前へ向かう仲間と合流し、左へ退いた者は弓兵の前へ回る。乱れていた敵陣が命令一つで二つに割れ、街道の中央だけが不自然なほど空いた。
その奥から、三人の男が進み出る。
それぞれが一本ずつ、槍にしては太すぎる代物を抱えていた。人の背丈を超える長さに、通常の長槍とは比べものにならない太さ。穂先の周囲には幾つもの金属環が重なり、石突を地面へ押しつけてようやく支えられるほどの重量がある。
あれを出すために、連中は中央を空けた。
「見た目からして、切り札の秘密兵器ってとこだな」
三本の異様な槍が、横一列に並ぶ。
男たちが腰を落とすと、金属環が細かく震え始めた。夜気を引っ掻く甲高い音が響き、地面に漂っていた砂埃が槍の先へ引き寄せられていく。
キイイィィィン──。
≪脅威認定。回避行動を優先≫
同じ警告が、頭の内側で三度重なった。
正面と右の二本は俺へ向いている。
逃げ道を塞ぐように、わずかに射線をずらしていた。右へ避けても左へ避けても、どちらかが当たる配置だ。
だが、左端だけは違った。
男が槍身を持ち上げ、俺の脇を通すように穂先を傾けている。その先にあるのは、街道沿いの屋根で弓を構える射手たちだった。
鎧が回避を促す攻撃を、人間に直撃させる訳にはいかない。
「射手! 狙われているぞ、伏せろ!」
三人の指が、ほぼ同時に引き金へ掛かる。
俺は手にしていた農具を捨て、左前方へ石畳を蹴った。
正面と右から伸びていた射線を外れ、屋根へ向けられた一本の前へ身体を割り込ませる。
三つの金属音が、同時に途切れた。赤い閃光が夜を裂く。
二筋は、ついさっきまで俺が立っていた場所を貫いた。石畳が連続して爆ぜ、砕けた石片と土煙が背後から押し寄せる。
そして残る一筋が、胸元へ直撃した。
巨大な鉄槌を正面から叩き込まれたような衝撃が、全身を貫く。胸部装甲が内側へひしゃげ、遅れて左肩の装甲が砕けた。深紅の布を留めていた金具が弾け飛び、視界の端を赤い布が流れていく。
両足が地面を離れた。
夜空と街道が視界の中で何度も入れ替わり、石畳へ叩きつけられるたびに黒い装甲の破片が火花と一緒に散った。
門前に積んでいた木箱を背中から粉砕し、そのまま石壁へ叩きつけられる。
遅れて降ってきた石片が、動かなくなった俺の肩を乾いた音で叩いた。
お読みいただきありがとうございました。遂に夜の防衛線が開幕しました。これまで傷つくことすら無かったルクスが大きく損壊しましたが、勿論このままで終わる男ではありません。
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