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幕間 遅刻した正義は出演者に喝采を

 王城、東棟の執務室。


 窓の外では庭師が薔薇の枝を落としていて、鋏の音が規則正しく響いていた。平和な音だ。今この部屋にある空気とは、まったく釣り合わない。


 卓の上には、同類の報告書が十二通積まれている。


 リファール王国の国王は、その山を眺めてから、一番上の一通を指で弾いた。


「読み上げよ」


「はっ」


 文官が咳をひとつして、紙をめくる。指が震えているのを、王は見なかったふりをした。


「第一騎士団、南部管区への出動報告。目的地はオーク三十余体による町の襲撃事案。到着時、事案は既に終息しておりました」


「終息」


「はい。オークの死体はすべて頭部を破壊されており、住民側の死者は二名。負傷者は四十一名、全員が治癒術、もしくは薬品治療を受けた状態でした」


 王は、そこで指を止めた。


「……治癒を受けた状態?」


「はい」


 四十一名。何人がかりで、その数が捌けるのか。王は数えるのをやめて、椅子の背に体重を預けた。


「次を読め」


「は。同じ管区、街道の隊商襲撃事案。三件。いずれも到着時、山賊は既に無力化されており、身柄は近隣の町の衛兵詰所へ引き渡し済みでございました」


「誰が引き渡した」


「……不明でございます」


 紙をめくる音が、やたらと大きく響いた。


「火災事案。人的被害は軽微。魔獣の混入があったとの報告ですが、こちらも到着時には」


「終息しておったか」


「終息しておりました」


 王は、卓の上の十二通を改めて見た。表紙の様式はばらばらで、管区ごとに書式が違う。中央へ集約する仕組みが機能していれば、こんな見た目にはならない。


「全部そうか」


「十二件のうち、我が方の到着前に終息していたものが、六件でございます」


     ◇


 部屋の隅に立っていた男が、そこで一歩前へ出た。


 第一騎士団副団長、レオメル・ファーンウッド。銀髪を後ろで束ねた細身の男で、姿勢に一分の崩れもない。この男は座れと言われるまで座らず、言われても浅く腰を掛けるだけだ。


「陛下。私からも、現地の状況について申し上げたいことがございます」


「聞こう」


「救助と調査のために部隊が入った際、住民の対応が……好ましくありませんでした」


「非協力的だったか」


「非協力というより」


 レオメルは言葉を選んでいた。選んだ末に、選ぶのをやめた顔になった。


「『今更来たのか』と」


 鋏の音が、窓の外で二回鳴った。


「二つの町で、ほぼ同じことを言われております。ある町では、聞き取りに入った団員へ『調査より先に瓦礫を運べ』と。別の町では、家の戸を閉められました」


「戸を」


「はい。閉める前に、こう言われたそうです。あの方は報酬も受け取らず、名乗りもせずに去ったのに、あなた方は何をしに来たのか、と」


 王は、指で卓を叩きはじめた。


 規則正しい音だった。庭の鋏と拍が合っていることに、自分でも気づかないまま、しばらく叩き続けた。


「レオメル」


「はっ」


「この解決済みだったという六件、いつ王城へ届いた」


 文官の肩が跳ねた。王はそっちを見なかった。


「答えよ」


「……最も古い事案の発生は、二十日ほど前でございます」


「ニ十日」


「報告書がこの卓に載ったのは、昨日でございます」


     ◇


 王は立ち上がった。


「な~~~んで誰も情報を上げてこないんじゃ!?」


 文官が飛び上がって、紙束を取り落とした。


「い、いえ、報告は上がっておりました!!上がっておりましたが、その、管区の統括から中央へ回る段で──」


「回る段で、どこかの卓の上に二十日座っておったわけじゃな!? 」


「……はい」


「一件二件ならワシも言わん! 六件じゃぞ! 冒険者でもない得体の知れない連中に片付けられて、それが一通も上がってこんとは、どういう仕組みじゃ!」


 王は卓を回り込んで、報告書の山を掌で押した。紙が崩れて、何通か床へ落ちた。


「コレ、ワシが悪いとこある?」


「……陛下に落ち度は、ないものと」


「ないじゃろ! ワシは毎朝この部屋におるんじゃ! 持ってくればよいだけじゃろうが!」


「はっ、まことに」


「な~にが、事態が深刻化してから『陛下、どういたしましょう』じゃ!深刻化する前に言え! 順番が逆じゃ!」


 言い終えて、王ははぁはぁと息を切らして、肩を上下させた。


 六十を越えた体で怒鳴ると、その後がしばらくきつい。それも承知していたが、承知していても出るものは出る。


     ◇


 王は椅子へ戻って、額を押さえた。


 管区の統括に、悪意はない。ただ、上げても叱られるだけの報告を、わざわざ急いで上げる者はいない。急いで上げれば「なぜ止められなかった」と問われ、遅らせても「なぜ遅れた」と問われる。どちらも叱られるなら、人は静かに遅らせる方を選ぶ。


 その仕組みを直そうとしていた男が、今この城にいない。


「……宰相がおれば、こんな詰まり方はせんかったのじゃがな」


「ご休養に入られてから、二月になります」


「あやつは官僚どもの尻を叩きすぎて倒れたんじゃ。誰が叩き返したかは、ワシも知っておる」


 王は目を閉じた。閉じたまま続けた。


「で、悪評が立っておるのじゃな」


 レオメルが姿勢を正す気配がした。


「はい。治安維持について、王国軍と騎士団への不信が広がりつつあります。市井では、税は取りに来るがいざという時には来ない、という言い方が」


「ようできた言い方じゃ。ワシでも頷きたくなる」


「陛下」


「本当のことじゃろう。騎士団と軍に要請が届くほどの騒動が十二件で、そのうち半数を対応出来ておらん」


 王は目を開けて、レオメルを見た。


「して、その件を片付けたのは誰じゃ。名は挙がっておるのか」


     ◇


 レオメルの返答が、一瞬遅れた。


 この男が言葉に詰まるのを、王は久しく見ていない。


「……名は、ございません」


「ない?」


「通り名のみでございます」


 男は腰の帳面を開いた。


「全身を黒い鎧で覆い、身の丈は人並みを大きく超え、双眸が赤く光る。左肩に深紅の布を掛けている。名乗らず、報酬を受け取らず、事案の終息後は速やかに去る」


「……」


「市井では、黒騎士と呼ばれております」


 王は無言で先を促した。


「もう一名。連れ添う若い女で、治癒術を用います。負傷者を選ばず治療する。こちらは──」


 レオメルの喉が、わずかに動いた。


「聖女、と」


 執務室の空気が、そこで明らかに変わった。


 王は、卓の木目を見た。


 聖女。四百年前、勇者と共に魔神を討った四人のうちの一人に与えられた名だ。神殿はその名を厳重に管理していて、以後どの治癒術士にも与えていない。称号ではなく、事実上の聖遺物のような扱いだ。


 それが、素性の分からぬ娘に、民の口から与えられている。


「……神殿は」


「まだ動いておりません。ですが、耳には入っております」


「入っておるじゃろうな。あの連中の耳は、ワシの卓に報告書が上がるよりは速い」


     ◇


「所属は」


「不明」


「身分は」


「不明でございます。冒険者ギルドへの登録記録もございません。 聖女につきましては、幾人かまでは絞れておりますが、依頼を受けている活動ではないのでそれ以上は」


「後ろ盾は」


「確認できておりません」


 王は天井を見上げた。梁の隙間に、蜘蛛の巣が一つ張っている。掃除の順番も、どこかの卓で止まっているのだろう。


 それから指で眉間を揉みながら、実に静かな声で言った。


「つまりじゃ。誰でもない者が二人、王国の中を勝手に動き回って、我が軍と騎士団が届かん場所を片端から片付けて、民から拝まれておる。──そういうことじゃな」


「……そういうことでございます」


     ◇


「陛下」


 レオメルが、そこで声の質を変えた。


「私は、この二名の行いを非難する気はございません。十二件のうち、我が団が間に合わなかった分を埋めたのはこの二名です。それは事実として認めます」


「うむ」


「ですが、正体も所属も後ろ盾も分からぬ武力が、国家の管理の外で、民の支持を得て動いている。……これは、行いの善悪とは別に、統治の問題でございます」


「わかっておる」


「もし、この二名が明日、王国に敵対する側へ立ったなら」


「わかっておると言うておるじゃろ」


 王は手を振って、それを止めた。


 止めてから、少し考える顔をした。この男の言っていることは正しい。正しいが、正しいだけで動くと、必ずもう一つ失う。


「レオメル。ワシは、この者を捕らえよとは言わん」


「陛下」


「言うたら、民はどう思う。今更来て、恩人を縛る連中じゃ。悪評が二倍になるだけじゃろうが」


 レオメルが口を閉じた。


「まず、正体を確かめよ。何者で、何をしたいのか。危険があるかどうか。──話をせよ」


「話……でございますか」


「そうじゃ。話じゃ」


 王は床に落ちた報告書の一通を拾い上げた。表紙が土で汚れている。管区から運ばれてきた紙だ。持ってきた者は、たしかに走ったのだろう。走った先で二十日眠っていただけで。


「報酬も名も要らんと言う者が、六回も人を助けておる。そういう者に槍を向ける前に、何を考えておるか聞くのが順番じゃ」


 王は紙を卓へ戻した。


「……順番を間違えるのは、もう飽きた」


     ◇


「では、どちらの団に」


 文官が控えめに聞いたが、王はしばらく黙っていた。


「第一騎士団は、間に合わなかった側じゃ」


 レオメルの背が、わずかに硬くなった。それを見て、王は言い方を選ぶのをやめた。この男は、慰められるより正確に言われる方を好む。


「面と向かって話をするには、少々具合が悪かろう」


「……仰る通りでございます」


「第二騎士団のガダンを呼べ」


 窓の外で、鋏の音が止まっていた。庭師が枝を集めているのだろう。


「あやつなら、相手が得体の知れぬ黒騎士でも普通に飯の話をするじゃろう」


 新たに三枚の報告書を持った担当官が、執務室の扉に迫っていた。

 お読みいただきありがとうございました。事件を片付けられた側にも、片付けられた側なりの事情があります。次回は第六話の続き、黒騎士と謳われる男の名が、世に広く知られる夜になります。ブックマーク・評価をいただけると励みになります。

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