第六話 役者たちのハートに火を点けて
街道を歩きながら、俺はさっきの連中のことを考えていた。
西の村道を塞いでいた十四人。俺が突入して爪剣を振り回して終わったが、引っかかりが残った。
胸当てが全員同じ規格だった。剣は研いであった。脛当ての形まで揃っていた。
それ以上に妙だったのは、俺が飛び込んだ瞬間の動きだ。悲鳴を上げて散らばるんじゃなく、二呼吸で横列を組んだ。前に四、後ろに三。誰が前へ出て誰が下がるか、決まっている連中の動きだった。
「……兵士崩れが、山賊にでも身をやつしたか」
「なにか言いました?」
「気にするな。独り言だ」
◇
「……なんだか、多いですよね」
しばらく歩いてから、エマがぽつりと言った。
「多い?」
「事件です。この半月で、わたしたちが関わったのだけでも六つですよ」
エマが指を一本ずつ指を立てていき、そして次は折っていく。
「ゴブリンとトロールに襲撃された町。今日の村道を塞がれた村……東の町がオークに襲われて、街道で隊商が三度」
「六つか」
「わたしが実習していた頃は、こんなに続かなかったです。気のせいでしょうか」
「気のせい、ではないだろうな。蟻の一穴、天下の破れってやつだ」
やはり、この時代でもこれだけ続くのは異質か。
山賊に身をやつした兵士崩れが、なぜあんな村を選んだ。金もない、蓄えもない、年寄りと子どもしかいない村だ。三日も道を塞いで何の旨味がある。
解決こそしたが、直感といえる何かが引っ掛かりを感じている。
手持ちの札では解を見いだせないまま、街道の先に町の壁が見えてきた。
◇
「……珍しく止められませんでしたね」
東門をくぐったエマが、拍子抜けした声で振り返る。
俺の全身を上から下まで眺めた門番は、槍の石突きを地面から離さないまま、顎で通れと示しただけだった。
「ギルドの支部がある町だからな。甲冑を着込んだ物騒な奴が、日に何十人も出入りしてるんだろ」
「王都の門は、あんなに厳しかったのに」
「あっちは王族が住んでる。ここは商人と冒険者の町だ。門番の心配ごとが違う」
石畳の通りを歩くと幾人かには二度見され、子どもが指を差して母親に止められていた。だが、それだけだ。悲鳴は上がらない。
……悪くはないな。
四百年後の世界で、ようやく紛れ込める場所を見つけた。
◇
通りの真ん中に、三階建ての宿があった。一階が酒場で、上が客室。看板に麦の穂と杯が彫ってある。
店の戸をくぐる前から、中の騒がしさが伝わる。まだ日も落ちていないというのに、卓のほとんどが埋まっていた。革鎧の男たちが肉を突き合い、腕相撲に負けた巨漢が怒鳴っている。
「いらっしゃい。二名かい、泊まりかね? それとも酒にするかね」
カウンターの向こうで、太った女将が布巾を放り出して立ち上がる。俺を頭から爪先まで一往復見て、それだけだった。
「泊まりなら一人銀貨三枚。食事付きなら四枚だよ」
「部屋は分けてくれ。食事は俺は要らん、こいつの分だけ付けてくれ」
「はいよ。三枚と──」
「これはこれは!」
横から声が割り込んだ。
「噂の渦中の、黒騎士殿と聖女様でしょう」
◇
卓の一つに、旅装の男が座っていた。
三十がらみ。使い込まれた弦楽器を膝に立てて、杯を片手にこっちを見上げてにやついている。
楽器持ちで俺たちの話を知っている、つまり──
「あの大層な詩は、お前の仕業か」
「おや、ご存知でしたか。光栄です」
「出演者に許可がないまま広がっていたのを、ご存知でしたか、で済ませていいものかは疑念だがな」
男は立ち上がって、帽子を胸元へ添え、芝居がかった仕草で恭しく腰を折る。
「名をフィネガンと申します。旅の詩人でございます」
「深紅のマントを靡かせて、だったな」
「はい」
「これはテーブルクロスだ」
「ええ、存じております」
悪びれる気配が、ひとつもない。
「千を超える魔獣の軍勢は」
「盛りました」
「金髪を靡かせた美しい聖女」
俺の隣で、エマが小さく「ひゃっ」と言った。
「そちらは盛っておりません。見た通りに書きました」
「わ、わたし、そんな、ちがっ……!」
「あなた様が母子を治しておられた時のお顔を、私は近くで見ておりましたので」
エマが両手で顔を覆って、両足でどたどたと地団駄を踏んだ。耳まで赤い。
「あまり、俺の連れをからかうな」
フィネガンは杯を掲げて、実に楽しそうに笑った。
「おかげさまで、稼がせていただいております」
……こいつは。
噂の元凶が、目の前で酒を飲んでいる。
◇
酒場の扉が、外から乱暴に開いた。
キッチリとした制服に、豊満な身体を包まれた若い女が、息を切らして飛び込んでくる。
悪くない。だが、この様子だと次に出てくる言葉は恐らく悪いものだ。
「冒険者の皆さん! 至急の要件です、聞いてください!」
それまで騒がしかった卓の話し声が止まった。
「ここから南に半日ほど行ったところにある村が、襲われました。武装した集団です。……蓄えを全部運び出して、そのまま村に居座っているそうです」
ここまでなら、増加の傾向を見せてきた襲撃事件の一つというだけだ。
「装備が揃っていて、動きも統率されていたと。……逃げてきた方の話では、軍隊もしくは傭兵経験者ではないかと」
俺は壁から背を離した。
◇
「そいつらが陣取っているのは、何日だ」
ギルド員が振り向いて、俺を見て一瞬言葉を失い、それでも帳面をめくった。
「え、あ……三日、だそうです」
「人数は」
「明かりの点いていた家が七軒だったと。……一軒に七人、八人としても」
「推定で五十は見積もったほうがいいだろうな」
卓のあちこちから声が上がった。五十だと、と誰かが繰り返した。
俺は続けた。
「そいつらの一派だ。今日の昼、ここから東の村道を塞いでた連中がいた。十四人。装備も動きも同じだった」
「じゅ、十四人ですか。それはどこに」
「片付けた。 生き残りはいない」
ギルド員が口を開けたまま止まった。
「あれは斥候か、道を断つ役だろう。あっちも三日、道を塞いでいた」
さっきまでの引っかかりが繋がっていくのがわかった。
旨味のない村を三日囲んだのは、金のためじゃない。人と情報を遮断して通さないためだ。
「本隊の襲撃は近いだろう。 早ければ今夜と見たほうがいい」
◇
小さなどよめきが波紋のように広がり、酒場の空気がにわかに張り詰める。
椅子を蹴って立ち上がる者もいれば、荷を掴む者がいる。女将がカウンターの向こうで青ざめている。
「き、騎士団を呼びましょう!早馬を出せば──」
「間に合いませんな」
声を上げたのは、フィネガンだった。杯を置いて、いつのまにか楽器を肩に掛けている。
「王都まで早馬で三日。第一騎士団が動く決裁に、さらに何日か。……今夜までには、どうにも」
「なら、避難を──!」
「それもいけません」
先程までと打ってかわって低い声で話す詩人は、笑っていなかった。
「二千人が門から流れ出すのを、南の丘から見られたらどうなります。連中は準備を終えているのですよ。逃げ出したと見れば、襲撃を早めるだけです」
誰も、次の言葉を出せなかった。
なるほど。各地を回って戦の後始末ばかり見てきた男の目だ。詩を盛る腕と状況を読む目は、別についているらしい。
◇
「冒険者ギルドの──」
俺が声をかけると、びくりと反応して振り向く。
「は、はい! ヒルダです!」
「ヒルダ、一つ確認する。あんたは今、この酒場の連中を数に入れて考えてるな」
彼女は喉を鳴らして、言葉に詰まった。
「……そ、それは」
「言っておくが、こいつらは冒険者だ。善意の人助け道具じゃない」
俺は酒場の中を睥睨して続けた。
「魔獣を狩って日銭を稼いで生きてる連中だ。町のために並んで死ぬ義理なんかない。それを頭数として勘定するなら話が逆だ」
「……」
「戦力にしたいなら、まずは依頼だ。依頼書と報酬を出せ。それが筋だろう。──どうする」
ヒルダが、ぐっと帳面を胸に抱えた。
顔が真っ赤になっている。怒りじゃない。悔しさだ。自分が何を勘定していたか、今わかった顔だった。
「……責任者に、報告してきます!」
何かを決意した表情で身を翻して、扉を蹴って走り出していった。
まず間違いなく、依頼書は発行されるだろう。
◇
その背中を見送って、俺は酒場の真ん中に立った。
話し声が止まり、二十人以上の目が一斉に俺に向いた。
「いま聞いていた通りだ」
「お前達は、戦うも戦わないも自由な冒険者だ。誰も命令する権利なんかない。俺にもだ」
何人かは目を伏せて腕を組み、考えあぐねている者もいれば、得心のいった者もいる。
この場の会話のペースは握った、あとは一捻り加えるだけだ。
「ところで、さっきのギルドの女の尻は見たか?」
「は?」
一際ガタイの大きい、戦斧を携えた男が目を丸くしていた。
「見るからにいい女だった。声をかけたやつもいるんじゃないのか。断られたというより、存在ごと避けられてる奴もいそうだが」
どこかで誰かが噴き出し、何人か釣られて笑い出した。
「依頼を終えて、この酒場で飲む酒はどうだ。安いだけの麦酒でも、あれは効くだろう。酔って殴り合って、翌朝に女将が出すスープの旨さは、どんなもんだ」
巨漢が腕を組んだまま口を歪めた。
俺には、もうどれも味がしない。飯も酒も、疲れた体で眠る心地よさも、全部この鋼の内側から消えた。
だから、こいつらが何を失うのかは、たぶん俺の方がよくわかる。
「このままなら、それが全部なくなるってことだ」
「誰かのためじゃない。町のためでもない。お前らは冒険者だ」
息を吸う必要のない体で、それでも息を吸う真似をした。
「自分のために、自分で決めろ!」
◇
静寂のなかで、弦が鳴った。
フィネガンが立ち上がって、楽器を構えていた。
助け求める弱き声 聞こえたならば現れる
深紅のマントを靡かせて 彼の者こそ黒騎士
酒場の一角が、ざわりと動いた。
「……おい、その詩って伝説の類じゃなかったのかよ」
「そうです!」
詩人が弦を掻き鳴らして、声を張り上げた。
「こちらのお方こそが、王国内にて最大 最強 無敵の黒騎士殿でございます!」
椅子を鳴らして立ち上がった者がいた。いけるんじゃねえかと肩を叩き合う者達がいた。俺の肩に掛かった煤けた布を指差して、何人かが同時に喋りはじめた。
……また盛られたぞ。いや、今この場に限定しては利用したほうがいい。
悪名だろうがなんだろうが、使えるものは使わせてもらおう。
◇
勢いよく開かれた扉から、ヒルダが紙を掲げて駆け込んでくる。
「こちらが、正式な依頼書です!!」
息が上がりきっていた。走って掛け合って、また走って戻ってきたんだろう。
「緊急討伐依頼、報酬は町の予算から前払い! 参加される方は、こちらへ!」
酒場が、冒険者たちの波で揺れた。
俺はその紙を見て、それから騒がしくなった卓を見た。
自分から名乗るのは気恥ずかしい。歴史に残らなかった男の名前が、勝手に大きくなって返ってきたやつだ。
だが、使える手札は切るべき時に切る。四百年前から、そこは変わらん。
俺は一際声を張りあげた。
「この黒騎士ルクスと、武功を競う奴はいるか!!」
◇
冒険者たちが各々、拳を突き上げて名乗りを上げる。
「おおっ!!」
「舐めるなよ黒いの、俺は首の数で勝つぜ!」
「あんたに勝った男として、詩に出るのは俺だ!」
「馬鹿野郎、まず生き残れ!」
剣が抜かれた。斧が担がれた。杖が突き立てられた。ヒルダの前に列ができて、依頼書に名を書く順番で早くも揉めている。
女将がカウンターを叩いて怒鳴った。
「壊したら弁償だからね!」
その様子を眺めながら、傍らにいるエマはにこやかな表情で果実を頬張っていた。
だいぶ肝が据わってきたな。
窓の外を見ると、日が傾きはじめていた。
この町が戦場になる時間を告げる、夜が来る。
お読みいただきありがとうございました。大層な二つ名の元凶たる男との邂逅と冒険者たちに火をつける回でした。 ブックマーク・評価をいただけると励みになります。




