表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/11

第九話 朝が告げる終幕

「……遅いです、ルクスさん……!」


「南街道のお嬢さん達が離してくれなかったんだよ。俺は色男らしいからな」


 キイイィィィン──。


 何度聞いてもろくなことにならなかった不穏な音が、また鳴り響き始めた。


「その黒いデカブツを片付ける! 射線を開けろ!」


 エマへ手を伸ばしかけていた連中が、弾かれたように道を空ける。旧水路口の前では、他より上等な胸当てを着けた大柄な男が、デア・トルネードの先端をこちらへ据えていた。周囲がその動きに合わせて射線を空けている。あれが、この一団を率いているらしい。


 狙いは俺だ。俺の背後には、立つ力さえ残っていないエマがいる。


「発射する! 伏せろ!」


 肩から兵装を引き下ろし、円筒状の本体を胸の前へ立てる。左肩は命令に遅れたが、右腕だけで無理やり射線へ押し込んだ。


 甲高い悲鳴にも聞こえる音が消え、一瞬の静寂の後に赤い閃光が走った。


 受け止めたというより、兵装ごと胸へ叩き込まれた。石畳を削り取りながら後退し、裂けた装甲の奥で何かがまとめて千切れる。視界が激しく揺れたが、膝だけは折らなかった。


 背中がエマへ触れる寸前で止まる。


 前に立てていたデア・トルネードは、中央からわずかに曲がっていた。俺の胸にも、さっきより深い亀裂が一筋増えている。


「ルクスさん……!」


「大丈夫だ。 二度目だから、少し慣れた」


「そんなものに慣れないでください!」


 大柄な男は舌打ちし、それでも兵装を下ろさなかった。円環が低く鳴り始め、次の充填が始まる。


「治癒術士の女は放っておけ! 厄介なのは黒いのだ、そいつを動かすな!  胸と砕けた肩を狙え!」


 迷いのない指示だった。 エマより俺を優先するのは、こちらにとっても都合がいい。


 突きの構えで放たれた長剣が正面から迫り、肉厚の手斧が壊れた肩へ落ちてくる。さらに荷を引くための鉤が脚へ絡みつく。誰か一人を相手にする前に、三つの攻撃が同時に届く。


 長剣を曲がった兵装の本体で受け流し、斧には左肩を差し出した。黒い欠片が飛ぶ。その間に鉤が膝裏へ食いつき、横から引かれた。


 そこへ、煤けた外套の痩せ男が掌を石畳へ叩きつけた。足元が盛り上がり、残った足首を石が挟み込む。


 倒すつもりではない。俺をここへ縫いつけ、次の一発を確実に当てるつもりだ。


「エマ、壁沿いに角まで行け!」


「でも、ルクスさんが──」


「必ずお前と一緒に帰る。 ここは俺を信じてくれ!」


 彼女が後ろにいると、避けるわけにはいかない。

 エマは唇を結び、錫杖を支えに身体を起こした。立ち上がることはできず、倉庫の壁へ肩を預けながら少しずつ這うように離れていく。


 敵はエマを追わず、指示通りに全員の意識が俺へ集中している。


 今度は短剣が胸の裂け目へ突き込まれた。右手で手首を掴んで握り、骨と肉ごと握り潰す。


「ぎっ......ガァッ......!」


 短く低い悲鳴を上げた男の腕を、そのまま強く引いた。

 掴まれた仲間を救わんと振り下ろされた長剣の前に、その仲間自体が引き出される。


「なっ──」


 長剣が仲間の背中へ当たる寸前で止まる。

 その隙に腕を握り潰した男を吊り上げて振り回し、長剣を持った男に叩きつける。

 絡み合った二人は、鉤を引く男達の前に投げ出され、張っていた鉤縄が僅かに緩んだ。


 「お友達からの借り物だ! 返してやる!」


 曲がったデア・トルネードを右手に持ち替え、投げ槍として投げ放つ。

 鉤を引っ張っていた男の胸元にぶち当たり、胸部をひしゃげさせた。

 

 人の背丈を超える円筒が石畳を打ち、跳ねた。行く手を塞がれた連中が足を止める。


 左足首を挟む石の縁を、右足で踏み砕く。一度では割れない。二度目で亀裂が走り、三度目で足首が抜けた。


 しかし、その間にも兵装の円環が鳴り始めている。


 大柄な男は部下の背後から俺を狙い、射線が開く瞬間を待っていた。今度はエマを気にする必要がない。だが、こちらも囲みを抜け切れていない。


「そのまま押さえろ! 合図したら散れ!」


 剣と斧がもう一度、胸と肩へ押し込まれる。俺を囲んだまま、次の合図を待つつもりだ。


 背後で、猛獣じみた咆哮が上がる。この場に魔獣まで追加されたのかと思うほどだった。


「誰が押さえさせるかぁッ!」


 ハーゲンの戦斧が、鉤の柄を根元から叩き折った。広場へ続く角から巨体が飛び込み、その後ろを、剣を抜いた二人の冒険者と一人の衛兵が追ってくる。


「戻ってきたんですか!」


 壁際まで下がったエマが声を上げる。


「戻ると言っただろうが! 荷車は広場の連中に預けた! お前まで担いで帰って、ようやく仕事は終わりだ!」


「まだ......まだ自分で歩けます!」


「這ってる奴が言う台詞じゃねえ! だが、いい根性だ!」


 ハーゲンは戦斧を振り切らず、太い柄を長剣の使い手の脇腹へ叩き込んだ。隣では冒険者の剣が手斧を弾き、衛兵が倒れた者を引きずって道を空けた。


 俺へ集まっていた圧が一気に薄くなる。


「助かった、熊男!」


「礼も、嬢ちゃんを放っておいた説教も後回しだ! あれを二度と撃たせるな!」


 説教も被弾も受けるつもりはない。


 だが、水路口までの道が開くより先に、煤けた外套の男が両手を再度、石畳へついた。俺と兵装の間で石がせり上がり、腰ほどの高さから一気に壁へ変わっていく。


 遮られる。そう思ったとき、町側から別の声が飛んだ。


「まだ獲物が転がってるじゃねえか!」


 石の表面へ青白い亀裂が走った。中央から割れた壁が通路に沿って斜めに崩れ、水路口の片側を塞ぐ。逃げ込もうとしていた山賊たちが押し戻された。


 遅れてカイエンが角を曲がり、銀狼団の仲間たちが続いた。彼は走った勢いのまま一人の剣を受け流し、柄で顎を跳ね上げる。


「待たせたな、黒騎士様よ!」


「その台詞、今日は俺のものなんだけどな」


「こういうのは目立った者勝ちだ! ビュイック、今だ!」


 カイエンたちより先に屋根伝いで回っていた、ビュイックと呼ばれた小柄な仲間が、上から短剣を投げる。煤けた外套の男は腕を引いて避けたが、そのせいで術が途切れた。足元の石が崩れ、俺の進路から消える。


 銀狼団の治癒術士は戦列へ入らず、そのままエマのもとへ走った。


 終幕の大団円に繋がる道筋は立った。


 大柄な男も分かっていた。充填途中のデア・トルネードを捨て、腰から長剣を抜く。幅の広い刃を正眼に構え、逃げずにこちらを待った。


「こんな町に、どうして化物がいる」


「覚えておけ、通りすがりの黒騎士だ」


「ふざけるな! 刺し違えても貴様だけは貰うぞ!」


 踏み込みは速かった。最初の斬撃は胸の亀裂を狙って走り、返す刃が砕けた肩へ跳ね上がる。右腕で一撃目を払い、二撃目は避け切れずに受けた。


 残っていた装甲が剥がれ、深紅の布まで裂ける。


 左側の動きが鈍いことも、痛みで怯まないことも、もう読まれている。正面から力を競わず、壊れた場所だけを狙って刃を走らせた。


 足元に、誰かが落とした剣がある。

 拾い上げて受けると、甲高い音とともに刀身が欠けた。二合目で亀裂が伸びる。三合目は持たない。

 だから、三合目をまともに受ける必要はない。相手の視線が一瞬だけ胸へ落ちた。突きが来る。


 半歩だけ踏み込み、欠けた剣を寝かせる。滑ってきた刃を鍔元へ噛ませ、右手首を返して籠手との間へ挟み込んだ。


 こちらの剣が砕けるが、砕けた破片を浴びても手は緩めない。相手が引き抜くより先に手首を捻り上げ、長剣を石畳へ落とさせた。


 拳を振り抜けば、加減を誤る。 こいつには聞かなければならないことがある。


 代わりに胸板で押し込み、体勢が浮いたところで足を払う。倒れた身体を反転させ、腕を背中へ回して石畳へ押さえ込んだ。


「殺せ……!」


「安心しろよ、その願いは叶うかもしれないぞ。 お前がどこの誰で、あの兵装をどこで手に入れたのか、すべて話した後ならな」


 舌を噛んで自害させない為に、鉤にかかっていた縄を口に噛ませて縛りつける。

 

 追いついたカイエンが、捕らえた相手の首筋へ剣を当てた。


「大人しくしておきな。暴れた分だけ、後のお仕置きが厳しくなるぞ」


 指揮を失った連中の抵抗は、そこで折れた。剣が落ち、手斧が転がり、両手を上げる者が続く。

 崩れた石壁の端を越えた三人だけが、水路の暗がりへ逃げ込んだ。


 ハーゲンが追おうとしたが、カイエンが止める。


「行かせろ! 町から出ていく奴まで追うな。負傷者と捕虜が先だ!」


 水路の奥から、遠ざかる足音が返ってくる。屋根の上から見張っていた銀狼団の斥候ビュイックも、外へ向かったと声を上げた。


 カイエンは水路口と両脇の倉庫を見比べ、銀狼団の魔術師に問うた。


「入口だけ塞げるか?」


「やれるが、倉庫が傾いてる。先に支えが要る」


「聞いたな、ハーゲン! 残業だ」


「また俺か!」


 文句を言いながらも、ハーゲンは倒れていた梁を担ぎ上げた。衛兵と冒険者が木箱を崩して楔を作り、傾いた倉庫の壁へ梁を噛ませる。


 支えが固まるのを待って、銀狼団の魔術師が石畳へ手を触れた。


 古い水路口が低く軋む。入口の上部から石が内側へ落ち、土砂と一緒に暗い穴を埋めていく。両脇の倉庫は大きく揺れたが、梁に支えられて持ちこたえた。


 最後の石が落ちたところで、町の内外をつなぐ抜け道は消えた。


「これで、ようやく終わりだな」


 カイエンが剣の血を拭って、鞘に収める。


 南街道から持ち込んだデア・トルネードの一基は、俺の前で曲がっている。水路口には、胸当ての男が捨てたもう一基。南に残した二基も、門の内側へ運び込んだという。


 四基すべて、こちらの手に残った。


 ようやく肩の力を抜くと、胸の奥で赤黒い筋が動き始めた。切れた端同士を探り、ゆっくりと絡み合っていく。


「……ルクスさん」


 治癒を受けたエマが、壁に手をつきながら近づいてきた。俺の胸を見上げたまま、顔を引きつらせる。


「なんですか、そのうねうねしてるの! 気持ち悪いです!」


「俺の身体なんだけど、もう少し言い方はないか?」


「だって、うねうねしてます!」


「否定はできないけど、連呼しないでくれるか」


 エマは周囲を見回すと、背中側だけに残った深紅の布を前へ引いた。裂け目へ被せ、ずれないよう装甲の隙間へ端を挟み込む。


「きっと、他の方には見せない方がいいんですよね」


「助かる。俺にも説明できないし、下手を打てば魔族だと思われるかもしれん」


「それと、今はもう動かないでください」


「歩くくらいなら問題ない」


「戦わないでくださいと言っています」


「……善処する」


「約束してください。怒りますよ」


 見上げてくる瞳に、逃げ道はなかった。


「わかった。約束するから睨まないでくれ」


 ようやくエマの肩から力が抜ける。


 その横で、カイエンが縛られた指揮役と、四基のデア・トルネードを順に見た。


「山賊が偶然拾ったにしちゃ、数も扱いも揃いすぎてる。明日になったら、全部吐いてもらうぞ」


「ああ。今夜は町を守れた。それで十分だ」


「ええ、本当に素晴らしい戦いでした。 皆様の大立ち回り、このヴィネガンが謳い広げましょう」


 いつからいたのか、見ていたのか。

 

 水路脇にある家屋の屋根上に、仰々しく帽子を振る胡散臭い男の姿があった。


「あの野郎......。だが、今は気分が良い。 いい詩になるなら尚良し、だ」

 

「はい。また一つ、生き残れましたね」


 隣に立つエマは、困りましたと言いながら微笑んでいる。


 負傷者を運ぶ呼び声と、捕虜を縛る縄の音が倉庫街へ戻ってくる。


 長かった夜が、ようやく終わろうとしていた。

 お読みいただきありがとうございました。新たな兵器、ルクスの破損、新たな詩の生まれる夜となりました。次回、戦いがひとつ終わったということは新たな旅立ちです。ブックマーク・評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ