第九話 朝が告げる終幕
「……遅いです、ルクスさん……!」
「南街道のお嬢さん達が離してくれなかったんだよ。俺は色男らしいからな」
キイイィィィン──。
何度聞いてもろくなことにならなかった不穏な音が、また鳴り響き始めた。
「その黒いデカブツを片付ける! 射線を開けろ!」
エマへ手を伸ばしかけていた連中が、弾かれたように道を空ける。旧水路口の前では、他より上等な胸当てを着けた大柄な男が、デア・トルネードの先端をこちらへ据えていた。周囲がその動きに合わせて射線を空けている。あれが、この一団を率いているらしい。
狙いは俺だ。俺の背後には、立つ力さえ残っていないエマがいる。
「発射する! 伏せろ!」
肩から兵装を引き下ろし、円筒状の本体を胸の前へ立てる。左肩は命令に遅れたが、右腕だけで無理やり射線へ押し込んだ。
甲高い悲鳴にも聞こえる音が消え、一瞬の静寂の後に赤い閃光が走った。
受け止めたというより、兵装ごと胸へ叩き込まれた。石畳を削り取りながら後退し、裂けた装甲の奥で何かがまとめて千切れる。視界が激しく揺れたが、膝だけは折らなかった。
背中がエマへ触れる寸前で止まる。
前に立てていたデア・トルネードは、中央からわずかに曲がっていた。俺の胸にも、さっきより深い亀裂が一筋増えている。
「ルクスさん……!」
「大丈夫だ。 二度目だから、少し慣れた」
「そんなものに慣れないでください!」
大柄な男は舌打ちし、それでも兵装を下ろさなかった。円環が低く鳴り始め、次の充填が始まる。
「治癒術士の女は放っておけ! 厄介なのは黒いのだ、そいつを動かすな! 胸と砕けた肩を狙え!」
迷いのない指示だった。 エマより俺を優先するのは、こちらにとっても都合がいい。
突きの構えで放たれた長剣が正面から迫り、肉厚の手斧が壊れた肩へ落ちてくる。さらに荷を引くための鉤が脚へ絡みつく。誰か一人を相手にする前に、三つの攻撃が同時に届く。
長剣を曲がった兵装の本体で受け流し、斧には左肩を差し出した。黒い欠片が飛ぶ。その間に鉤が膝裏へ食いつき、横から引かれた。
そこへ、煤けた外套の痩せ男が掌を石畳へ叩きつけた。足元が盛り上がり、残った足首を石が挟み込む。
倒すつもりではない。俺をここへ縫いつけ、次の一発を確実に当てるつもりだ。
「エマ、壁沿いに角まで行け!」
「でも、ルクスさんが──」
「必ずお前と一緒に帰る。 ここは俺を信じてくれ!」
彼女が後ろにいると、避けるわけにはいかない。
エマは唇を結び、錫杖を支えに身体を起こした。立ち上がることはできず、倉庫の壁へ肩を預けながら少しずつ這うように離れていく。
敵はエマを追わず、指示通りに全員の意識が俺へ集中している。
今度は短剣が胸の裂け目へ突き込まれた。右手で手首を掴んで握り、骨と肉ごと握り潰す。
「ぎっ......ガァッ......!」
短く低い悲鳴を上げた男の腕を、そのまま強く引いた。
掴まれた仲間を救わんと振り下ろされた長剣の前に、その仲間自体が引き出される。
「なっ──」
長剣が仲間の背中へ当たる寸前で止まる。
その隙に腕を握り潰した男を吊り上げて振り回し、長剣を持った男に叩きつける。
絡み合った二人は、鉤を引く男達の前に投げ出され、張っていた鉤縄が僅かに緩んだ。
「お友達からの借り物だ! 返してやる!」
曲がったデア・トルネードを右手に持ち替え、投げ槍として投げ放つ。
鉤を引っ張っていた男の胸元にぶち当たり、胸部をひしゃげさせた。
人の背丈を超える円筒が石畳を打ち、跳ねた。行く手を塞がれた連中が足を止める。
左足首を挟む石の縁を、右足で踏み砕く。一度では割れない。二度目で亀裂が走り、三度目で足首が抜けた。
しかし、その間にも兵装の円環が鳴り始めている。
大柄な男は部下の背後から俺を狙い、射線が開く瞬間を待っていた。今度はエマを気にする必要がない。だが、こちらも囲みを抜け切れていない。
「そのまま押さえろ! 合図したら散れ!」
剣と斧がもう一度、胸と肩へ押し込まれる。俺を囲んだまま、次の合図を待つつもりだ。
背後で、猛獣じみた咆哮が上がる。この場に魔獣まで追加されたのかと思うほどだった。
「誰が押さえさせるかぁッ!」
ハーゲンの戦斧が、鉤の柄を根元から叩き折った。広場へ続く角から巨体が飛び込み、その後ろを、剣を抜いた二人の冒険者と一人の衛兵が追ってくる。
「戻ってきたんですか!」
壁際まで下がったエマが声を上げる。
「戻ると言っただろうが! 荷車は広場の連中に預けた! お前まで担いで帰って、ようやく仕事は終わりだ!」
「まだ......まだ自分で歩けます!」
「這ってる奴が言う台詞じゃねえ! だが、いい根性だ!」
ハーゲンは戦斧を振り切らず、太い柄を長剣の使い手の脇腹へ叩き込んだ。隣では冒険者の剣が手斧を弾き、衛兵が倒れた者を引きずって道を空けた。
俺へ集まっていた圧が一気に薄くなる。
「助かった、熊男!」
「礼も、嬢ちゃんを放っておいた説教も後回しだ! あれを二度と撃たせるな!」
説教も被弾も受けるつもりはない。
だが、水路口までの道が開くより先に、煤けた外套の男が両手を再度、石畳へついた。俺と兵装の間で石がせり上がり、腰ほどの高さから一気に壁へ変わっていく。
遮られる。そう思ったとき、町側から別の声が飛んだ。
「まだ獲物が転がってるじゃねえか!」
石の表面へ青白い亀裂が走った。中央から割れた壁が通路に沿って斜めに崩れ、水路口の片側を塞ぐ。逃げ込もうとしていた山賊たちが押し戻された。
遅れてカイエンが角を曲がり、銀狼団の仲間たちが続いた。彼は走った勢いのまま一人の剣を受け流し、柄で顎を跳ね上げる。
「待たせたな、黒騎士様よ!」
「その台詞、今日は俺のものなんだけどな」
「こういうのは目立った者勝ちだ! ビュイック、今だ!」
カイエンたちより先に屋根伝いで回っていた、ビュイックと呼ばれた小柄な仲間が、上から短剣を投げる。煤けた外套の男は腕を引いて避けたが、そのせいで術が途切れた。足元の石が崩れ、俺の進路から消える。
銀狼団の治癒術士は戦列へ入らず、そのままエマのもとへ走った。
終幕の大団円に繋がる道筋は立った。
大柄な男も分かっていた。充填途中のデア・トルネードを捨て、腰から長剣を抜く。幅の広い刃を正眼に構え、逃げずにこちらを待った。
「こんな町に、どうして化物がいる」
「覚えておけ、通りすがりの黒騎士だ」
「ふざけるな! 刺し違えても貴様だけは貰うぞ!」
踏み込みは速かった。最初の斬撃は胸の亀裂を狙って走り、返す刃が砕けた肩へ跳ね上がる。右腕で一撃目を払い、二撃目は避け切れずに受けた。
残っていた装甲が剥がれ、深紅の布まで裂ける。
左側の動きが鈍いことも、痛みで怯まないことも、もう読まれている。正面から力を競わず、壊れた場所だけを狙って刃を走らせた。
足元に、誰かが落とした剣がある。
拾い上げて受けると、甲高い音とともに刀身が欠けた。二合目で亀裂が伸びる。三合目は持たない。
だから、三合目をまともに受ける必要はない。相手の視線が一瞬だけ胸へ落ちた。突きが来る。
半歩だけ踏み込み、欠けた剣を寝かせる。滑ってきた刃を鍔元へ噛ませ、右手首を返して籠手との間へ挟み込んだ。
こちらの剣が砕けるが、砕けた破片を浴びても手は緩めない。相手が引き抜くより先に手首を捻り上げ、長剣を石畳へ落とさせた。
拳を振り抜けば、加減を誤る。 こいつには聞かなければならないことがある。
代わりに胸板で押し込み、体勢が浮いたところで足を払う。倒れた身体を反転させ、腕を背中へ回して石畳へ押さえ込んだ。
「殺せ……!」
「安心しろよ、その願いは叶うかもしれないぞ。 お前がどこの誰で、あの兵装をどこで手に入れたのか、すべて話した後ならな」
舌を噛んで自害させない為に、鉤にかかっていた縄を口に噛ませて縛りつける。
追いついたカイエンが、捕らえた相手の首筋へ剣を当てた。
「大人しくしておきな。暴れた分だけ、後のお仕置きが厳しくなるぞ」
指揮を失った連中の抵抗は、そこで折れた。剣が落ち、手斧が転がり、両手を上げる者が続く。
崩れた石壁の端を越えた三人だけが、水路の暗がりへ逃げ込んだ。
ハーゲンが追おうとしたが、カイエンが止める。
「行かせろ! 町から出ていく奴まで追うな。負傷者と捕虜が先だ!」
水路の奥から、遠ざかる足音が返ってくる。屋根の上から見張っていた銀狼団の斥候ビュイックも、外へ向かったと声を上げた。
カイエンは水路口と両脇の倉庫を見比べ、銀狼団の魔術師に問うた。
「入口だけ塞げるか?」
「やれるが、倉庫が傾いてる。先に支えが要る」
「聞いたな、ハーゲン! 残業だ」
「また俺か!」
文句を言いながらも、ハーゲンは倒れていた梁を担ぎ上げた。衛兵と冒険者が木箱を崩して楔を作り、傾いた倉庫の壁へ梁を噛ませる。
支えが固まるのを待って、銀狼団の魔術師が石畳へ手を触れた。
古い水路口が低く軋む。入口の上部から石が内側へ落ち、土砂と一緒に暗い穴を埋めていく。両脇の倉庫は大きく揺れたが、梁に支えられて持ちこたえた。
最後の石が落ちたところで、町の内外をつなぐ抜け道は消えた。
「これで、ようやく終わりだな」
カイエンが剣の血を拭って、鞘に収める。
南街道から持ち込んだデア・トルネードの一基は、俺の前で曲がっている。水路口には、胸当ての男が捨てたもう一基。南に残した二基も、門の内側へ運び込んだという。
四基すべて、こちらの手に残った。
ようやく肩の力を抜くと、胸の奥で赤黒い筋が動き始めた。切れた端同士を探り、ゆっくりと絡み合っていく。
「……ルクスさん」
治癒を受けたエマが、壁に手をつきながら近づいてきた。俺の胸を見上げたまま、顔を引きつらせる。
「なんですか、そのうねうねしてるの! 気持ち悪いです!」
「俺の身体なんだけど、もう少し言い方はないか?」
「だって、うねうねしてます!」
「否定はできないけど、連呼しないでくれるか」
エマは周囲を見回すと、背中側だけに残った深紅の布を前へ引いた。裂け目へ被せ、ずれないよう装甲の隙間へ端を挟み込む。
「きっと、他の方には見せない方がいいんですよね」
「助かる。俺にも説明できないし、下手を打てば魔族だと思われるかもしれん」
「それと、今はもう動かないでください」
「歩くくらいなら問題ない」
「戦わないでくださいと言っています」
「……善処する」
「約束してください。怒りますよ」
見上げてくる瞳に、逃げ道はなかった。
「わかった。約束するから睨まないでくれ」
ようやくエマの肩から力が抜ける。
その横で、カイエンが縛られた指揮役と、四基のデア・トルネードを順に見た。
「山賊が偶然拾ったにしちゃ、数も扱いも揃いすぎてる。明日になったら、全部吐いてもらうぞ」
「ああ。今夜は町を守れた。それで十分だ」
「ええ、本当に素晴らしい戦いでした。 皆様の大立ち回り、このヴィネガンが謳い広げましょう」
いつからいたのか、見ていたのか。
水路脇にある家屋の屋根上に、仰々しく帽子を振る胡散臭い男の姿があった。
「あの野郎......。だが、今は気分が良い。 いい詩になるなら尚良し、だ」
「はい。また一つ、生き残れましたね」
隣に立つエマは、困りましたと言いながら微笑んでいる。
負傷者を運ぶ呼び声と、捕虜を縛る縄の音が倉庫街へ戻ってくる。
長かった夜が、ようやく終わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございました。新たな兵器、ルクスの破損、新たな詩の生まれる夜となりました。次回、戦いがひとつ終わったということは新たな旅立ちです。ブックマーク・評価をいただけると励みになります。




