第八十四話 使い捨ての札 二十五枚
斧槍を引き戻した男は、続けざまに迫る二本の刃を受け止めようとはせず、上体を沈めてやり過ごした。その姿勢から石突きを俺の腹へ突き出す。手甲で受けると、男は手応えを確かめるまでもなく距離を取った。無理に攻めず、相手の出方を見ている。なかなか骨のある男だ。
「初見の六爪剣をあそこまで捌くとは。仕掛けに頼るだけの男じゃないようだな」
「重弩六発を食らって傷一つなしか。あれじゃ狙撃というより、鐘を打ち鳴らして到着を知らせたようなものだ」
「熱烈な歓迎だった。礼なら屋根の上の仲間が返してくれたはずだ」
「なら、その鎧の内側くらい拝ませてもらおうか」
「覗いたところで、土産になるものはないぞ」
軽口を交わしても、兜越しの視線は俺の両腕に据えられたままだ。斧槍の刃元に取り付けられた金具は、六爪剣と接触する瞬間だけ魔力の衝撃を横へ放つ。刃を真正面から受けるのではなく、斬撃の向きを変える仕掛けのようだ。残る刃をかわすには本人の技量が要るし、さっきの一撃では肩を狙われる直前まで踏み込んできた。使い慣れているらしい。
男が顎を動かすと、通りの端にいた部下が二人、荷捌き場の陰へ走り出した。俺を足止めしている間に馬車を狙うつもりか。なかなか欲張りな仕事だが、そちらにも腕利きが控えている。
「部下の働きに期待するのは結構だが、荷馬車の方にいる仲間も手強いぞ」
「黒騎士の連れだ。甘い相手とは思っておらんさ。だからこそ、お前にはここにいてもらう」
斧槍が横薙ぎに走った。半歩退いて穂先をかわし、右腕の六爪剣を男の胸へ振るう。青白い光が弾け、最初の刃が外へしなった。男は残る二本を上体を反らして避け、再び穂先を構える。
触れた刃を逸らせても、三本まとめて防げるわけじゃない。しかも仕掛けを働かせるには、俺の斬撃が来る位置へ正確に斧槍を合わせる必要がある。なら、その読みを外してやればいい。
俺は右腕を高く上げ、肩を狙うように振り下ろした。男が斧槍を斜めに立てたところで手首の角度を変える。長い刃がしなり、先端は斧槍の刃元ではなく柄の外側を掠めて通った。同時に左腕を横へ払うと、三本のうち一本が男の脇腹へ届く。男は身体を捻って深手を避けたが、甲冑の継ぎ目には細い裂け目が残った。
「受け方は巧い。だが、六本全部と付き合うのは骨が折れるだろ?」
「御託の割に傷は浅いぞ。黒騎士の剣も案外、看板倒れかもしれんな」
「口の減らない相手は嫌いじゃない。お互い様だな」
男は斧槍を握り直し、先ほどより半歩近く踏み込んできた。六爪剣が長い分、腕を大きく振らせまいという判断だろう。突きから柄を返して短く打ち込み、俺の腕が上がるところへ穂先を差し込もうとする。実に手堅い。だが、長い刃だからといって、振り回すだけが使い道じゃない。
肘を畳んだまま右腕を斜めに払う。刃が小さくしなって男の肩口へ伸びると、相手は素早く斧槍を立て、青い閃光で一本を弾いた。その隙に俺は男の武器を持つ側へ回り込み、左腕を腰の高さで振るう。正面からの受け流しを想定していた斧槍では間に合わず、一本が右の小手を裂いた。
男は小手を斬られた腕を庇い、一度距離を取った。斧槍の刃元からは薄い煙が上がっている。
「なかなかに良い武器だな。使い手まで上等とは珍しい」
「褒めても値引きはせんぞ、黒騎士」
「安心しろ。買うつもりはない、貰い受けるだけだ」
「強盗の口上を聞くとはな。帝国の街道も物騒になったもんだ!」
「先に襲ったのはそっちだろう。順番くらい覚えておいてくれ」
言い合う間に、馬車の方から金属を打つ音が響いた。
「硬ったぁ! 無理無理! キレイな手に傷ついちゃう!」
胸甲を殴ったサクヤが拳を振っている。犰狳で腕を強化していたが、相手の鎧も分厚いらしい。剣が振り下ろされるより先に身を寄せ、胸甲へ呪符を貼り付けた。封締式で動きを封じるや、男を掴んで仲間二人の方へ投げ飛ばす。
「恋する乙女を舐めんなァッ!」
重なって倒れた三人へ、サクヤが掌を向ける。
「殺意全開で来たんだから! こっちだって全力でぶっ飛ばす!」
雷霆が三人を撃ち抜き、馬車の手前で収まった。さすがに巻き添えは出していないが、恋する乙女の攻撃にしては随分と容赦がない。
「……いや、恋する乙女ってのは、そういう生き物だったか?」
「アーアー! 聞こえなーい! 大好きな人の異論もいまは聞こえませーん!」
「悪い悪い。そっちは頼んだぞ!」
「任せといて!」
その声に紛れて斧槍の男が踏み込んだ。横薙ぎの刃をかわした俺は柄を握る手首を手甲で押さえ、六爪剣を添える。男が持ち替えようとした瞬間に柄を捻り上げ、斧槍を奪い取った。後退した男は血の滲む腕を庇いながらも、俺ではなく馬車へ視線を走らせる。次に何を指示するのかと思った矢先、倉庫へ向けて怒鳴った。
「もういい! 獣を出せ! 馬車ごと潰せ!」
鎖の外れる音が通りに響いた。建物の陰に留まっていた二つの反応が動き出す。片方は地面を揺らし、もう片方は高架通路へ駆け上がっていった。
「最後の切り札か。ずいぶん物騒な手札を抱えているらしいな」
倉庫の扉を押し破って現れたのは、角を備えた巨大な四足獣だった。背から肩にかけて金属の固定具を打ち込まれ、脚には太い帯金が巻かれている。頭上では細長い六脚の獣が壁を伝い、作業通路の縁へ取り付いていた。あちらは軽い身体を活かして屋根の上を走り回るつもりか。
「ヴィクトル、二体来る! 先頭の馬車を下げろ!」
「護衛班、車輪を切り返せ! 証人の馬車も距離を取れ!」
命令が響くのと同時に、巨獣の背の金具が青く脈動した。前脚が石畳を抉り、巨体が一気に加速する。正面の馬車に角を突き立てるつもりらしい。斧槍を壁際へ放り、俺は進路へ割って入った。
角を両腕で押さえると、鎧の足元で石畳が砕けた。背の器具が光るたび、獣がさらに力を絞り出す。魔獣というより、苦痛ごと力に変えられているような有様だ。歯を食いしばる口から泡が散り、肩の固定具には血が滲んでいた。
「魔獣とはいえ、冒涜的な扱いをするもんだ……!」
押し合いを続ければ馬車に近づく。俺は角を掴んだまま身体を捻り、獣の勢いを左手の荷捌き場へ向けた。巨体が煉瓦壁へ肩をぶつけ、轟音とともに積み荷を崩す。間髪入れずにまた突っ込もうとするところへ、俺は右側面へ回って六爪剣を振り下ろした。
前脚の帯金は厚いが、関節の内側まで覆ってはいない。そこを狙って三本の刃を滑り込ませると、硬い腱がまとめて断ち切れた。獣が傾いたところへ左腕の刃を重ね、もう一方の前脚も斬る。支えを失った巨体は勢い余って石畳を滑り、壁の根元へ激突した。背の金具が火花を散らして止まる。
その背後から、短剣を構えた指揮官が飛び込んできた。俺が巨獣にかかりきりになるのを待っていたのだろう。なるほど、腕もいいが執念深い。
「そこまでして証人を消したいのか。ずいぶん割に合わない仕事だな」
「口を閉じろ。俺たちは依頼を果たす、それだけだ!」
「命を賭ける理由くらい、雇い主から聞かせてもらったらどうだ?」
男は答えず、短剣を喉元へ突き込んできた。半身になってかわし、左腕を払う。伸びた刃が鎧の脇を裂き、続く一本が胴を断った。男が石畳へ崩れるのを横目に、俺は頭上へ視線を移した。
六脚の獣が高架通路を駆け、先頭の馬車へ細い首を伸ばしている。喉元に膨らんだ袋が見えた途端、セラスの矢が側面から飛んだ。獣は脚を使って壁へ跳び移ったが、次の矢が後脚を一本射抜く。
「サクヤ! そっちの獣は馬車を狙ってる! 口を開かせないで!」
「分かってる! 私の目の前で、好き勝手燃やさせるかっての!」
だが獣の方が一歩早かった。喉の袋が縮み、粘ついた液体が雨のように散る。飛沫は空中で火を帯び、エマが広げた聖壁へぶつかった。炎の大半は防がれたものの、防壁の脇を抜けた数滴が、動き出した先頭の馬車の幌を捉える。
炎は布に貼り付き、手で払っても落ちない。係官が書類の革鞄を胸に抱え、馬車から降りようとしたが、出入口にも燃えた布が垂れ下がっていた。
「動かないでください! 聖壁で道を作ります!」
護衛兵が剣で幌を切り裂いた。エマは係官の前へもう一枚の防壁を張り、燃える布を遮っている。兵士が係官を引き出した拍子に、焼け落ちた布の端が革鞄へ貼り付いた。
「帳簿を離すな! 人を下げてから消火しろ!」
ヴィクトルの指示を受けた兵士が係官を安全な位置へ誘導する。その上では、六脚の獣が再び喉を膨らませようとしていた。
「二度目はさせないわよ!」
セラスの矢が喉の袋を射抜く。獣が苦し紛れに通路へ張り付いたところを、サクヤの呪符が後脚の一本へ貼り付き、封締式で動きを止めた。次の瞬間、雷霆が壁面を駆け上がる。逃げ場を失った獣は稲妻をまとって落下し、石畳へ叩きつけられた。
「セラス、まだ動くか!」
「仕留めた! それより帳簿の方!」
俺は荷捌き場を抜けて馬車へ戻った。兵士たちは馬を外し、燃えた幌を車体から切り離している。サクヤが火の付いた荷を引き剥がし、エマは火傷を負った係官へ治癒を施していた。革鞄は外側を焼かれ、留め金の隙間から煙が漏れている。
ようやく火が消え、ヴィクトルが帳簿を取り出した。端の数枚は黒く縮れ、触れた途端に崩れ落ちる。受領記録や残りの頁は読めそうだが、焼けた部分の数字までは取り戻せない。
「……証人は守れたが、帳簿には傷を付けちまったな」
「人命を優先した結果です。灰になった数字を悔やむのは、残った数字を調べてからにしましょう」
ヴィクトルらしい返答だった。彼はすぐに記録の再封印を命じ、焼け残った断片まで散逸しないよう保管箱を用意させる。後ろの馬車ではフリッツが窓枠を握り締め、まだ青ざめた顔でこちらを見ていた。怪我はないらしい。
襲撃者の生存確認に回った兵士が声を上げた。拘束されかけた二人が口へ何かを運び、押さえつけられた直後に息絶えたという。ヴィクトルは遺体を動かさず所持品を調べるよう命じたが、口にしたものも、そうまでして守りたかった秘密も分からない。
改造された獣を含め敵の反応は二十五。人間二十三人と獣二体で数は合う。護衛兵の負傷者は二名、ほかに係官が火傷を負ったが、エマの治癒を受けて全員が命を取り留めていた。セラスが屋根から降り、矢筒の残りを確かめながら焼けた馬車へ目を向ける。
「用心深い連中ね。あれだけの人数を揃えて、あんな獣まで隠してたなんて」
「相手にした人数より、逃がした情報の方を心配しているんだろう。証人には、よほど口を開いてほしくないらしい」
「だからって人も獣も使い捨て? 気分の悪い話だわ」
「同感だ。せめて、この連中が何者だったのかくらいは知りたいな」
ヴィクトルは所属章のない装備と、切り離された獣の固定具を調べさせていた。俺が壁際に置いた斧槍も見つかり、青白い衝撃を放つ刃元の金具が検分の対象になっている。魔導斧槍そのものは無傷だ。せっかくの戦利品だが、ここは監察官に先に調べてもらう方が筋だろう。
「証人の移送は続けるんだろう?」
「ええ。代わりの馬車と増援を呼び、帳簿は別の経路で運びます。皆さんには予定以上の危険を負わせましたが――」
「これだけの戦力を投入してくる連中だぞ。襲撃部隊がこれで全部とも限らん。保護施設までは付き合うさ。ミレイユに説明するのは俺の役目だしな」
「……感謝します。今度こそ、帳簿の行き先だけでなく、襲撃者の送り主も突き止めたいところです」
「頼んだぞ。俺も、こんな連中に送り状が付いているなら一度見てみたい」
ヴィクトルが部下に指示を出し、焼け残った帳簿が新しい箱へ収められていく。失われた頁は戻らないが、証人の口まで封じられたわけじゃない。
倉庫の前には、金属を身体へ打ち込まれた獣が横たわっている。あれほどの苦痛を負わせてまで走らせた仕掛けなら、ディートヒルトも興味を持つだろう。だが、その仕組みを調べる前に、まずはフリッツを無事に送り届けなければならない。
こちらを狙った連中が、次は何を持ち出してくるか分からないのだから。




