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第八十三話 証人ボディガード

 監察局の中庭には、幌を掛けた馬車が二台並んでいた。出発の支度を進める帝国兵の脇で、ヴィクトルが書類の最後の一枚に署名している。俺が声を掛けると、彼は封蝋を確かめてから顔を上げた。


「契約書の控えは、商会にも届けてあります。報酬は護送終了後に監察局からお支払いします」


「助かる。ミレイユに金の話を忘れたなんて言ったら、敵より厄介なことになるところだった」


「それほど厳しい方ですか」


「厳しいというより、抜け目がないんだ。こっちの仕事もきちんと見てくれるから、文句はないけどな」


 護送に同行する間、商隊の荷の出入りは最小限に抑え、必要な警備も手配済みだという。今朝、宿を出る際にミレイユは何度も日程を確かめていたが、最後には「どうぞ、帝国の皆様にもルクスさんのお力を見せて差し上げてくださいませ」と送り出してくれた。本人は激励のつもりなのだろう。できれば見せる機会などない方がありがたい。


 先に身支度を終えていたセラスが、倉庫街の方角へ顎を向けた。


「じゃ、アタシは上を行くわ。あの辺り、通路も屋根も繋がってるし」


「頼む。気づいたことがあっても無理に降りてくるなよ。射手の相手は任せる」


「誰に言ってるのよ。あんたこそ、先に全部終わらせないでちょうだい」


 軽口を残して離れていく背中を見送り、俺は先導の兵士たちと配置を確認した。フリッツは後ろの馬車に乗り、エマとヴィクトルが同行する。押収した控え帳は受領記録とともに封印され、別の係官が先行する馬車で管理することになっていた。サクヤは二台の間を守り、俺は先導兵より少し前に出る。帝国兵は馬車の周囲と退路を担当する手筈だ。


「黒騎士殿、本当にその位置でよろしいので?」


 先導役の兵士は、俺の鎧を見上げて訊ねた。


「先に厄介なのが出てきたら、俺が相手をした方が早いだろう。あんたたちは馬車を頼む」


 頷いた彼は、余計な質問を重ねずに部下へ指示を出した。頼りになる連中だ。


 工業区に入ってしばらくは、護送らしい騒ぎもなかった。鉄を叩く音が建物の奥から響き、荷車を押す職人たちが帝国兵の姿を見て道を譲る。馬車の車輪が石畳の継ぎ目を越えるたび、後方から小さな軋みが伝わってきた。朝の作業が始まっているこの時間なら、武装した集団が待ち伏せるにも人目を避ける工夫が要るはずだ。


 やがて倉庫が密集する通りへ差しかかった。高い塀の内側に荷揚げ用の足場が設けられ、建物同士を渡る作業通路が頭上を横切っている。昨日、護送経路を聞いてからセラスと目を付けていた場所だ。馬車を止めるには都合がよく、上からなら通りをほぼ見渡せる。俺が待ち伏せる側でも、ここを使うだろう。


 先ほどまで屋根の縁に時折見えていたセラスの姿は、もう見えない。足場の陰を選んで進んでいるのだろう。俺もわざわざ探しはせず、曲がり角へ差しかかる前に歩みを緩めた。


≪広域探知 敵性存在 二十五≫


 聞き慣れた声が意識に直接響いた。建物を挟んで散らばる反応の中には、高い位置で動かないものもある。見通しの悪い通りだが、連中の方は準備が整ったらしい。


「餌に獲物かかったな」


 俺がそう呟くと、すぐ近くにいたヴィクトルが問い返すより先に、先導兵へ手を上げた。打ち合わせどおり、二台の馬車が間隔を保って停止する。兵士たちは声を張り上げることなく、馬の手綱を確保し、車体の近くへ散った。


「もういるのですか」


「二十五。まだ姿を見せてないが、用意はできてるらしい。あんたは証人を頼む」


「承知しました。こちらの配置は変えません」


 俺は馬車から距離を取り、通りの先へ歩み出た。黒い鎧に赤い外套。身を隠すには向かない格好だが、今日はそれでいい。相手が誰を真っ先に狙うか、わざわざ考えさせる必要もなかった。


 上の通路で、靴底が板を擦る音がした。続いて金具を引き絞る音が重なる。俺が頭上を見上げるより早く、六本の太矢が空を裂いた。


 胸、肩、腕。狙いの定まった重弩の初撃が次々に命中し、鈍い金属音を響かせる。足元へ転がった矢の一本を眺めると、厚い鋼の鏃が潰れていた。鎧には傷ひとつない。腕のいい射手を揃えたらしいが、こればかりは相手が悪かったな。


「なるほど、射撃の腕はいい。もっとも、俺にはちょっと通じないが」


 最初の矢を射た男が重弩を下ろし、次の装填に移ろうとした。その首元へ横合いから矢が突き立つ。別の足場で弩を抱え直した男も、立ち上がりかけたところを射抜かれた。射手の位置を確かめるように屋根の上を探す声が上がるが、返事をする者はいない。


 屋根と作業通路の間を走る影が、一瞬だけ見えた。セラスだ。こちらへ向けて撃った連中から狙っている。弩兵が遮蔽物へ逃れようとするたび、先回りした射線から矢が飛ぶ。次の装填を諦めて身を伏せる者もいたが、それでは護送隊を狙えない。俺が引き受けた六本の矢は、きっちり役に立ったわけだ。


 地上でも動きがあった。倉庫の荷捌き場から金属鎧の男たちが現れ、大剣や斧槍を手に通りへ広がっていく。先頭の男が間合いを詰めかけたところで、後続が別の進路を選んだ。頭上の射撃が崩れても、連中は闇雲に突っ込んでこない。


 こいつら、相当場数を踏んでいるな。なら、こちらも余計な手心を加えるべきじゃない。俺は少し声を張り、馬車の近くにいる二人へ呼び掛けた。


「エマ、サクヤ! こいつら手練れだ。捕虜にすることは考えなくていい。全員殺すつもりで全力であたるぞ!」


「……全員、ですか?」


 エマの返事が一拍遅れた。何か言いかけたものの、近づいてくる襲撃者たちと、フリッツの乗る馬車を見比べて口を閉じる。魔獣を相手にするときとは違い、人間を一人残らず殺すという判断には、まだ迷いがあるのだろう。


「……わかりました。でも、フリッツさんたちは絶対に守ります!」


「りょーかいっ! 後で加減しろって言われても、消し炭にした後じゃ知らないからね!」


 襲撃者の一人がサクヤの狐耳へ目をやり、黒い鎧へ視線を戻した。別の男も足を止めかける。バルガルドでの噂を聞いていたなら、俺とサクヤの取り合わせには心当たりがあるだろう。弩が通じないところを見せられた上に、今度は殺すつもりだと宣言された。少しは迷ってもらわないとな。


「怯むな! 馬車を押さえろ! 黒騎士だけを相手にするな!」


 通りの奥からよく通る声が飛んだ。指揮を執る男の判断も早い。ならば、そいつが指示を出す前に働いておこう。


 両手から、三本ずつ六爪剣《ヘキサブレード》を展開する。手甲と腕の間からせり出した六本の刃は、肩から指先ほどの長さを持ちながら、鞭のように柔軟にしなる。俺が軽く腕を払うと、先端が遅れて弧を描き、石畳に細い傷を刻んだ。


 斧槍を構えた男が踏み込み、後続の男が大剣を振りかぶる。互いの間合いを補う動きは悪くないが、俺の武器を普通の剣と同じように考えているなら、少々危ないぞ。


 斧槍の穂先をかわしながら腕を振るうと、三本の刃が大きく外へ膨らんだ。先頭の男が慌てて柄を引き戻すものの、しなった刃は武器の外側を回り込み、胸甲ごと胴を斬り裂く。さらに腕を返せば、振り抜いた先端が遅れて戻り、後続の男が振り下ろそうとしていた大剣を途中から断ち切った。


 相手が崩れたところへ踏み込む必要もない。腕の動きに合わせて軌道を変える六本の刃は、一人を捉えた後も勢いを失わず、別の敵へ向かって走っていく。間合いを見誤った男が慌てて後退したが、戻ってきた刃に金属鎧を裂かれ、石畳へ倒れ込んだ。


 仲間が倒れるのを見ても、連中は逃げない。長柄の戦槌が頭上から迫る一方、低い位置から曲刀の刃が差し込まれた。俺の鎧を砕くつもりなら無茶な話だが、足を止めさせて別の者を通す狙いなら悪くない。


 戦槌を腕で弾きながら、もう片方の腕を横へ払う。三本の刃が扇状に広がり、曲刀の使い手が身を引いた先まで追いかけた。金属鎧を切り裂いた刃は、そのまま後続の男にも届く。腕を戻す際に先端の軌道を変え、馬車へ向かおうとしていた男の進路を断った。


 六爪剣《ヘキサブレード》は長さだけでなく、振り終えた後の動きまで利用できるのが便利だ。逆に、無造作に振り回せば味方まで巻き込みかねない。背後の通りには馬車が二台ある以上、刃を流す範囲にも気を配る必要があった。


「ルクスさん! こっちはサクヤさんとわたしに任せてください!」


 エマの声とともに、馬車の方で加速《ヘイスト》の術光が走った。


「サクヤさん、勢い余って馬車まで巻き込まないでくださいね」


「ちょっと、私を何だと思ってるの!?」


「腕のいい術士だと思ってます。思ってますけど……最近はルクスさんに毒されてますから」


「えっ!? ちょっと待って、なんでそこでルクスさんが出てくるの!?」


「だって、無茶なことをするのが当たり前になってきてません?」


「そ、それは……ルクスさんがあんな戦い方するから、つい!」


「ほら、やっぱり毒されてるじゃないですか!」


「エマだって、最近は結構無茶するでしょ!」


 言い返しながら、サクヤは馬車へ迫っていた男に向かって駆け出した。相手が長剣を構え直すより早く跳び上がり、その胸甲へ飛び蹴りを叩き込む。重い金属音とともに男が数歩よろめくが、サクヤは着地するなり次の攻撃に備えて間合いを詰めた。


「サクヤさんほどじゃありません! ほら、またそんな無茶を!」


「これくらい普通だってば! ちゃんと戦ってるだけ!」


 まったく、敵を前にして随分と元気な連中だ。まあ、これだけ口が回るなら、余計な心配は要らんだろう。


 俺の相手を避けて荷捌き場へ回り込んだ男が二人いたが、サクヤのいる方へ向かったところまでは視界に収めていた。


 次の攻撃へ移ろうとしたところで、先ほどの指揮官らしい男が戦槌の使い手に代わって進み出た。全身を覆う金属鎧は他の襲撃者より作りがよく、握る斧槍の刃元には見慣れない魔導部品が組み込まれている。こちらの六爪剣が届く距離を測りながら近づく足運びにも、無理がなかった。


 腕を払うと、三本の刃が男の胴へ向かって弧を描く。男は後退せず、斧槍を斬撃の軌道へ差し込んできた。


 最初の刃が斧槍に触れた途端、刃元から青白い光が弾けた。


 横殴りの衝撃を受け、俺の振るった刃が狙いから大きく逸れる。斧槍で押し返されたわけじゃない。接触した瞬間に魔力を放ち、斬撃の方向を強引に変えられたのだ。


 男は間髪入れずに斧槍を引き戻した。後続の二本が迫っているというのに、構えに乱れはない。どうやら、面白い仕掛けを持ち込んできたらしい。

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