第八十話 監察官ヴィクトル・ハーゼ
研究棟の廊下を進んでいると、開け放された工房から金属を削る音が響いてきた。試験に付き合ったばかりとはいえ、工房の奥で何が動いているのかは見当もつかない。図面を抱えた職員が行き交う中、俺とセラスを迎えてくれたヨナスの手には、書き込みだらけの記録用紙があった。
「おはようございます。主任は解析室でお待ちです」
「もう結果が出たのか?ずいぶん早いな」
「結論にはまだ遠いそうですが、主任なりに気になる箇所が見つかったようでして」
「なら、本人に聞いた方が早そうだな」
ミレイユは昨日、アルフォンスとの商談を済ませた。試験取引の条件は、まだ詰めるらしい。商売の方は彼女に任せ、今日はドミナスから回収した人工物について聞きに来ている。総督から頼まれた仕事でもあるが、俺自身、あの代物の正体は気になる。
「ルクス!来たの!?」
解析室から飛んできた声の主は、こちらの返事も待たずに廊下へ駆け出してきた。銀白色の髪を揺らしたディートヒルトが俺の腕へしがみつき、そのまま両足を浮かせる。いきなり全体重を預けられても、今の俺には大した負担にならない。
「ねえ、聞いてよ!あれね、面白いところが見つかったんだよ!」
「わかったから、怪我はするな。そこ、指を挟むぞ」
「だいじょうぶ!ルクスなら動かさないでしょ?」
「人の腕を足場にしてる奴の台詞か、それ」
「肩まで登れたらもっと見やすいのに!」
「研究室に脚立くらいあるだろ」
「アタシはあんたの方が便利だと思うわ」
セラスまで面白がっている。二人とも放っておいて、解析室へ入った。
作業台に据えられていたのは、俺たちがグライゼンまで運び、ディートヒルトに預けた人工物だ。セラスの矢が破った外殻の周囲には細かな測定器具が並び、内部構造の図面には、細い線が絡み合っている。
「ここ、見て!」
腕から降りたディートヒルトは、導魔路の一つを指先で辿った。途中から線が分かれ、それぞれ別の部品へ伸びている。
「魔力を通すだけじゃなくて、何かの信号を分けて送る仕組みがあるの。一本の命令をばらまくことも、違う信号を流すこともできそうなんだよね」
「受け取る相手が何なのかは?」
「そこがわかんない。壊れたところに続きがあったかもしれないし、そもそもこれ単体じゃ動かない可能性もあるから」
「悪かったわね。あのときは、止めるのが先だったのよ」
「謝らなくていいよ!壊れたところから中を調べられたし。それに、壊さないで持って帰れたら、それこそびっくりだもん!」
セラスの矢が装置を射抜いたとき、あの巨体の動きが乱れたのは覚えている。ただ、その前から何をさせられていたのか、装置がどう関わっていたのかまではわからない。造った場所くらいは辿りたい。
「帝国のものなのか?」
「似た加工はあるよ。でも、それで帝国製って言ったらヨナスに怒られる。ほかの国だって腕のいい職人はいるし、加工の癖だけじゃ決められないからね」
「主任、怒るというより、報告書を書き直していただくことになります」
「それが一番いやなの!」
部品の端には検査番号らしい刻印も残っており、読み取れれば製造記録と照合できるかもしれないという。
説明が一区切りつくと、ディートヒルトはまた俺の腕へぶら下がった。その格好のまま作業台の図面を覗き込んでいるところへ、ヨナスが来客を知らせる。
「主任、ハーゼ監察官がお見えです」
入ってきた男は、砂色の髪を後ろへ撫で付け、濃紺の上着に官吏の徽章を着けていた。俺の鎧より先に人工物へ目を向けた。
「帝国監察官、ヴィクトル・ハーゼと申します。お時間をいただき、ありがとうございます」
「冒険者のルクスだ。こっちは仲間のセラス。監察官が、わざわざ俺たちに何の用だ?」
「バルガルドの魔獣に関する調査です。まずはアイゼンシュタイン殿の解析結果を伺いたい。その後、お二人にも現場での状況を確認させてください」
「なら、こっちの専門家からだな」
「はーい!何でも聞いて!」
俺の腕にくっついたままだが、質問への答えは的確だった。ヴィクトルは製造技術の特徴や、破損部分からどこまで推定できるのかを確認し、答えが曖昧な箇所は記録にもそう残すよう求めた。装置の位置と破損時の魔獣の挙動については、俺たちが補足した。
「……なるほど。製造元を特定するには、まだ資料との照合が必要ですね」
「そう!番号が読めればもっと進むと思うんだけど。ほかの部品も調べたいな」
「では、その結果も後日いただければ助かります。ところでルクス殿、もう一点、拝見したいものがございます」
「今度は何だ?」
「魔導銃シンデレラです。開発局の保管兵器が王国で発見されたと聞いております」
「あれか。構わない」
多次元ポシェットから引き出した銃は、相変わらず馬鹿げた大きさだ。回転弾倉は空。残りの四発も先日の試射で使い切った。片手で保持して刻印のある部分を見せると、ヴィクトルが受け取ろうと手を出しかけた。
「持とうとしないほうがいいよっ!ルクスくらいしか持ち上げられる人いないんだから!」
肩当てに登ろうとしていたディートヒルトが、俺の腕を掴んだまま大声を出す。
「……見た目以上の重量ということですか」
「見た目どおりでも十分重いよ!わたしが造ったんだからわかるもん!」
「こいつに普通の銃の常識を当てはめない方がいいぞ。俺が持ててしまっているから、軽そうに見えるだけだ」
「説得力があるのかないのか、微妙な説明ね」
「そこはセラス、黙っていてくれ」
受け渡しは諦めてもらい、必要な角度へ銃を回して刻印を見せる。ディートヒルトが自作と保証し、ヨナスが製造記録の照合を引き受けたところで、ヴィクトルから入手場所を尋ねられた。
「ラザームの倉庫だ。夜秤会っていう組織の持ち物でな。禁輸品を溜め込んでいたらしくて、こいつも金属ケースに弾と一緒に入っていた」
「夜秤会……。その倉庫の管理者とは接触されましたか?」
「接触どころか、連中はもう壊滅させたよ。密輸や人身売買までやっていたからな。頭領のギルスも捕まえてある」
「そこまで済んでいるとは。押収された資料は?」
「ある。ギルスが隠してた取引記録まで出てきたんだ。日付や金額に受渡先、商会の名前まで細かく残してあった。俺も読んだが、王国の貴族だけじゃなく、帝国やブラウロ連合国へも繋がっていたぞ」
「帝国側の取引先も確認されている、と」
「帝国貴族の関わりもあった。ただし、俺が読んだところと、後から騎士団が調べた話は分けてくれよ」
「もちろんです。その証拠品を確認できる場所はおわかりですか」
「写しなら王国第二騎士団長のガダン・アダルトルに渡してある。あいつがその後も調べているから、詳しいことはそっちに聞く方が早い」
「団長ご本人へ照会するのが適切でしょうね。何か調査の結果を伺っていますか?」
「グレイフィールド伯爵だな。金の流れを追っても物品の受け渡しを追っても、その辺りに何度か戻ってくるらしい」
「オズワルド・グレイフィールド伯爵ですね」
「知ってるのか?」
「名前は把握しております。ですが、取引記録に記載があるというだけでは犯罪の証明にはなりません」
「それはガダンにも言われたな。伯爵だから金が動くのは当たり前だし、証拠が足りなきゃ手も出せんそうだ」
ヴィクトルは質問を重ねるうち、メモの余白に別の印を付け始めた。こういう話には慣れているのだろう。
「実は、私も一年以上前から軍需品の移送記録を調べております。帳簿では正規の手続きを踏んだことになっているのに、移送先で現物が確認できない。そうした事例が複数ありまして」
「帳簿だけ立派で、肝心の品物が消えてるのか。そいつは困るな」
「加えて、担当者の所在がわからなくなった案件もあります。個別の事情で説明できるものもあるでしょうが、似たことが続きすぎている」
「となると、こいつもその一つかもしれないわけだ」
「調べる価値はあります。ただ、発見された場所がわかったからといって、誰が持ち出したかまで決まるわけではありません」
「そこはわかってる。だからガダンへ聞いてみたらどうだ、って話だよ」
「ええ。帝国内の記録と王国側の資料を突き合わせられれば、前へ進めるかもしれません」
「わたしのシンデレラを勝手に持ち出した人もわかる?」
いつの間にか肩まで登っていたディートヒルトが、ヴィクトルの返事を待っている。
「まだお約束はできません。保管庫からの搬出手続きも含めて確認します」
「絶対だよ!わたし、そんなことのために造ったんじゃないんだから!」
「主任、保管記録の閲覧にはエミール管理官の許可が必要です。申請は僕が準備しますから」
「じゃあ今すぐお願い!」
「主任が署名してくだされば、すぐ進められます」
「……うう、書類かあ」
さっきまでの勢いが少し萎んだところで、俺はシンデレラをポシェットへ戻した。せっかく監察官がいる。もう一つ、聞いておきたい。
「監察官殿。ガダンから妙なものを渡されていてな。あんた、こういう紋章に見覚えはないか?」
差し出したのは、小さく切り取られた紙片だ。尾を噛む竜骨の円環、砕けた黒い日輪、刃翼を思わせる黒焔。帝国へ向かう道中でセラスにも見せたが、二人揃ってろくでもない印だという感想しか出なかった。
「ガダン団長から、直接?」
「ああ。夜秤会を調べるうちに出てきたらしい。王国の貴族家の紋でも、普通の商会印でもないそうだ」
「どの資料に残っていたかは、お聞きになりましたか」
「そこまでは聞いてない。複数の場所に同じものがあったとは聞いてる。もっとも、あいつも正体を調べてる最中だ」
紙片を受け取ったヴィクトルは意匠を確かめ、どこかの記録と照合できないか検討するように、手元の手帳へ写し取った。一目で正体がわかるほど、都合よくはいかないらしい。
「現時点では確かなことを申し上げられません。ですが、こちらでも調べてみましょう」
「頼む。王国じゃまだ正体が掴めてないんだ。帝国で何か見つかるかもしれん」
「ずいぶんと気にされているのですね」
「相手が何者かもわからないままじゃ、気味が悪いだろ。それに、悪党ならそのうち顔を合わせるかもしれん」
「……なるほど。では、まずはルクス殿が気になさっている類であるかどうかも含めて調査いたします」
「……まったく、堅いな。ガダンと話してる気分になるよ」
写しを取り終えた紋章が手元へ戻ってくる。ディートヒルトも覗き込んだが、見覚えはないという。俺が紙をしまうと、ヨナスが早速、保管庫の記録照会に必要な書類をヴィクトルへ示していた。
「ルクス殿。後日、戦闘時の状況などをもう少し詳しく伺うことがあるかもしれません」
「それはいいが、俺たちは商隊の護衛で来てるんだ。そっちの予定が優先になるぞ」
「承知しています。日程は改めてご相談します」
「じゃあ、後は頼んだ。俺じゃ書類を睨んでも何も出てこないだろうしな」
「ルクス、もう帰っちゃうの?ねえ、人工物の方、次に何かわかったら一番に教えるから!」
「そいつは助かる。わかったらヨナスから連絡をもらうぞ」
「わたしから教えるの!」
「……じゃあ、好きにしてくれ。ただし、研究室の外まで腕にぶら下がるなら転ぶなよ」
「へーきだってば!」
「主任、その前にこちらの署名をお願いします。まだ四枚残っていますので」
「えっ、四枚も!?」
ようやく腕から降りたと思ったら、ディートヒルトは書類を睨みつけ始めた。回路を調べていたときとは大違いだ。ヴィクトルが差し出された記録を確かめる傍ら、ヨナスは逃げ道を塞ぐようにペンを渡していた。




