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幕間『流星騎兵』性能評価試験

「ルクス! 今度は空を飛んでみない!?」


「……今度は何を造ったんだ?」


「流星騎兵! 飛ぶための装具だよ!」


 ヨナスが試験記録を整理している間に、職員へ次の試作品を運んでもらう。背負う主機には二本の推進筒が収まり、腰と脚にも補助噴射器を取り付けてある。魔石の魔力で空気を圧縮し、噴射して身体を押し出す仕組みだ。もちろん、ただ真っ直ぐ飛ぶだけじゃつまらない。空中で加速したり、旋回したり、進行方向を変えたりできるようにした。


「背中の主機だけじゃなくて、腰と踵にも噴射口があるんだな」


「うん! 向きを変えるときは腰の方を使って、脚は姿勢の調整を手伝ってくれるの!」


「なるほど。これはこれで面白そうだな」


「でしょ!? でもね、最大出力だと普通の人は身体がもたないの。低出力の浮上は確認できたんだけど、もっと速く飛ばしてみたくって!」


「いま普通だと身体がもたないって言ったか? そんなに出力があるのか。……まあ、やるか」


「やったぁ!」


 ルクスが快く引き受けてくれたので、すぐに装着を始めようとした。ところが、彼は先に赤い外套と腰の鞄を外し始めた。


「あれ? どうしたの?」


「背中と腰に付けるんだろ? こいつらが邪魔になりそうだからな」


「あっ、そっか! うん、その方がいい!」


 確かに、外套が推進筒に巻き込まれたら危ないし、腰の鞄も固定帯と干渉する。置き場所を用意してもらおうとしたところで、ルクスがサクヤを呼んだ。


「サクヤ、少し預かってくれないか」


「私が? いいけど、そこに置いておけば――」


「大事なものだ。お前に任せる」


「……ふ~ん、そんな言い方されたら断れないじゃん。ちゃんと持ってるから、安心して飛んできなよ」


「助かる。終わったら返してくれ」


 サクヤは受け取った外套を丁寧に抱え直し、鞄の紐が引っかからないよう整えていた。へえ。あの二つ、そんなに大切なものなんだ。そういえばサクヤは、ルクスとわたしが仲良くしているのを見て、最初は随分騒いでいたっけ。ルクスの方はいつもどおりだけど、サクヤはさっきまでと少し違う顔をしている。


「主任、そろそろ装着を始めますよ」


「あっ、うん! ルクス、こっち来て!」


 主機を背負ってもらい、腰の固定帯を締める。魔導鎧に穴を開けたり、内部へ接続したりする必要はない。外側からしっかり固定できれば、推進の力を装甲全体へ伝えられるように造ってある。


「重くない?」


「さっきの剣よりは扱いやすそうだな。それで、どうやって動かすんだ?」


「ここを握ると加速するの! 左右の操作で噴射の向きを変えられるよ!」


「主任、まず停止操作から説明してください」


「わかってるってば!」


 ヨナスはいつもこうだ。試験を始める前に、停止手順と魔石の残量を必ず確認する。わたしが設計した装置なんだから、どう動くかくらい全部わかっているのに。……まあ、ヨナスのおかげで助かっていることも多いけど。


 試験区域に立ったルクスの背中で、推進筒が左右へ開いた。


「じゃあ、最初は低出力から! ルクス、行くよ!」


「ああ。いつでもいいぞ」


 起動と同時に噴射口から圧縮空気が吹き出し、ルクスの身体が地面を滑るように進んだ。主機の出力は安定しているし、姿勢補助の反応にも遅れはない。うん、いい感じ!


「おっと……思ったより強いな。これ、急に止まれるのか?」


「止めるときは腰の噴射も使って! そこ、もうちょっと!」


「主任、ルクスさんが操作を覚える前に指示を増やさないでください」


「だって、ちゃんと動けてるよ!」


「それでも順番にお願いします」


 もう、ヨナスは心配性なんだから。ルクスは何度か滑走を繰り返し、減速操作も覚えたみたいだった。途中で予定より大きく進んでしまったことはあったけど、転倒する様子もない。次は浮上だ。背部の出力を上げ、脚部の補助噴射を合わせると、黒い鎧姿が地面から離れた。


「飛んだぁ! ルクス、飛んでるよ!」


「そりゃ、飛ぶ装置なんだからな。……今度は横を向いたぞ」


「腰の噴射が強すぎるの! そこで戻して!」


「ああ、こっちか。……今度は上がったな」


「一度高度を落として調整しましょう。姿勢補助は正常に動いています」


 ルクスが操作を変えるたび、記録盤の数字も変化していく。推進の方向と身体の向きが合っていない間は、どうしても余計な動きが出るらしい。でも、そこが面白いところなんだ。使い手が身体の傾きと操作を合わせられるようになれば、この子はもっと自由に飛べるはず。


「もう一回やってみるぞ。今度は腰の噴射を控えめにして……」


「あっ、そうそう! いい感じ!」


 何度か浮上と着地を繰り返すうちに、ルクスの動きが変わってきた。無駄に上昇したり、身体が横を向いたりする回数が減り、噴射の切り替えも滑らかになっていく。


「ねえねえ! 今度は空中で曲がってみて!」


「わかった。どのくらい回ればいい?」


「最初は大きく回って! 慣れたら小さくしてみよう!」


 黒い鎧が地面を離れ、試験区域の上空へ進む。腰の噴射器が作動し、進行方向が変わった。最初は大きな弧を描いていたけど、何度か繰り返すうちに、旋回してから再加速するまでの間がどんどん短くなる。


「すごい! ヨナス、見て! 旋回のあと、すぐ加速に移れてる!」


「姿勢補助の記録も良好です。装具への負荷も、今のところ許容範囲ですね」


「ほらぁ! ちゃんと動くでしょ!」


「主任が設計された装具ですから、機構の完成度は疑っていませんよ」


 そう言いながらも、ヨナスは計測盤から離れない。わたしの方は、記録鏡に映る黒い鎧から目が離せなかった。ずっと見たかった動きが、目の前で実現しているんだもん!


 やがてルクスが試験区域へ降りてきた。着地もさっきよりずっと滑らかだった。


「どう、ルクス!? 空中でもちゃんと曲がれたでしょ!」


「ああ、面白い装備だな。飛び上がってから進路を変えられるのは便利だ。……ただ、戦闘に使うならもう少し考える必要があるな」


「えっ? 何か足りないところがあった?」


「飛べるのはいいが、戦闘に用いるなら他の武具を構えたまま飛べるだけの力がいる。例えばシンデレラを持ったままならどうなるか、だな」


「シンデレラを!?」


 あの大きな魔導銃を構えたまま、空中を飛び回るの!? 確かに、普通の武器よりずっと重いし、構えたときの重心も変わる。おまけに射撃の反動まで考えるなら、姿勢補助の調整も必要になりそう。


「それ、やってみたい! シンデレラを持ったまま旋回できたら、すっごくかっこいいよ!」


「だろ? ただ、武器の重量が加われば今と同じようには動けないはずだ。それに、敵を相手にするなら飛んでいるだけじゃ意味がないからな」


「うんうん! じゃあ推進力をもっと上げればいいんだね!」


「そうであれば、強い噴射で扱うのを前提にした方が俺には都合がいい。ところで、最大にはできないのか?」


「いいの!?」


 最大噴射!? ルクスが自分から試したいって言ってくれた! 今まで低出力の浮上試験しかできなかった流星騎兵を、武器を持って戦うための装備として考えてくれている。しかも、出力を抑えて使うんじゃなくて、一番高い性能を引き出そうとしてるんだ!


「できるよ! もちろんできる! ねえヨナス、最大出力の準備して! それからシンデレラを持ったときの重量も計算して――」


「主任、待ってください!」


「ええーっ!? なに!?」


「最大出力での有人試験は認められていません! それに、ルクスさんのご指摘で確認すべき項目が増えたばかりでしょう。武器を構えた状態での姿勢制御も、射撃時の負荷も、まだ試験条件を設定できていません」


「でも、ルクスなら平気だと思うよ!?」


「ルクスさんが耐えられても、流星騎兵の機構まで耐えられるとは限りません。最大出力時の過熱や緊急停止についても、事前の確認が必要です」


「むぅ……」


 ヨナスは記録盤を指しながら、次の試験までに調べる項目を並べ始めた。聞いているうちに、わたしの方でも追加したい計測がいくつか出てくる。武器を構えたときの重心の変化は、今まで詳しく調べていなかった部分だ。


「今日はここまでにしておくか。最大出力で壊れても困るしな」


「ええーっ! せっかくルクスがやる気なのにぃ!」


「その代わり、次は武器を持った状態でも試してみたいな。飛びながら攻撃できるなら、戦い方の幅も広がりそうだ」


「うん! 絶対やろうね! シンデレラだけじゃなくて、他の武器も試してみようよ!」


「主任。その前に、今日の試験記録を整理させてください」


「もう、ヨナスはそればっかり!」


「主任が次々と試験項目を増やされるので、私も仕事を増やすしかないんですよ」


 そんなことを言いながら、ヨナスはもう新しい記録用紙を取り出していた。わたしも横から書き込む。シンデレラの重量、武器を構えた状態での旋回、噴射出力と姿勢補助の調整……あっ、そうだ!


「ねえ、ルクス! 武器を持ったまま飛ぶなら、操作器の位置も考え直した方がいいかな!?」


「それもあるな。戦闘中に持ち替えてばかりじゃ困るし、できれば自然に操作できる方がいい」


「なるほどぉ……ねえヨナス、これも追加!」


「……主任、まず現在の仕様でどこまで対応できるか確認しましょう」


 ルクスはまだ流星騎兵を外そうとせず、背中の推進筒を確かめるように身体をひねっていた。ヨナスから試験終了を告げられると、名残惜しそうに制御器を下ろす。


「そういえば、旋回するときに少し遅れて押される感じがあったな。あれは調整できるのか?」


「できるよ! 腰の噴射を切り替えるタイミングを変えればいいの! あっ、でも先に今の記録を見ないと!」


「なるほどな。じゃあ次はその辺も試してみたいな。もっと小さく曲がれたら面白そうだ」


 次も試してみたい。ルクスは当たり前みたいにそう言ってくれた。わたしが流星騎兵を初めて見せたときは、出力の話をするだけで危ないと止められちゃったのに。今日だって、最大出力を試したいと言い出したのはルクスの方だった。


「ねえ、ヨナス! 今の旋回の記録、あとで一緒に見てくれる!? 次までに調整しておきたいの!」


「もちろんです。ですが、主任。先に装具を外していただかないと、ルクスさんがいつまでも帰れませんよ」


「あっ! ごめん、ルクス!」


「気にするな。聞いたのは俺からだからな」


 まだ聞きたいことがいっぱいある。ルクスなら次はどんな飛び方をしてくれるんだろう。今から考えるだけで、試してみたいことがどんどん増えていく。


 装具を外して点検台へ戻してもらう間も、わたしは計測盤の記録が気になって仕方なかった。最大出力を試せなかったのは残念だけど、今まで確認できなかった旋回性能の記録がたくさん取れている。


「ヨナス! あとで全部見せてね! それと、百足姫の巻締のところも!」


「もちろんです。ただし、今日の試験が終わってからにしてください」


「わかってるよぉ。……あ、ルクス!」


 装具を外し終えたルクスは、サクヤから赤い外套と鞄を受け取っていた。


「お疲れ、ルクスさん。はい、預かってたもの。どっちも無事だよ」


「ありがとう。助かった」


「こういうのなら、いつでも頼ってくれていいから」


「そのときはまた頼む」


 サクヤはルクスが外套を肩に掛け直すのを見届けてから、わたしの方へ顔を向けた。


「ディートヒルト、あれって他の人でも飛べるの?」


「うん! 低出力なら大丈夫だよ! でも高出力だと加速が強すぎるから、普通の人には危ないの」


「そっかぁ。空を飛べるのはちょっと羨ましいけど、あんなに振り回されるのは嫌だなぁ」


「慣れればちゃんと動けるよ! ルクスも最初はちょっと変な方向に飛んでたし!」


「おい、それは言わなくてもいいだろ」


「あははっ! ルクスさんでもそういうことあるんだ!」


 サクヤが笑っている横で、エマはまだ試験区域の方を気にしていた。


「本当に怪我がなくてよかったです。途中から、どんどん速くなってましたから」


「俺の方は大丈夫だぞ」


「ルクスさんが大丈夫でも、見ている方は大丈夫じゃないんですよ!」


「……今度はちゃんと相談してからにする」


「今度も飛ぶつもりなんですね……」


 話しているうちに、ヨナスが記録用紙をまとめて戻ってきた。さっきの試験結果が書き込まれた紙束は、いつの間にか随分な厚さになっている。


「主任、本日の試験はここまでにしましょう。機構の点検も必要ですし、ルクスさんたちにもご予定がありますから」


「ええーっ! まだ試してもらいたいものがあるのに!」


「主任。次の試験をするなら、今日の結果を整理するのが先ですよ」


「……わかったぁ。じゃあルクス、次はいつ来られる!?」


「それは予定次第だな。今日はミレイユの仕事もあるし、勝手には決められないぞ」


「じゃあ、ヨナス! あとで予定を聞いておいて!」


「はいはい。正式な手続きも必要ですから、そこは私に任せてください」


 ヨナスにお願いしたところで、研究棟の方からミレイユが戻ってくるのが見えた。あっ、そうだった。ルクスたち、今日はこのあとも用事があるんだっけ。もう少しだけ一緒にいたかったのに。


「ねえ! 帰る前に、あと一つだけ聞いてもいい!?」


「……お前の『あと一つ』は、いくつあるんだ?」


「えへへっ! まだいっぱい!」

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