第七十九話 黒騎士 性能評価試験
研究棟を抜けると、金属を削る音に代わって風が通り抜けた。屋外試験場の周囲には高い防護壁が巡らされ、その内側に、何やら物騒な連中が九体も並べられている。
人間と大差ない形をしているが、剥き出しの球体関節や、継ぎ目から覗く金属の軸が生身ではないことを教えてくれた。鎧を着ていないせいで、かえって造りの精密さがよくわかる。手にした武器まで本格的で、魔導剣と魔導盾を構えたものに交じって、携行型の魔導砲を抱えた個体もいた。
「魔導人形です。ルクスさんの戦闘能力を測るため、九体を用意しました。今後、主任の開発品を運用していただくにも、まずは使用者の動きや攻撃性能を把握しておきたいんです」
「昨日はシンデレラを撃っただけだしな。こいつらがその相手というわけか」
ヨナスの説明を聞きながら近づくと、銀灰色の金属表面には細かな加工の跡が残っていた。雑に鋳込んだ塊ではない。これだけのものを動かせる帝国の技術もなかなか大したものだ。
「ずいぶん金がかかってそうだな。こいつを相手にすればいいのか?」
「うん! でもね、普通の魔導人形だと思わないでよ!」
得意満面で割り込んできたディートヒルトは、俺よりも人形たちを褒めてほしくて仕方がないらしい。説明している間も、額のゴーグルがずれかけるのを手の甲で押し上げていた。
「戦闘用より耐久性を優先してるから、三等級くらいの冒険者が持つ武具じゃ相手にならないんだからね! 帝国で鍛えた、すっごくいい金属を使ってるの!」
「追加の鎧は着せないのか?」
「それだと関節の動きが悪くなっちゃうでしょ? 本体が頑丈だから大丈夫!」
「なるほどな。自信作ってわけだ」
「もちろん! 簡単に壊れちゃったら、どれくらい強いかわからないもん!」
「なるほど。遠慮する必要はなさそうだな」
「うん! ルクスがどれくらいすごいのか、ちゃんと見せてね!」
昨日のシンデレラといい、こいつは自分の造ったものに遠慮がない。もっとも、運用する側の都合より性能を優先しがちなところも、すでに承知している。今回は俺が普段どおりに動けばいいと聞いていたので、必要以上に構えるつもりはなかった。
試験場の端では職員たちが機器の確認を進めている。四隅の柱には魔導式の追跡装置が取り付けられ、防護区画に並ぶ記録鏡は試験場をそれぞれ違う方向から捉えていた。ヨナスの前には複数の表示盤が据えられ、九体の稼働状態と計測用の時刻を一括して管理できるようになっているらしい。
「計時盤と人形の制御を同期させます。開始信号から全機の戦闘機能が停止するまでを記録しますので、こちらの合図を待ってください」
「魔導砲まで持たせるのね。見学する方は大丈夫なんでしょうね?」
「セラスさん、ご心配なく。防護区画の内側なら射線は通りません。計測中は皆さん、そこから出ないようお願いします」
「了解。壊して構わないんだな?」
「はい。破損は想定していますが、危険な方向へ飛散させないようお願いします」
「可能な限り、善処する」
防護区画へ入ったエマたちが見える。サクヤは魔導人形を珍しそうに眺め、セラスは備え付けの防護壁を確かめていた。ミレイユも同行しているが、今日の商談の予定がある以上、試験に際限なく付き合うわけにはいかない。時間を守ることは、昨日のうちに確認してある。
「ルクスさん、無理はしないでくださいね」
「相手は人形だぞ。そんなに心配するな」
「それを聞いて安心できるなら、苦労しませんよ……」
エマの言葉に、サクヤまで妙に納得した様子を見せる。こちらの信用はどうなっているんだか。
試験区域へ歩み出ると、九体が一斉にこちらを向いた。球体関節を支える軸が回り、魔導剣を持つ腕が上がる。携行型魔導砲の照準もこちらへ揃っていくが、射線を読み比べる必要は感じなかった。全部まとめて相手にしていいなら、やることは決まっている。
「準備がよろしければ、開始します。三、二、一――」
開始信号に合わせて六爪剣を展開し、上体を前へ倒したまま地面を蹴った。
金属の足が踏み鳴らされ、いくつもの魔導機構が同時に唸る。相手が剣を振ろうと盾を構えようと、こちらの動きを変える気はなかった。真っ直ぐ突っ込み、広がった刃をそのまま振るう。最初に触れた金属の胴があっけなく裂け、切断された腕ごと盾が宙に舞った。
刃を返して振り回すと、長くしなる軌道の先で別の人形が腰から断たれた。硬いものを無理に叩き潰す手応えはない。刃が通り過ぎたあとになって、斬られた部品が互いに離れ、地面に散っていく。魔導砲をこちらへ向けた個体もいたが、照準を整えきる前に他の人形とまとめて切り裂いていた。
止まる理由もないので、そのまま踏み込みながら振り続けた。いくつもの関節が砕け、胴体や脚がばらばらになって転がる。その金属音を背に受けながら最後の一振りを終えたところで、試験場から駆動音が消えた。
俺の前には、さっきまで九体あった人形の部品が散乱している。壊すこと自体は許可されていたが、どうにも片づけが大変そうだ。
「……これでいいのか?」
防護区画からすぐには返事が来なかった。計時盤の表示を確かめているらしいヨナスに代わって、ディートヒルトの声が飛んでくる。
「えっ、終わり!? ちょっと待って、もう一回見せて!」
「いや、もう動く人形が残ってないぞ」
「そんなの見ればわかるよぉ!」
こちらへ駆け出そうとするディートヒルトをヨナスが制した。切断された金属部品はまだ散らばっているし、試験終了の確認も済んでいない。まずは記録を見てから、という彼の判断には俺も賛成だ。
「全九体、戦闘機能停止。計時盤の記録は……五秒です」
「五秒!? あんなに頑丈に造ったのに!?」
「制御盤の停止記録とも一致しています。追跡標柱と記録鏡も正常に動作していました。ただ、主任。これではルクスさんの能力の上限は測れていません」
「えっ、なんで!? ちゃんと記録できたんでしょ?」
「対象の方が先に全滅してしまいましたから。速度も切断力も、今回確認できた範囲が上限とは限りません」
ヨナスの言うことはもっともだ。全力を出せと言われた覚えもないし、俺としては邪魔なものを順に薙ぎ払った感覚に近い。試験用とはいえ、動きのある相手に対してどの程度力を使ったか、正確に答えるのも難しかった。
「つまり、九体じゃ足りなかったのねぇ。用意する方も大変そうだけど」
「ほんとに五秒で終わっちゃった……ルクスさん、少しくらい手加減してあげてもよかったんじゃない?」
「能力を見たいと言われたからな。壊さずに終えたら、それこそ測れないだろ」
「それはそうだけど、あの子がちょっとかわいそうになってきたわ」
サクヤの視線の先では、ディートヒルトが魔導記録鏡に張りついていた。さっきまで自慢していた人形の残骸など、もう気にしていないように見える。
「ヨナス、今のところ! 刃が当たったところを遅くして!」
「主任、こちらです。再生速度を落としますから、画面から少し離れてください」
「うわぁ……何これ。切れてる! 盾まで! ねえ、どうしてこんなに簡単に切れるの!?」
「切断面の記録は残しておきますね。部品も回収して、あとで比較できるようにします」
「お願い、ヨナス! あの子たちに使った金属はわたしもよく知ってるのに、こんな切れ方するなんて!」
求められて防護区画へ戻ると、記録鏡には|六爪剣《ヘキサブレードが金属の胴を断つ場面が映っていた。低速再生にしても切断の前後が妙に滑らかで、自分の動きながら少々面白い。ディートヒルトは同じ箇所を何度も見直し、今度は刃の曲がり方を確かめ始めた。
「すっごく柔らかく動いてるのに、切るときは全然負けてない! ねえ、ルクス、これ何でできてるの!? どうやって動かしてるの!?」
「俺に聞かれてもな。使い方なら話せるが、材質までわかるわけじゃないぞ」
「じゃあ、あの長さは!? 普段どこにしまってるの? どうやって格納してるの!? 展開するところ、もう一回見てもいい!?」
「見るだけなら構わないが、分解はなしだ。昨日約束しただろ」
「わかってるよぉ! でも気になるんだもん!」
目の前の記録には、切断された帝国製の金属と、その切断面がはっきり残っている。観察した結果を自分の技術に結びつけたくなるのはわかるが、俺自身が刃の構造を細かく説明できるわけでもない。ディートヒルトの質問が増えるほど、ヨナスの筆記も追いつかなくなっていた。
「もしかして六爪剣って呪われた魔剣なの!? それとも鎧がそうなの!? ルクスって魔導砲受けても平気?」
「待て。刃の話から随分飛んだな。おまけに俺まで呪い扱いの上に撃つ気か?」
「だって普通じゃないもん! 鎧なのにあんなに速く動けるし、魔導砲も避けないで突っ込むし!」
「当たってないんだから、平気かどうかは別の話だ。試すつもりなら断るぞ」
「ええーっ、まだ何も言ってないよ!」
「まだ言ってないだけで、言うつもりだったって事じゃないのか?」
横からヨナスが、本日の計画に被弾試験は含まれていないと伝える。ディートヒルトは不満そうに口を尖らせたものの、勝手に話を進めようとはしなかった。後ろでエマが安心したようにしているのも見えたので、こちらから余計な冗談を言うのはやめておこう。
それからも、予定されていた計測や確認に付き合うことになった。試験のたびに記録が増え、ヨナスの手元では書類が次々と重なっていく。途中で休憩を挟みながら、職員が器具を片づけたり別の準備を整えたりする間も、ディートヒルトの質問だけは途切れない。俺が答えられないことまで書き留めようとするものだから、いつしかヨナスの方が記録用紙を追加で持ってくる羽目になっていた。
ようやく一区切りついた頃、ミレイユから声をかけられた。
「ルクスさん、セラスさん。少々よろしいでしょうか。本日はこれからアルフォンス様との商談がございますので、そろそろ失礼したいのですが」
「もうそんな時間か。こっちは終わったから、いつでも出られるぞ」
「ええーっ! もう帰っちゃうの!? まだ話したいことがいっぱいあるのに!」
「今すぐ全部聞こうとするな。記録は残ってるんだし、続きはまた今度でいいだろ」
「じゃあ次はいつ!? 明日!?」
「ヨナスとミレイユに聞いてくれ。俺だけで約束はできないぞ」
ようやく納得したと思ったら、今度はヨナスの袖を引いて予定を尋ね始めた。あれだけの記録を整理するだけでも大仕事だろうに、助手の苦労はまだ続きそうだ。
試験場から研究棟へ戻る道では、ディートヒルトが最後まで次の研究の話をしていた。彼女と別れ、敷地の出口へ向かう頃には、金属を削る音がまた聞こえてきた。
ここからは、冒険者として引き受けた本来の仕事の時間だ。




